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ランドスケイプ侯爵家の人々と私
27.平穏な身代わり生活
しおりを挟むアンジュリーネお嬢さまは、夜会で複数の男性と交際、親交があったという。
その中でも一番お気に入りだった美男子から瘡毒をうつされて、療養中なのだけれど。
そんなに派手に遊んでいたのなら、お父さまやお母さまに知られずに済むのだろか?
ご本人達が気づかなくても、まわりから知らされたり、それらしい噂を耳にしたりすることはないのだろうか。
また、お化粧で誤魔化して見た目はそっくりでも、確実に私と人間が違いすぎる。性格も、17年生きて来た記憶も。
何かのきっかけで、入れ替わりに気づかれるとは思う。
所詮、お嬢さまが戻られるまで不在を知られない為の身代わり。仮の生活。
どうしても断れないお茶会にのみ参加し、本人でない以上多少の違和感は出るだろうから、出席してもあまり人とは話さないようにして。
本が好きなのは家族にも知られたので、可能な限りお屋敷の中でのみ、図書室か自室で過ごすようにしようと思っている。
問題は、夜会やお城で開催される舞踏会に、婚約者と会わなければならない時だ。
家族も誤魔化せたのだから、なんとか別人だとバレないといいのだけれど。
あまり親しくするとバレる確率が高くなるだろうし、そもそも冷えた関係だと聞いているので、後でお嬢さまと入れ替わった後に問題しかないに違いない。
お兄さまは、多少お嬢さまが遊蕩していたことに気づいていたのか、放蕩娘と揶揄していた。
どこまでご存知だったのかはわからないけれど。でも、私と入れ替わっていることに気づいていないなら、瘡毒をもらうほどの深い付き合いだったとは知らないのかもしれない。
ただ、お嬢さまの遊び仲間の令嬢や親交のあった男性から、いずれバレる可能性もあると思われる。
お兄さまにも侯爵家の嫡男としての他の貴族子息達と付き合いはあるし、夜会にも参加されるはず。
お嬢さまと親交のあった男性に近しい女性達から注進されたり、直接ではなくても令息同士の明け透けな噂話を聴いてしまう事はあるかもしれない。
どんなに隠れて遊んでいても、交遊のあるお仲間達や遊興施設の他の利用者や職員の記憶には、遊蕩するお嬢さまがいる。
それらの事実が消えることはないだろうと思う。
お兄さまは、結局中一日置いて、戻られた。
領地で過ごされるお祖父さまへのご用がなんだったのかは私にもお母さまにも話されなかったけれど、ジェイムズさんと難しい表情で談話室へ隠られたので、きっとお仕事に関する内容なのだろう。
談話室から出て来た後は、初日のような揶揄ったり私の様子を覗うような態度は見せず、勉強をして『よい子』に生まれ変わったお嬢さまと、西や北の言葉で会話を試みたり、領地のことを話してくださったり、打って変わって仲の良い兄妹ぶりを見せてくださった。
コト
図書室のビューローで、古典叙事詩を読み、関連する北ゲルマン語派の神話を古ノルド語を翻訳しながら読み進める私に、お母さまが焼いてくださったお菓子とジェイムズさんの紅茶が出される。
エンガディナー・ヌス・トルテという、クルミとキャラメルヌガーをしっとりクッキー生地で包むように焼いた菓子で、なんと、数代前なら公国のお姫さまであった元公爵令嬢のお母さまは、読書以外のご趣味が、お菓子作りだという。
貴族夫人が、厨房に入って菓子を焼くという事が、ここでは許容されている。とても珍しい事だとは思うけれど、いいことだとも思う。
「今日は、どのお話?」
この図書室で過ごすために、十二歳も年の離れたお父さまと結婚したお母さまに、今日読んだ本の内容を纏めて話して聴かせると、とても楽しそうだった。
午前中は庭でお花の面倒をみて、午後から図書室で古ノルド語のお勉強を兼ねた古典文学の飜訳。
質素倹約な二食だけでもありがたかったのに、朝晩の二食と二度のお茶の時間。
貴族高等学校に通ったこともない元子爵令嬢で平民の私が、古典文学読み放題で、知らない単語も辞書を使い放題。
なんて贅沢な毎日。
お嬢さまは、いつ帰ってくるのだろう。
週末、お父さまとの約束の日。
お母さまは深緑のシャンタン絹を使ったエンパイアドレスに薄手のケープを羽織り、私は臙脂色のあまり裾の広がらないシンプルなAラインのタフタドレスを着て、お父さまと馬車に乗り込んだ。
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