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ランドスケイプ侯爵家の人々と私

23.ドレスの好みは

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「アンジュ。今日は、あなたのドレスを作りましょう」

 図書室に入って来たお母さまは、シンプルで上品なスレンダーラインのドレスにレースのケープを羽織っていて、今日も素敵だった。

「なぜですか? わたくしは、充分ドレスを持っていますわ」
「でも、そうやって少女時代のワンピースばかり着ているのは、今までのドレスの趣味を恥じて、敬遠しているからではないの?」

 その通りです、お母さま。あんな、胸も背中も露出したひらひらフリルのサテンドレスや、半透け状態の総レースで全身網タイツのような心許ないタイトなシースドレスとか、心身ともに大人の女性でなくては着こなせないようなものは、私には着られません。
 色も真っ赤や紫、派手な原色の花柄、ピンクやオレンジのラメ入り、宝石粒を縫い留めた黒やワイン色、グレーなんて、お嬢さま、実は欲求不満か承認欲求不満なのかしら?

「今までの大人っぽすぎるドレスは処分⋯⋯クローゼットにしまっておいて、新しい、あなたらしいドレスを作りましょう。今までのドレスも、いつか使うかも知らないから、一応取っておけばいいわ」

 いえ、私はヽヽ着ませんが。お嬢さまが戻られたら、性格やご趣味が変わってなければ着るかも知れませんね。

 子爵令嬢だった三年前は、母と街の貴族や名士のご婦人方が懇意にするブティックへ出向いて、日常用はプレタポルテを、上流階級のご婦人や娘が集まるお茶会や夜会用のドレスは採寸してオーダーメイドをしていた。

 だから、そういうものだと思っていた。
 当時交流のあった男爵令嬢や子爵令嬢、語学博士や騎士の奥方もそうだったから。

 でも、元・王家と縁のある公爵令嬢、現・侯爵夫人は、次元が違った。

 デザイナー、パタンナー、サンプル生地を何種類も揃えて広げる商人、裁断師、縫製のためのお針子、手袋や帽子、靴などを合わせるコーディネーターまで、何人もの職人を邸まで呼びつけたのだ。

「お嬢さまはとても色が白く、お髪も明るい金、美しい瞳が良質のグリーントルマリンのようですから、こういった生地にお色が⋯⋯」
「今、流行のデザインはこういった形になりまして⋯⋯」

 お母さまは、にこにこと微笑んで話を聴いている。楽しそうだ。

「あの⋯⋯」
「なんでございましょう?」
「我が儘を言ってもよければ⋯⋯」
「もちろんでございます。お嬢さまのご希望に添えるものをお届けするために、私どもはこちらへ参ったのですから、なんでも仰ってください」
「具体的なご希望があった方が、よりご満足いただける結果を出せるというもの。お客様のニーズにどこまでお応え出来るかが、我々の腕の見せ所でございます」

 一応、入れ替わっている間に作ったドレスは私物として、お嬢さまが戻った時に全て持ち出していいことになっている。
 かと言って、無制限に作るつもりはないけれど。

「私のドレスは、あまり肌を見せないものであればシンプルなデザインでいいので、色はみんな萌葱色にしてください」


 萌葱色は、クリスの瞳の色。

 肌は日焼けしたり、髪も焼けて色が脱けたり染めたりする事もあるけれど、瞳の色は変わらないはず。

 クリストファー・エルラップネス公爵家フュルスト 嫡男。

 私の瞳の色がお母さまの色に近いのかを確認する事が、彼に声をかけられた、最初の出逢い。

 婚約者の特徴の色を着衣に取り入れて纏うのは、夜会などでの令嬢のステイタスのようになっている。
 今まで婚約者が居たことはなかったので、自分の好みの色柄を着ていたけれど、ここに居る間は、クリスの色を身につけていよう。
 そう思っていたのが、実現できる機会だ。

「あら、素敵ね。クリストファー様のお色ね? いいわ。この子のドレスは、みんな鮮やかな萌葱色で作ってちょうだい」
「かしこまりました」

 お嬢さまが戻られるまでの間だけ、私はクリスの婚約者。

 クリスの瞳の色を身に纏って、侯爵令嬢として夜会に立つ。

 まだ一着も出来ていないのに、今から緊張と心地良い興奮に、身が震えた。




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