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ランドスケイプ侯爵家の人々と私
19.ヴィルヘルム・ランドスケイプ侯爵
しおりを挟む「なんて素敵な図書室なの?」
図書室と言うより、もはや図書館。更に、ここに見える総ての壁一面に収められた本の何倍も、あの扉の向こうの書庫に蔵書されているという。
「お前がそんな事を言い出すとはなぁ?」
「テオお兄さま」
廊下への扉に凭れるように立ち、腕を組んでこちらを見ている金髪碧眼の青年。
テオドール・ウルリッヒ・侯爵家の 嫡男・フォン・ランドスケイプ・ツー・ヒューゲルベルク。
お嬢さまが帰ってくるまでの間の、私のお兄さま。
セカンドネームのウルリッヒは、古語で「遺産」とか「先祖伝来の」という『ウル』と、「力のある」とか「主」という意味の『リッヒ』で、上位貴族の嫡男によく使われる名だ。
「わたくし、個人宅でこんなに素敵な本が壁一面にも奥の書庫にもたくさんあるなんて、」
見たことがない、とは続けられない。お嬢さまは本には興味ないと言っていたけれど、知らないはずはない。
「もっとよく見ておけばよかったと反省しておりますの。こちらの古語の本!! 王宮図書館にもここまで揃ってませんでしたわ。こちらの古典文学の全集も、こんなに状態のよいものは初めて見ました」
「お前が古典文学に目覚めるとは思わなかったが」
「別荘で、語学を学んでいるうちに、古語も囓りまして、古典文学の素晴らしさを知りましたの!! お兄さま、これらを読んでも?」
「⋯⋯構わないが、本当に読めるのか?」
「ええ」
ヒューゲルベルク地方の伝承に関する古典文学の本を朗読してみると、驚いた表情を見せるテオドールさま。
呆気にとられるテオドールさまを置き去りにしていたことにハッとして、本を閉じる。
「お、お兄さま?」
背後で、エルマさんの怒気を感じる。本の素晴らしさに感動して、ついやり過ぎてしまった。お嬢さまに古語もお教えしたけれど、ここまで読めなかったのに、私ったら、やってしまった⋯⋯
「す、凄いな? 俺もそこまですらすらとは読めないぞ。よく勉強したな」
「はい。褒めてくださいますか?」
「ああ。ここにある本も、書庫の本も、好きに読んでいいぞ。父上には俺から言っておく」
「ありがとうございます」
本を抱きかかえたまま、お兄さまの側に駆け寄る。
頭を撫でてもらったのは、父にも母にもない、初めての経験だった。
「アンジュ。お前⋯⋯」
お兄さまが何か言いかけた時、廊下からお母さまが中に入ってくる。
「ここに居たの? テオ、アンジュ。お父さまがお呼びよ?」
「父上が? こんな時間に家にいるなんて珍しいね?」
いつもなら王宮で仕事をしている時間のはず。
一階の談話室で上座のソファに座るランドスケイプ侯爵家当主ヴィルヘルム・ユーリウス。
お兄さまと同じ、黄金の髪と碧の瞳。
婚姻の早い上位貴族の中で、二十歳のお兄さまと17歳のお嬢さまの父親としては、少々歳がいっている。
50歳前くらいだろうか。お母さまとひとまわり違う?
お母さまは薄緑の瞳。
お父さまとお兄さまは綺麗な青みがかった緑の瞳。
お嬢さまは、私と同じトルマリングリーンの瞳。エメラルドよりやや青みが弱くグリーンガーネットより青い。
家族揃って金髪碧眼で、いかにも高位貴族らしい血統を重んじた婚姻を重ねてきたに違いない。
だから、お父さまとお母さまは年の差が大きいのだろう。
私達三人を見留めると、お父さまは立ち上がり、近づいて来た。
「お前達、用意しなさい。お祖母様が亡くなった」
❈❈❈❈❈❈❈
たいていの人に馴染みのある名乗りの順番は、英国風で、
テオドール・ウルリッヒ・ランドスケイプ=ヒューゲルベルク・オブ・ザ・侯爵家
でしょうか。帝国や辺境伯と領邦候という貴族階級を使った世界観にしたので、イメージ的に、登場人物の名前もオーストリアとか西ドイツ(ライン川近辺)風を採用していたので、フルネームもドイツ語圏風にしてみました。
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