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お嬢さまと私
11.アンジュとアンジュリーネ
しおりを挟むお嬢さまとクリスは、契約で結ばれただけの冷えた関係だと言う。
もちろん、西の国との国境を守護する騎士公国の公爵家の嫡男で、その領地は武と商(富)の要の都市でもあり、彼との婚約を無しにする気はないらしい。
それでも、お嬢さまが病を克服して戻るまで、お嬢さまのフリをしてパートナーとして、夜会などに参加しなくてはならない。
「いい? 感情を殺して、でも美しく優雅に微笑んで相手をするのよ」
難しい注文をしてくれる。感情は殺しながらも、優雅に微笑めとは。
「彼は騎士だけど、一応公爵家の嫡男。ダンスはそこそこ上手いの。踊ってて違和感を感じられないように、私のステップを再現してね」
幸い、お嬢さまはあまりダンスは上手ではなかった。
視線はクリスと見つめ合うのが嫌だと、左斜め下を見るクセらしい。
「視線を逸らした程度で、別人だとバレないかしら?」
「大丈夫でしょ? 向こうも私に興味はないわよ」
当時の私の事を、クリスは西域の古語で天使と呼んでいた。
お嬢さまのお名前も、アンジュリーネと言うらしい。天使のようなとか、愛らしいという意味で女の子につけられる名ではある。聞かされた時は、心臓が止まるかと思った。
こんな偶然があるだろうか?
私よりも華やかに粧ってはいるけれど私と似た顔のアンジュお嬢さまの事を、クリスはどう思っただろうか。そもそも、憶えていたのだろうか?
「お嬢さまと婚約者様の関係はいつからなのですか? 元々幼馴染みとかご縁があったのですか?」
「いいえ。二年前、デビュタントを控えた私に、悪い虫がつかないようにと、父が纏めてきた縁談よ」
その安全策は無になった訳だけども。侯爵様にはご同情申し上げますとしか言いようがない。まさか、婚約者を決めてあるのに、夜会で男遊びをなさるとは思いも寄らなかっただろう。
「婚約者様の事をなんとお呼びすれば?」
「普通にクリストファー様と呼んでるわ。向こうも、ランドスケイプ侯爵令嬢かアンジュリーネと名前呼びよ」
この別荘にいる間はずっと傍にいて、お嬢さまと同じ服を着て、まるで仲のいい双子のように行動をなぞっていく。
その内に、手本を真似なくても似た動きが出来るようになってくる。
午前中は、頭がすっきりしている内に貴族名鑑のお復習いと、交際のある家とない家、過去に会ったことのある人、付き合いがない人を振り分けて憶える。
淑女教養学校には通わず家庭教師で通したので、特別親しい令嬢はいないらしいので、お茶会でよく顔を合わせた令嬢だけピックアップしていく。
一番困ったのが、過去にお嬢さまと秘密の恋をしたことのある令息達。
なんと、病を得て儚くなられた公爵家の令息以外にも、数人とお付き合いがあったというのだ。
「モテるのは、結婚するまでよ? 今のうちに楽しまなくちゃ。あのお堅い騎士公爵嫡男と結婚するんだもの」
罪悪感はなさそうだった。
仕方なく、お嬢さまには悪いけど、私は、彼らが寄って来たら、適当な理由をつけてやんわりと断り、恋の駆け引きは回避しようと決めた。
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