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4 困惑と動悸の日々

4‑13 赤い眼

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     📚

 あれからも、時々、殿下の双眸は血のような紅に染まっていた。

 理由は聞かせてもらえそうになかったけれど、それでも、体調が思わしくない時は、力を分けて欲しいと正直に願い出てくれるようになったので、どこかで一人で倒れているのではないのかという不安は少くなった。

 そもそも、貧血や魔力切れで眼の色が変わるという話も聞いたことがないし、色素などの遺伝的な話も、年をとると共に肌色や髪色が濃くなる(老化で白くなるのは普通なので割愛)といった程度のもので、変色した眼が元に戻ったり、また変色したりといった話も聞いたことなどない。

 魔法士学園でそれっぽい話がないか確認してみたけれど、誰も聞いたことはないそうだった。

 今日は、エリオス殿下は第二王子としての公務が外せず、魔法士学校は休講で学校は休みで魔法省の職務もないとなれば、私は一人で図書館に来ていた。

 魔法に関する調べ物のついでに、眼の色に関する記述がないか、人体に関する書物を眼に限って読んでみる。
 けれど、それらしき記述は見当たらなかった。

 ふ、と気になった。
 あの時、殿下の身体の不調を検知サーチしようとして、視ると魔力の流れがおかしくて、まるで、呪いのようだと思ったこと。

 今度は、呪いの技術を探してみた。

 それでも、眼の色が変わるというものは見当たらない。

「何を調べているの?」

 殿下の研究チームのマウリが、たくさんの本を抱えて立っていた。

「マウリ様、こんにちは。ちょっと、こう、人の健康を害する目的の悪い魔術とかないのかと思いまして」
「え? エステル様、誰かを害したいの?」

「まさか。そういう魔術に侵された人がどういう症状を起こすのか、どうすれば解咒出来るのか、ちょっと気になっただけなの」

「⋯⋯ちょっと、気になる内容かな。ま、いいや。どういうタイプの健康被害?」
「⋯⋯お心当たりがおありなのですか? 眼が、両目が血のように赤く染まるのです」

 マウリ様がこういうことにお詳しいとは!

「え? 疲れ目とか、眼病の炎症起こしてるとかじゃなくて?」
「はい。白目ではなく、瞳の虹彩の部分です。瞳孔と。⋯⋯聞かないでしょう?」
「ふぅむ、そうだね。黒目部分は、光の加減で多少違って見えても、基本変わらないはずですよね?」
「ですよね。はぁ」

 ため息が出る。そうそう簡単に見つかるはずもないかな。でも、まだ諦める気はないけれど。

「そんなに気になることなの?」

 エリオス殿下がとは言えなかったご本人も隠したがっているみたいだし。

「ちょっと、だけ。せめて、どういう状況なのかだけでも知りたいの。そして、何か解決策があるなら、力及ぶ限り手を尽くしたい⋯⋯」

 マウリ様は、何か考え込んでいた。

「それって、もしかして、殿下なの?」
「え?」

 本から目を上げると、真剣な表情かおのマウリ様と目が合う。

「僕もね、気のせいかなって思ってたんだけど、たまに、眼が赤く見えるときがあって。たいていは、大きな魔術を使われた時なんだけど、それが、今まではあの程度の魔法に疲れたり魔力切れを起こしそうになったりしなかったはずなんだよね」

「前はって⋯⋯ それって、いつからか、わかりますか?」
「うーん、気づいたのは、その、あれ以来かな? 正確にそうだとは言えないけど、それ以前はそんなことなかったから」

 言いにくそうなマウリ様。ちらっとこちらを窺うような視線を寄越すあたり、恐らく『あれ』とは、クレディオス様の魔法の事故を言っているのだろう。


「そうですね。わたくしも、以前から殿下と親しくさせていただいていた訳ではないので、確信はありませんけれど、崖から助けていただいた時は普通だったのに、クレディオス様の魔術を解咒なさったあとに魔力枯渇寸前で倒れた時に、眼が赤いと思ったのが初めでした」
「魔力枯渇寸前で倒れた? あの殿下が?」

 マウリ様はご存じなかったのだと思い至ると、己の口の軽さを怨んだ。

「ああ、そんな表情かおしないで。誰にも言わないよ。ただ、あの殿下の魔力が尽きる事なんてあるのかなど驚いただけだよ」
「クレディオス様の幾重にも重ねられた魔法陣はとても複雑で、わたくしには、解咒出来なかったと思います」
「そんなにか。見たかったなぁ。あ、いや、不謹慎でした。ごめん」


 マウリ様は、それらしい情報があれば、知らせてくれることを約束して、ご自身の用事に戻って行かれた。




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