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3 新しい生活の始まり
3‑5 職員食堂
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🏢
殿下が選んでくださったのは、玉葱が溶けるほど煮込まれたとろみのあるスープと、オーツ麦やもち麦、トウモロコシなどの穀類が複数種類入ったシリアルリゾット、鶏肉を蒸して裂いたものと細かく刻まれた根菜の炒め物。野菜や果物のスムージードリンクとアネクトールと呼ばれる、赤紫色で桃に似た果物。これは、赤い色素アントシアニンと糖質が高く視力・魔力回復に良いとされる、魔法士に人気のある果物。
食べやすく手間を省く料理と言うだけあって、周りの人達を見ると、どの料理も大きめの匙でパクパクと食べている人が殆どで、女性でも、上品にとは言えその消費スピードはかなり速い。
見た目は病人食か離乳食のようだけど口にしてみれば、公爵家のシェフの味にも負けない旨味と風味があった。
「驚いた? 見た目はこんなだけど、見てもわかるとおり、本を読みながら、書類を点検しながら食べる行儀の悪い人も少なくなくて、時間に追われる人達だから、片手間に食べられるようにこういう形になっているんだよ。朝食だと、パンにおかずを挟んだものや、プディングやムースのような流動食に近いものを急いで摂る人もいるんだよ」
それでも、昔は食事を摂らない人もいて、仕事効率に影響が大きいからと、今ではこういった、見た目を犠牲に、片手でも食べられ、栄養摂取重視の料理になったのだとか。
「職員には、貴族ばかりじゃないし中産階級や庶民の出の者も多いからね、受け容れられるのは早かったよ」
加えて、貴族出身者でも、騎士や文官と違って、魔法に携わる者は、己の世界に没頭して周りを気にしない者も少なくなくて、抵抗はなかった人の方が多かったらしく、これまで不満や問題はなかったという。
しかも、寝食を忘れたり財布などの日用品を持ち歩くのを忘れる人も居たとかで、最初こそ多少の料金を支払っていたけど、今は職員であれば、誰でも好きなものを無償で食べていいらしい。
「ずいぶんと、待遇のいい職場のようで安心しましたわ」
「そう? そう言ってもらえると嬉しいよ。明日から、よろしく頼むよ」
人と擦れ違えば殿下に道を譲り頭を下げる者が殆どであったけれど、王族である殿下に直接声をかける者は居なかった。
おかげで、私もあれこれ聞かれることもなく、殿下の案内と説明に集中することが出来た。
キュロットとローブ、ロングガウンの重ね着をした私は、上位貴族の令嬢に見えなかったのかもしれない。
私を案内する殿下を見ても、ヒソヒソ話す人もいなくて、単純に魔法士と仕事の話をしているだけと、正しくとられたのだろう。
再び寮舎への渡り廊下を通って、入り口まで送っていただいた。
「それじゃ、また明日」
心臓がギュッとなるような、周りの灯りが強くなったかのような輝かしい笑顔で、私の手を取り、指先に触れるかくるいの軽い口づけを落として、本殿の方へ戻って行かれた。
「では、エステル様、こちらへ。私は、寮母のカタリーナ・マカライネンと申します。
お荷物は既にお部屋に運ばせてあります。物体移動の得意な女子職員にさせましたので、ご心配なく。この扉から先へは、王族や医師、特命を帯びた騎士であっても、男性は立ち入ることは許されません」
「ご丁寧に。よろしくお願いします。エステル・フェリシア・フォン・ヘルトゥア・アァルトネン・アヴ・アァルトヤルヴィです」
寮母は、母が生きていれば同じ歳くらいだろうか。
チラと私の顔を見たけれど、ついフルネームで貴族らしい名乗りをしてしまったのに、特には反応はなかった。こういう場では、貴族だ平民だは関係ないということだろうか。
少しほっとする。
ただ、マカライネンという家名には覚えはあるので、そうだとしたら、彼女も由緒ある家門の出ということだろう。
「食事は、如何なさいますか? 官舎の食堂よりも、女性の好むメニューを取りそろえてありますので、朝夕はここでと言う職員もいます」
私に用意された部屋へ案内される間、殆ど口を開かず、たまに、ここがご不浄、ここが湯殿などと案内されるだけだったけど、不意に、食事について訊かれた。
「今夜は、殿下に官舎での食堂の利用の仕方などを教えていただき、そのまま頂いてきました。明日の朝は、こちらで頂きたいと思いますが、どのようにすれば」
寮母は、私の名の入った小さなプレートを手渡してくれる。
「後で食堂にて説明するつもりでしたが、こちらのプレートを朝食の札のついた箱に入れてくだされば、確実に用意できます」
夕食も、同じように、朝出していけば夜、用意が出来ているとのことだった。
殿下が選んでくださったのは、玉葱が溶けるほど煮込まれたとろみのあるスープと、オーツ麦やもち麦、トウモロコシなどの穀類が複数種類入ったシリアルリゾット、鶏肉を蒸して裂いたものと細かく刻まれた根菜の炒め物。野菜や果物のスムージードリンクとアネクトールと呼ばれる、赤紫色で桃に似た果物。これは、赤い色素アントシアニンと糖質が高く視力・魔力回復に良いとされる、魔法士に人気のある果物。
食べやすく手間を省く料理と言うだけあって、周りの人達を見ると、どの料理も大きめの匙でパクパクと食べている人が殆どで、女性でも、上品にとは言えその消費スピードはかなり速い。
見た目は病人食か離乳食のようだけど口にしてみれば、公爵家のシェフの味にも負けない旨味と風味があった。
「驚いた? 見た目はこんなだけど、見てもわかるとおり、本を読みながら、書類を点検しながら食べる行儀の悪い人も少なくなくて、時間に追われる人達だから、片手間に食べられるようにこういう形になっているんだよ。朝食だと、パンにおかずを挟んだものや、プディングやムースのような流動食に近いものを急いで摂る人もいるんだよ」
それでも、昔は食事を摂らない人もいて、仕事効率に影響が大きいからと、今ではこういった、見た目を犠牲に、片手でも食べられ、栄養摂取重視の料理になったのだとか。
「職員には、貴族ばかりじゃないし中産階級や庶民の出の者も多いからね、受け容れられるのは早かったよ」
加えて、貴族出身者でも、騎士や文官と違って、魔法に携わる者は、己の世界に没頭して周りを気にしない者も少なくなくて、抵抗はなかった人の方が多かったらしく、これまで不満や問題はなかったという。
しかも、寝食を忘れたり財布などの日用品を持ち歩くのを忘れる人も居たとかで、最初こそ多少の料金を支払っていたけど、今は職員であれば、誰でも好きなものを無償で食べていいらしい。
「ずいぶんと、待遇のいい職場のようで安心しましたわ」
「そう? そう言ってもらえると嬉しいよ。明日から、よろしく頼むよ」
人と擦れ違えば殿下に道を譲り頭を下げる者が殆どであったけれど、王族である殿下に直接声をかける者は居なかった。
おかげで、私もあれこれ聞かれることもなく、殿下の案内と説明に集中することが出来た。
キュロットとローブ、ロングガウンの重ね着をした私は、上位貴族の令嬢に見えなかったのかもしれない。
私を案内する殿下を見ても、ヒソヒソ話す人もいなくて、単純に魔法士と仕事の話をしているだけと、正しくとられたのだろう。
再び寮舎への渡り廊下を通って、入り口まで送っていただいた。
「それじゃ、また明日」
心臓がギュッとなるような、周りの灯りが強くなったかのような輝かしい笑顔で、私の手を取り、指先に触れるかくるいの軽い口づけを落として、本殿の方へ戻って行かれた。
「では、エステル様、こちらへ。私は、寮母のカタリーナ・マカライネンと申します。
お荷物は既にお部屋に運ばせてあります。物体移動の得意な女子職員にさせましたので、ご心配なく。この扉から先へは、王族や医師、特命を帯びた騎士であっても、男性は立ち入ることは許されません」
「ご丁寧に。よろしくお願いします。エステル・フェリシア・フォン・ヘルトゥア・アァルトネン・アヴ・アァルトヤルヴィです」
寮母は、母が生きていれば同じ歳くらいだろうか。
チラと私の顔を見たけれど、ついフルネームで貴族らしい名乗りをしてしまったのに、特には反応はなかった。こういう場では、貴族だ平民だは関係ないということだろうか。
少しほっとする。
ただ、マカライネンという家名には覚えはあるので、そうだとしたら、彼女も由緒ある家門の出ということだろう。
「食事は、如何なさいますか? 官舎の食堂よりも、女性の好むメニューを取りそろえてありますので、朝夕はここでと言う職員もいます」
私に用意された部屋へ案内される間、殆ど口を開かず、たまに、ここがご不浄、ここが湯殿などと案内されるだけだったけど、不意に、食事について訊かれた。
「今夜は、殿下に官舎での食堂の利用の仕方などを教えていただき、そのまま頂いてきました。明日の朝は、こちらで頂きたいと思いますが、どのようにすれば」
寮母は、私の名の入った小さなプレートを手渡してくれる。
「後で食堂にて説明するつもりでしたが、こちらのプレートを朝食の札のついた箱に入れてくだされば、確実に用意できます」
夕食も、同じように、朝出していけば夜、用意が出来ているとのことだった。
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