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3 新しい生活の始まり

3‑3 新たなお相手は?

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     👫

 王家の馬車は、不思議なほど揺れないのが、身体は楽で乗り心地はいいけれど、馬車は振動がある物揺れる物という当たり前がなくて落ち着かず、殿下と二人きりの空間は緊張して、居心地はあまり良くない。

 更にそこへ、殿下が爆弾を投下する。


「セオドアが来てたね」
「⋯⋯はい」
「よく来るの?」
「いえ。今回は、偶々、わたくしを心配して来てくださったようです」
「そう」

 目を閉じると、走り出した馬車を追うように少しだけ走って、何か言いたげに窓の中のこちらを見送っていたセオドア従兄にいさまを思い出す。

 お従兄にいさまは、私に求婚をなさるつもりは、いつからあったのだろう。

 クレディオス様との婚姻は、王命でほぼ覆らないものだった。

 お父さまに、婚約解消に関して異議はないという文書にサインさせられただけでなく、更にクレディオス様が精霊魔法を模した魔術に失敗して魔法が使いづらくなったことで本当に、クレディオス様との婚姻契約は、王家側のアァルトネン公爵家の血を繋ぐための未来設計からも消滅してしまったかもしれない。

 王子様のようにきらきらしていた美少年が、魔法に長けた優秀な青年に成長するのをそばで見守り、この方と結婚するのだと思い共に育ってきたのに、こんなに呆気なく簡単に縁が切れるものなのか。

「セオドアに、プロポーズでもされた?」

「⋯⋯え? 何、⋯⋯は? 殿下、聞いて⋯⋯」

 廊下に通じる扉は開け放たれていた。殿下はノックをしてくださったけれど、いつからあの場にいて、どこから聴いていたのだろう。

「ふふ。盗み聞きや立ち聞きした訳じゃないよ。聞かなくても想像はつく。
 エステルの前で跪き、頰や耳、首筋まで赤く染め、熱っぽい目で見上げながら君の手を両手で包み込むように握る様子は、誰が見ても騎士の誓いかプロポーズだろう?
 セオドアは、騎士だけれど、王家に仕えたり国家に仕えている訳じゃない。その剣は、アァルトネンのために捧げるもの。
 アァルトネン公爵家の次期当主は、エステル、君だ。今更、騎士の誓いを立てる必要はない。
 なら、ここは物語のように、剣ではなく愛を捧げ、乞い、共に過ごしたいと請うたのではないのかな、と、ね?」

 凄い洞察力です、殿下。まるで見ていたかのよう。

「返事はもうしたの?」

 楽しげに、私の目を覗き込むように、身を乗り出して訊いてくる。

「⋯⋯いえ。まだ、クレディオス様との婚約解消が王家や法王省に認可された訳ではありませんし、本当にこのままアァルトネン公爵家の当主になれるのなら、大叔父様や従叔父さま達一族の意見も聞いてみなくてはならないでしょうし、上位貴族の婚姻は、国王陛下と法王猊下の承認が必要です」
「そうかもしれないけれど。セオドアとしては、そんなことは置いといて、今のエステルの気持ちが訊きたかったんじゃないのかな」

 今の、私の気持ち⋯⋯

「わかりません。クレディオス様と寄り添い公爵家をつないでいく。それは、幼い頃から決められた道筋であり夢でもありましたから。他の道や夢を見る事はありませんでしたので、考えた事も⋯⋯」
「そう。まあ、急に言われても困るよね。そういう対象として見る可能性もなく、頼れるお従兄にいさんとして見ていただろうから」
「はい。ですが、セオ従兄にいさまは二男で、アァルトネン分家として魔力も高く騎士として身体も鍛えていらっしゃるので大きな魔法を使う体力も持つ理想的な方です。血系魔法と血筋を保全するための婚姻相手としては、悪くないのかもしれません」

 お祖父さまもお母さまも、アァルトネン一族ではない魔力の高い魔法で名を残す上位貴族家の方と結婚なさったから、私がセオドア従兄にいさまと結婚しても、血が濃過ぎて身体や精神に奇形や障害が出る心配も少ないだろうし、

「何より、今から新しい婚姻相手を探すのは骨の折れる作業かもしれません」
「確かに。同年代の貴族子息達は、既に婚約者の居る者が殆どだろうし、居ない者は、何らかの問題がある者が多いだろうしね」

 お母さまは、相手を吟味し選りすぐるためと言って、婚約者を持たずに育ち、複数属性の精霊に守護された魔力の高いお父さまと、成人してから結婚なされた。

 お父さまはヴォルカーニネン侯爵家の三男で、ヴォルカーニネンのお祖父さまから南域の山岳地方の男爵領を頂いて領地持ちの男爵魔法士として魔法士師団に入る予定で、当時正式には認可されてはいなかったものの結婚を考えた女性もいたそうだけど、お母さまと出会い結婚なさった。

 そしてすぐに私が産まれ、お母さまが婚約者を立てずに成人して相手を探すのが大変だったこともあって、王家から早々に婚約者を決めるよう幾度も通達があったという。
 母が亡くなった時、後継を失くす心配をした王家は、私とクレディオス様をめあわせるよう王命が下った。

 もし、クレディオス様との婚姻がなくなってしまったら、また、別の人が王命で指名されるのかしら?

「そうかもしれないけれど。セオドアが申し出て認められるかもしれないし、他にいい人に出会えるかもしれないね?」
「国内の有力貴族の、魔力の高い優秀な子息はみな、お相手が決まってますわ」
「他国の王侯貴族という手もあるし、その方が、この国にはない魔法が手に入るかもしれない。まあ、政治的に意味がなければあまり成立しないかもしれないけれど」

 そう。アァルトネン一族は、国内の公爵家の中でも指折りの、財力と多くの魔法士輩出による優遇を受ける一族だけど、なぜか政治家は一人もいない。
 過去にも、役所仕えの者はいても、宮廷で国政に係わる役職に就いた者は、ただの一人も居ないのだ。

 もしかしたら、政治不介入の盟約があるのかもしれない。

「ちなみに、僕にも婚約者はいないのだけれど?」

 二度目の爆弾投下だった。





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