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2 あの日の朝に

2‑10 セオドアの申し出

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     🌊

 謝罪と共に、ラケルが頭を下げる。

 そう言うこと。ラケルの耳飾りは、お従兄にいさまの風霊が擬態した物。
 ラケルやお従兄にいさまの意志で、通信能力が使えるのだろう。
 先ほど、ラケルが髪を掻き上げ耳に掛け直すような仕草をしたのは、お従兄にいさまと通信をするためだったのだわ。

「全部、聴いてましたの?」
「すまない。心配だったんだ。クレディオスと婚約破棄した上、リレッキ・トゥーリ達は、直接被害を与えないにしてもエステルを蔑ろにしていると聞いて、何かあれば連絡してくれと頼んでおいたんだ」
「では、今わたくしがラケルに話したことは、全てお聞きになっていたのですね?」
「ああ。クレディオスが、精霊魔法に近いものを魔術で再現しようとして失敗したと。それをエリオス殿下とエステルで解咒して、精霊に離反されたクレディオスは魔術が使えなくなり、休学するのだと」
「その通りですわ。クレディオス様の身体は怪我はないけれど、傷ついた心が健康になり精霊達と契約を再開できるようになるまで、エミリアがクレディオス様の心を癒すことが出来たらいいのだけれど」
「なるほど、お人好しだな。自分を蔑ろにした上エミリアを選ぶような奴の事まで心配するのか? 他人の事ばかりで、自分の事はどうなる? 自分を後回しに周りにばかり手を差し伸べていたら、いつか潰れてしまうぞ」

 ええ、そうでしょうね。だからこそ自死を試みて、でも精霊に生かされて、今、ここに居るのだから。

「お嬢さまには、支えになる方が必要なのですわ」

 ラケルが心配げに言う。

「その事なんだが、エステル」
「その事?」
「エステルはまだ今年18歳になる少女だ。成人まで二年以上ある。保護者は保護者として役に立たず、家族がお前の支えにならない今、いや逆にその血の繋がった家族がお前を傷つけている状況だからこそ。そばで支え、勇気づけて寄り添う相手が必要だと思う」
「殿下に将来の仕事に繋がりそうな役目を用意していただきましたし、わたくしは一人で生きていけますわ。わたくしに手を差し伸べてくれる人は他にも、ラケルもセオ従兄にいさまも、姉や友のように見守ってくれる身近な人だって、ちゃんといますもの」

 耳朶みみたぶが赤く染まったセオドア従兄にいさまが、私の手をとり、目の前に片膝をつく。

「そうじゃない。いや、聞いてくれ。大叔父や父が判断する前に、もしかしたら違う答えを出すかもしれないが、その方が確率は高いとも思うが、その前に、自分の意志で伝えたい。出来れば、エステルの判断で、エステルの意志で、決めて欲しい」

 殿下に急に手をとられても、驚きはしても嫌悪感はなかったのと同じで、セオドア従兄にいさまに手をとられても嫌悪感はなく、跪かれて、なんだかドキドキする。

 セオドア従兄にいさまは、何を言わんとしているのか⋯⋯


「子供の頃からずっと、従妹姫として見守ってきたし、デビュタント前のマナーレッスンの相手も務めて来た」
「ええ。とてもよくしてくださったし、今でも、こうして、心配して駆けつけてくださる。誕生日や節目に贈り物を頂いて、押しつけがましく主張したりしない、手元に置き使いやすいセンスのある贈り物だと毎年感心しているし、感謝してるわ」
「ああ。可愛らしい礼状を返してくれる律儀だよな。そんなお前が、家族に傷つけられ、笑顔を失っていくのを見ていられない。お前には、ずっと笑っていて欲しい。だから。だから⋯⋯」

 眩しいものを見るように眼を眇められ、両手を添えるように取られていた私の手に、指先に一度そっと触れるだけの口づけを落としてから、徐ろに請うて来た。

「これからは、誰よりも身近で、エステルを支えたい。何かがあった時、誰よりも早く駆けつけて、エステルを守ってやりたい。その権利を、俺にくれないか?」

 赤く染まっていた耳だけでなく、頬から首筋まで赤くして、セオドア従兄にいさまは、潤んだ眼で真っ直ぐに私を見つめてくる。
 
「今すぐ、夫になりたいなどと焦った事は言わない。成人するまで待つから。俺と結婚して欲しい。だから、まずは、婚約者になってくれないか?」





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