上 下
20 / 64
1 諦めた私

1‑19 精霊の声

しおりを挟む
     💥

 精霊達を無理矢理従わせようとしているような気配に、美しい眉を顰めるエリオス殿下。
 私を守護する精霊達も落ち着かない様子だ。

「これは⋯⋯」
「うん。エステルも感じたんだね? あまり良くない魔力の上昇だ。どこの研究室だ?」

 殿下の言う『どこの』は、位置の事ではない。どの研究棟かは判る。この学校に通う生徒ならみんな感じられるだろう。
 この場合は、そこを使っている生徒達の研究グループを指して言っている。

「精霊達が動揺しています。そして、不快や恐怖を感じる子もいるようです。これは良くありません」
「そのようだね。精霊達と共にあるエステルなら、僕よりも詳しく解っているんだろうね。どういう状況だろうか?」

 足早に、精霊達がザワつく建物へ向かう。

「この魔法を使っている者たちは、無理矢理力で精霊達を捻じ伏せようとしているように感じられます。具体的には、その辺を通常の営みで存在している精霊を強制的に掻き集めて、大きな纏まりを作り、無理矢理従わせようとしているような感じですね。
 間違ったやり方で、精霊魔法を模倣しようとしている、と言えば一番近いかもしれません」

 こうしている間にも、精霊や魔法の流れを直接視る力『精霊眼』を持たない者にも見えるのではないかと思うほど濃い精霊溜まりがどんどん膨らむのが見える。
 該当の建物を覆い尽くすほどに大きくなっている上、まだまだ周りの精霊達を巻き込んでいる。

「あれでは、術者の望む効果を出せないどころか、精霊達が反発して、危険かもしれません」
「危険、とは?」
「魔力暴走、物質核融合反応、あの建物とその周りは消失するかもしれません」
「それは⋯⋯!!」
「精霊達がそれはよしとしないで、なんとか回避しようとしても、この状況を止めるために、攻撃性が術者に向くかもしれません。
 また、この国に存在する多くの精霊達が、この魔法に不快を示していますから、今後、魔法士達は精霊の協力を得られなくなるかもしれません」
「それは非常に良くないね」

 魔法技術が発達し魔道具も多く普及しているこの国には、魔法文化の発達していない、原生林に暮らす少数部族や島国のような、カラクリで生活の利便性を高めていく技術を持たない。
 この先、精霊達にそっぽを向かれると、一気に生活水準が原始的なものになってしまうだろう。
 魔法力の源である精霊に離反されるという事は、今ある生活に馴染んだ魔道具さえも発動しない可能性もある。

 目的の建物が歪んで見える。石材が軋む音も聴こえてきて、かなり良くない状況だ。いつ暴発してもおかしくない。


 ルヴィラが悲鳴のような警戒音を発し、私の守護をしている多くの精霊達が私の周りに厚い精霊の層を作り出す。

「待って! 私個人ではなく、あの建物とその中にいる人達を! あの悲鳴を上げ続ける精霊達を助けてあげて!!」
「エステル?」
「あれは、もう保ちません。殿下は、周りの生徒達の避難を!」

 建物を覆い尽くしてなお膨らみ続ける精霊溜まりは、今にも爆縮を起こしそうになっている。

 ──解咒は間に合わない!!

 殿下を、この学内に集う生徒達を、死なせたくない!!
 この国から精霊達を失うことは、あってはならない!!


 その願いから私は、あの嘆き怒る精霊達の鉾先がこちらに向くよう、私の魔力を開放、あの精霊達に向かって放出した。






 アァルトネン一族の者が精霊魔法を使えるのは、精霊に好かれる魔力質と霊気・魂を持っているからだ。
 精霊達は、私達の望む効果を生み出す替わりに、私達の魔力や霊気を舐め、力を得る。
 また、これはアァルトネン一族の者でも知らない人の方が多い秘密でもあるが、私達の霊気に触れて、魔法士の精神と交感する事で、精霊達は自身を浄化している。

 精霊達が浄化行為を行った後に術者に残される澱や不浄、僅かな瘴気などを受け止める耐性と、それらを闇魔法で光気ルクに変換する浄化作用を持っていないと、精霊魔法を使うたびに消耗し、やがて死に至る。

 アァルトネン一族の者が精霊魔法を使えるのは、その光の浄化能力が高く、精霊に好かれる体質があるからなのだ。



 みんな、その良くない魔法のくびきを断って、私で浄化して!!

 火山の奥に眠るマグマのような強烈な魔風が吹き荒れ、私の身を灼き尽くす衝撃に足の力が萎え、なんとか耐えようとしてみたけれど、その力はあまりにも強烈で、力及ばすその場にくずおれた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹、異世界にて最強

海鷂魚
ファンタジー
妹へ届いたのは、異世界へのチケット。 巻き込まれる兄と最強である妹の物語。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい

咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。 新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。 「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」 イルザは悪びれず私に言い放った。 でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ? ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

自由気ままな生活に憧れまったりライフを満喫します

りまり
ファンタジー
がんじがらめの貴族の生活はおさらばして心機一転まったりライフを満喫します。 もちろん生活のためには働きますよ。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

第三帝国再建物語

篠田 雄亮
ファンタジー
第二次世界大戦が終結して、その時代に生きていた人物が主に異世界で滅んだ帝国を再建する物語になります。

 聖女狂詩曲 〜獣は野に還る〜

一 千之助
ファンタジー
   主人公のデザアトは聖女を母に持つ第五王女。しかし、彼女を産んだことで母親は生命を落としたため、父親や兄達に疎まれ幽閉された。    しかし、神の悪戯か悪魔の慈悲か。放置されていたデザアトが次代の聖女に選ばれてしまう。  聖女は己の幸せを祝福に変えるため、聖女が溢れるほど幸せでないと祝福は成らない。  愕然とする兄王子ら。  悪意と虐待の果て情緒が欠落し、知恵ある獣のように育ってしまったデザアトの無意識な反逆と、それを聖女としなければいけない王子達の奮闘。  聖女の祝福は訪れるのか?  悲喜交交の織り成す狂詩曲。御笑覧ください。  

家族はチート級、私は加護持ち末っ子です!

咲良
ファンタジー
前世の記憶を持っているこの国のお姫様、アクアマリン。 家族はチート級に強いのに… 私は魔力ゼロ!?  今年で五歳。能力鑑定の日が来た。期待もせずに鑑定用の水晶に触れて見ると、神の愛し子+神の加護!?  優しい優しい家族は褒めてくれて… 国民も喜んでくれて… なんだかんだで楽しい生活を過ごしてます! もふもふなお友達と溺愛チート家族の日常?物語

処理中です...