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閑話②

閑話 ――ぼくの妹②――

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 その時は分らなかったが普通に育てるという事を難しいと思ってしまうのは、星獣の姫を娘に持つ両親たちの宿命なのだろう。甘やかして我儘に育ててはいけない。厳しくし過ぎて、冷血に育ててはいけない。人の悪意に晒され、歪んだ精神を持つなんてもっての他だし、ましてや他人に利用され不幸になってしまっては、国が滅んでしまうかもしれないというプレッシャー。

 星獣の姫の親という重圧は、両親――特に父――を雁字搦めにしたのだと思う。その点ぼくはただの子供だったので、簡単だった。

 ――妹は可愛い
 ――可愛いんだから、可愛がって何が悪い!?
 ――ぼくの可愛い妹だっ

 母は柔軟な面もあるが、他人からの悪意から守る為に過分な魔力を失い体が弱くなってしまうし、ガーランドの外から来た人間で気に入られているようだが星獣達が無条件で父の意見に従う訳では無い。彼等が父に娘を甘やかすなと言われて、聞くわけがない。自分達が厳しく育てるしかないのだ。理不尽な思いをさせてもそれが忍耐力を育てることもあるのだ。

 愛しい娘を自らが可愛がりたい両親の心境を想えば、哀れにすら思う時もある。今なら。だが、ぼくはそんな両親の妹を可愛がることへの遠慮を大いに利用して妹を可愛がるのだ。

 ――だって、我が妹は十分にいい子だろう?
 ――可愛がって何が悪いっ!?

 今のぼくならまだ若い両親に意見する事も、大丈夫だと言ってやる事も出来るだろうが、その時はただ自分の妹が星獣に大切にされるお姫様なのが単純にうれしく感じていたのだ。それを喜んでいるように感じられない両親に、頭をかしげていた。そんなぼくの頭をレオが元気づけるように撫でてくれたんだ。

 耳をあてた壁の向こうから父と母の声がする。

『星獣達は、娘を甘やかすんだろうな…そして、ガーランドとの縁が欲しい馬鹿共が蜜をもって群がってくる…甘い言葉を並べる者ばかり、さも自分が特別に思えてくるほどに…』
『まるで…それこそ、力を持ち過ぎたガーランド家への…呪いね…』





 後からガーランド家の表に出されていない文献で分かることだが、自分が特別だとわがままに育ってしまった星獣の姫や、精神が未熟ですぐにダメージを受け他人に振り回されてしまう星獣の姫がいた時代があった。その時代は、各地で災いが起きたらしい。

 星獣の姫の機嫌や気分次第で、星獣が盲目にその憂いを晴らすために尽くしてしまうのだ。そこに星獣の姫の言葉がある場合もあれば、言葉にせずとも深い悲しみに囚われた星獣の姫の心を想い、星獣達はその原因を攻撃してしまうのだ。恐ろしい事だった。星獣の姫自身が自分の為にそんな事をしないでと星獣を諌めることもしばしばだったらしい。

 単純に純粋な星獣の心が怖いと思った。だが、本に書かれていた様な怖すぎる純粋さはあるのかもしれないが、自分が接している今の星獣達は利性もある様に感じられる。本を読み続けて行けば、自分の気持ちをコントロールし理性を強く持っていた星獣の姫の時代、世界は平和だった。

 両親はそれを望んでいるのだろう。

 忍耐力と、ちょっとの事で揺さぶられない精神力。慈愛に満ちた心根、理想的な星獣の姫に娘を育てたいのだ。妹自身が、星獣の力に振り回されることの無いようにと。






 壁の向こうでは父と母の会話が続いていた。

『……私達 親が、愛おしい娘を諌め導かなくてわね…』
『難しいことかもしれないけれど、愛しい娘の為なら頑張れるさ』

『そうね……私達の元には可愛いヒューイに、これから生まれてくれる可愛い妹姫…』
『不幸にはさせない……させるものか』

『できるなら、私達の様に幸せに…』
『そうだ カーラ様の二の舞にはさせはしないっ』

 その後声は聞こえなくなり、ぼくは自分のベッドにもぐりこんだんだ。一緒に話を聞いていたレオはぼくが眠るまで頭を撫でてくれている。
 余分な事は何も言ってくれないしし座のレオがいた。

 ――おかあさま、かなしそう?
 ――おとうさまのこえ、こわかった…
 ――ぼくのいもうとは、うまれちゃだめなの?
 ――ちがう
 ――だってぼくは、いもうとにこんなにあいたいっ

 まだ小さかった手で、拳を作ったまま幼いヒューバートは眠りについた。それから妹が産まれるまで毎日、母の腹を撫でて伝えてあげた。

『ねぇぼくのかわいい妹よ 早く出ておいで 兄様がいっぱい遊んであげるからね』
『可愛い可愛い妹よ 父上や母上だけじゃないよ ぼくだって守ってあげるから』
『安心して産まれておいで、妹よ』

 いよいよ妹が産まれる日が近づいてきたある日。腹を撫でる事に熱心な息子に母はある提案をした。

「ねぇヒューイ、貴方にお願いがあるの」
「なぁに? かーたま」
「ふふっ この子にね…貴方の妹に、名前を付けてくれないかしら?」
「……」

 最近は母の機嫌が良くなっていた。その頃には、妹を守る算段をつけたのかもしれない。ヒューバートは母の言葉に驚いて、たっぷりの時間口を開けたままの間抜けな姿をさらしてしまった。

「ヒューイ?」
「ぼくで、いいのっ?」

 食ってでもかかりそうな勢いの息子に、母は優しく微笑んだ。

「だって、ヒューイが1番この子の事が大好きみたいだからっ」
「やりますっ!!」

「ふふっ 楽しみにしているわねっ」

 優しい母の微笑を受けて、ヒューバートは母の腹を撫でていた手を引っ込め、真っ直ぐに書庫に向かった。子供背丈を優に超える巨大な本棚の間をぬって、目当ての本を探す。いろんな物語のお姫様を手当たり次第に参考にできないかと目を走らせた。

 たった3歳の子に、難しい字は読めない。物語からたまたま見つけた可愛い響きの名前の意味を、興味深げに寄ってきた星獣に尋ねる。

 そして、見付けたのだ。ある物語の中の綺麗な月の女神さまの名前が『セリーナ』だった。星獣が読んでくれた物語の中、温和で平等で平和を愛するやさしい女神『セリーナ』さま。











『セリーナ』

 母のふくらみ切った腹に手をあて呼んでみた。

『きみの名前をかんがえたんだ どおかな? きにいったかな』

 その日、産気づいた母が可愛い女の子を産みおとした。セリーナが産まれた瞬間、屋敷にいた星獣達が、涙を流して喜んでいた。ぼくも一緒に泣いてしまった。だって、やっと愛おしい妹に会えるのだから。

「セリーナ、にーにだよ」

「にーには、ずっとセリーナを守ってあげるからね」

 強くなりたい、父が母を守る様に誰かを守りたいと願っていた幼い自分。ぼくの守るべき存在は、きっと妹なのだろう。本能で感じていた。妹はぼくが守る。頭の固い両親が愛情を表に出せない分、ぼくが愛情を持って妹を守り続けるのだと。


 兄になるのだと聞かされた日。その夜は雲一つなく星々がいつもよりずっと輝いて見えた。その常に増して星を近くに難じる夜、夢を見た。

 星色に輝く母によく似た少女が、ぼくに向かって微笑むのだ。その小さな口は何かをかたどっていた。

 生まれた妹を見てすぐに解った。夢に見た少女はぼくの妹で、その小さな口は『に・い・さ・ま』と呼んでくれていたと。

 ――ぼくは誓った
 ――どんなことをしてもぼくは、妹を守ると
 ――大切な大切な妹を…託せる誰かに出会うまで…


 それからしばらくして可愛い妹はすくすくと育つ。厳しくも愛されながら。だがある日、出産から無理がたたっていた母が表向き療養の為、実はスペンサー領に閉じ篭っている母が子を産んだのではないかと疑う声が上がっており、それを調べる為の間者が領地に頻繁に表れていた。直ぐに星獣達により追い帰されていたが、情報が洩れる心配がでてきていた。

 当時母がいる為、スペンサー男爵邸に星獣が姿を見せることはよしとされていた。母が張る結界に星獣の存在を認識し辛くするものも含まれていた為、問題になることもなかったのだ。だが、母がこの地を離れることにより星獣は姿を現せなくなる。

 愛しい母と、可愛がってくれる星獣。共に離される日々を送ることになる幼い妹を、ぼくが放って置く訳がなかった。かわいがるだろう? 妹を可愛がる。可愛がりたいのにできない人の分もぼくが可愛がるのは当たり前の事だ。ただ、甘やかすのはダメだ。妹には我慢する事も努力する事も、教えてきた。我慢する事など、母と離される事でも十分に育っているのだが――。

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お兄ちゃん、なかなか変態臭します・・・
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