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閑話②
閑話 ――ぼくの妹①――
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「なんと今日は、ヒューイに重大なお知らせがありますっ!!」
腹の前で手を組んだ母が至極楽しそうにそう告げたのは、ぼくが僅か3歳の頃だった。嬉しそうに腹を撫でる母の幸せそうな笑みに、自分の頬も相当弛んだであろう。はっきりと覚えている訳ではないが、ずっと母の笑顔が好きなことに変わりはないのだからそうであろうと思う。
2歳過ぎにはおしゃべりをしていたぼくは、忙しくてあまりいない父の事など割とどうでもよくて、若く美しい母が大好きなちょっとおしゃべり上手なごく普通の幼子だったはずだ。星獣に囲まれにこやかに過ごすお姫様の様な母は、少女のように可愛らしい人だと思っていた。その母から告げられた幸せな出来事。
「ヒューイ、貴方お兄様になるのよっ」
促されるまま、そっと母のまだ膨らんでいない腹に手を寄せた。そんな訳ないんだろうけれど、触れた先の母の腹の中が脈打っている様な気がして酷く感動したのを覚えている。
港がある街で生まれたぼくは母に慈しまれ、星獣に慈しまれ、忙しくガーランド領地を飛び回る父に躾けられ、すくすくと育っていた。そんなぼくが常に思っていた事は、強くなりたいという事だった。
大好きな母が信頼を寄せる父。信頼を寄せてくる母を父が守っているように、ぼくも誰かを守りたいと言う想いがあった。たった3歳の幼子にしては随分生意気な思いだったと今なら思う。
だが、幼さの中にもわからない訳が無かった。母自身が魔力を注ぐ厳重に張られた結界。街の人には悟られない様に母と自分を守る為に屋敷に仕える使用人たちと、星獣達。
狙われているのがガーランドの血で在ることは、もう少し大きくなってから知ることになるのだが、星獣や使用人たちが守っているのは紛れもなく母とぼくであることを感じていた。
だからこそ、守られるだけでなく守れる人になりたかったのだと思う。
日に日に母のお腹は大きくなり、手で触れればそこはぐにゃぐにゃ動き、耳を寄せればゴーゥゴーウとうごめく音が聞こえる。それがなんだかうれしくてたまらなかった。ただただ自分に仲間が出来るような感覚だったように思う。
ぼくは母の腹に手をあて、呼びかけてみた。
「こんにちは にーにだよ」
すると母の腹に振れている手に、暖かい魔力が返ってきたのだ。
「きみは……へぇそうなんだっ たくさんいっしょにあそうぼうね」
同じように暖かい魔力が帰ってくる。その様子に、母はただただ微笑んでいた。母の腹を撫でると暖かい魔力が返ってくる。嬉しくなってぼくはたくさん撫でて、沢山話しかけた。
「ヒューィは、お腹の赤ちゃんとお話しできるのね」
ニコニコと微笑む母に、幼い僕も微笑んで返した。
「かーたま、このこはいもうとです」
「え……わかるの?」
ニコニコと微笑んでいた母の顔が、一瞬だがこわばった事が気になった。いけない事なのかと少し怖くなった。
――おんなのこはダメなの?
暖かい優しい母がお腹の子の性別が女というだけで、恐がる必要はどこにもないはずだた。どんな子でもいいと、元気な子ならうれしいと、そう微笑んで話してくれていたはずだった。だから嫌な訳ないと頭を振り、笑顔で母に答えたのだ。ハッキリと。
「うん いもうとがおしえてくれたのです」
「……そう…なのね」
その日の夜。ぼくの寝室の隣、家族の居間から母のすすり泣く声が聞こえてきた。何故母が泣くのかわからないが、心配で母の元へ駆けつけようとして、しし座の星獣レオに止められた。
父がいるから大丈夫だとベッドに入れられたが、どうにも気になって、母達のいる部屋の壁に耳をくっつけたのだ。
『女の子だと、ヒューイが…』
『まだ決まったわけではないだろう?』
『いいえ……認めたくなかっただけで、この子は……私達の娘…ガーランドの姫…いえ星獣の姫なのよ…』
『何故そう思う?』
『この子が腹に宿った頃、星が騒いだのよ…とても』
『ヒューイの時だって、星獣達は喜んでくれた……そうだったろう?』
『ええ……でも、違うの……気が付かないふりをしてきたけれど、星が…星獣達がヒューイの時とは違う……己の主が現れる兆しに、彼等は喜びに溢れていたのよ…』
『……大丈夫 私達で守ろうソフィ―』
『ええそうね バーニィ』
『星獣達だって守ってくれるよ…』
『…星獣の姫の喜びは、星獣達の喜びでもあり…星獣の姫の悲しみは、星獣達の悲しみ そして、星獣の姫の怒りは、星獣達の怒り』
『ああ』
『育て方を間違えば、それは星獣達を惑わせ暴走させる…私達は娘を厳しく理性のある子に育てなければならないわね……可愛い我が子を、甘やかしてはいけないのね…』
『子は甘やかすだけではダメになってしまう……それは、星獣の姫に限ったことではないだろう』
壁の向こうの両親の声がいったん止まった。ぼくの傍らに佇むレオは、顎に手をあて考え込む様に眉間に皺をよせ難しい顔をしている。
――星獣の姫とは何だろう?
その時は、それが一番気になった。
――ぼくの妹は、星獣達のお姫様なの?
――ぼくたち家族に生まれる女の子だもの…お姫様で間違いないかな?
何をそんなに難しく考える必要があるのか、ぼくには全く分からなかった。ただぼくの両親は、話し合っている間も母の膨らんだ腹を撫でているだろうことは容易に想像できた。だって、ぼくの両親はぼくを慈しみ大切に育ててくれている。ぼくは彼等の息子として、愛を受けて育てられているのを身をもって知っているのだから。
腹の前で手を組んだ母が至極楽しそうにそう告げたのは、ぼくが僅か3歳の頃だった。嬉しそうに腹を撫でる母の幸せそうな笑みに、自分の頬も相当弛んだであろう。はっきりと覚えている訳ではないが、ずっと母の笑顔が好きなことに変わりはないのだからそうであろうと思う。
2歳過ぎにはおしゃべりをしていたぼくは、忙しくてあまりいない父の事など割とどうでもよくて、若く美しい母が大好きなちょっとおしゃべり上手なごく普通の幼子だったはずだ。星獣に囲まれにこやかに過ごすお姫様の様な母は、少女のように可愛らしい人だと思っていた。その母から告げられた幸せな出来事。
「ヒューイ、貴方お兄様になるのよっ」
促されるまま、そっと母のまだ膨らんでいない腹に手を寄せた。そんな訳ないんだろうけれど、触れた先の母の腹の中が脈打っている様な気がして酷く感動したのを覚えている。
港がある街で生まれたぼくは母に慈しまれ、星獣に慈しまれ、忙しくガーランド領地を飛び回る父に躾けられ、すくすくと育っていた。そんなぼくが常に思っていた事は、強くなりたいという事だった。
大好きな母が信頼を寄せる父。信頼を寄せてくる母を父が守っているように、ぼくも誰かを守りたいと言う想いがあった。たった3歳の幼子にしては随分生意気な思いだったと今なら思う。
だが、幼さの中にもわからない訳が無かった。母自身が魔力を注ぐ厳重に張られた結界。街の人には悟られない様に母と自分を守る為に屋敷に仕える使用人たちと、星獣達。
狙われているのがガーランドの血で在ることは、もう少し大きくなってから知ることになるのだが、星獣や使用人たちが守っているのは紛れもなく母とぼくであることを感じていた。
だからこそ、守られるだけでなく守れる人になりたかったのだと思う。
日に日に母のお腹は大きくなり、手で触れればそこはぐにゃぐにゃ動き、耳を寄せればゴーゥゴーウとうごめく音が聞こえる。それがなんだかうれしくてたまらなかった。ただただ自分に仲間が出来るような感覚だったように思う。
ぼくは母の腹に手をあて、呼びかけてみた。
「こんにちは にーにだよ」
すると母の腹に振れている手に、暖かい魔力が返ってきたのだ。
「きみは……へぇそうなんだっ たくさんいっしょにあそうぼうね」
同じように暖かい魔力が帰ってくる。その様子に、母はただただ微笑んでいた。母の腹を撫でると暖かい魔力が返ってくる。嬉しくなってぼくはたくさん撫でて、沢山話しかけた。
「ヒューィは、お腹の赤ちゃんとお話しできるのね」
ニコニコと微笑む母に、幼い僕も微笑んで返した。
「かーたま、このこはいもうとです」
「え……わかるの?」
ニコニコと微笑んでいた母の顔が、一瞬だがこわばった事が気になった。いけない事なのかと少し怖くなった。
――おんなのこはダメなの?
暖かい優しい母がお腹の子の性別が女というだけで、恐がる必要はどこにもないはずだた。どんな子でもいいと、元気な子ならうれしいと、そう微笑んで話してくれていたはずだった。だから嫌な訳ないと頭を振り、笑顔で母に答えたのだ。ハッキリと。
「うん いもうとがおしえてくれたのです」
「……そう…なのね」
その日の夜。ぼくの寝室の隣、家族の居間から母のすすり泣く声が聞こえてきた。何故母が泣くのかわからないが、心配で母の元へ駆けつけようとして、しし座の星獣レオに止められた。
父がいるから大丈夫だとベッドに入れられたが、どうにも気になって、母達のいる部屋の壁に耳をくっつけたのだ。
『女の子だと、ヒューイが…』
『まだ決まったわけではないだろう?』
『いいえ……認めたくなかっただけで、この子は……私達の娘…ガーランドの姫…いえ星獣の姫なのよ…』
『何故そう思う?』
『この子が腹に宿った頃、星が騒いだのよ…とても』
『ヒューイの時だって、星獣達は喜んでくれた……そうだったろう?』
『ええ……でも、違うの……気が付かないふりをしてきたけれど、星が…星獣達がヒューイの時とは違う……己の主が現れる兆しに、彼等は喜びに溢れていたのよ…』
『……大丈夫 私達で守ろうソフィ―』
『ええそうね バーニィ』
『星獣達だって守ってくれるよ…』
『…星獣の姫の喜びは、星獣達の喜びでもあり…星獣の姫の悲しみは、星獣達の悲しみ そして、星獣の姫の怒りは、星獣達の怒り』
『ああ』
『育て方を間違えば、それは星獣達を惑わせ暴走させる…私達は娘を厳しく理性のある子に育てなければならないわね……可愛い我が子を、甘やかしてはいけないのね…』
『子は甘やかすだけではダメになってしまう……それは、星獣の姫に限ったことではないだろう』
壁の向こうの両親の声がいったん止まった。ぼくの傍らに佇むレオは、顎に手をあて考え込む様に眉間に皺をよせ難しい顔をしている。
――星獣の姫とは何だろう?
その時は、それが一番気になった。
――ぼくの妹は、星獣達のお姫様なの?
――ぼくたち家族に生まれる女の子だもの…お姫様で間違いないかな?
何をそんなに難しく考える必要があるのか、ぼくには全く分からなかった。ただぼくの両親は、話し合っている間も母の膨らんだ腹を撫でているだろうことは容易に想像できた。だって、ぼくの両親はぼくを慈しみ大切に育ててくれている。ぼくは彼等の息子として、愛を受けて育てられているのを身をもって知っているのだから。
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