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序章

7、騎士の小父様

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 大きく紋章が描かれた白い魔導列車はたった1両のモノで、ルードヴィヒとラジットが乗ってきた。魔導騎士団の特別製らしい。
その列車の一室を人払いし、3人は正方形の机を囲み席に着いた。
 羽を生やした小さな乙女スピカは物珍しそうにパタパタと飛び回り列車のあちらこちらを覗いている。スピカの何時もとからわない様子に落ち着きを取り戻したセリーナは、深呼吸をし右側に座るルードヴィヒと視線を合わせ頷くと、正面に座るラジットに視線を向けた。

 ――よくわかんないけど、ちゃんと話さなければいけないのね…

 改まって真摯な目をラジットに向けるセリーナ。その視線を受け、ラジットは目を細め「大きくなったね」と笑った。柔らかいその笑みに、胸の奥がザワリと騒いだ。

「え?」
「……こうすればわかるかな?」

 徐にマントを脱ぎ、茶色い髪を手から出した水で後ろへと撫でつけ、風魔法で顎に蓄えている髭をすっきりと剃った。額に露わになる古いやけどの痕。セリーナは息をのんだ。柔らかく微笑む姿に思い当たる人物が頭を掠める。ふわりと胸が軽くなった。

「……騎士の、小父様……?」
「久しぶりだね 小さなお姫様?」

 ぬっと延びてきた手がセリーナの頭をなで、そこにどこからか取り出した赤い小さな花を挿した。

「っ!! 小父様っ御久し振りです」

 ニッコリと優しく笑うラジットは、パチンと指を鳴らして髪を乾かし、マントを再び羽織ってしまった。髭を剃ったばかりの顎を撫で、微笑んだままだ。その傍らで、小刻みに肩を揺らす朱色頭。

「クっ って ククッ」

 セリーナの小父様呼びがツボに刺さったようで、ルードヴィヒは腹を抱えて笑いだした。やっと解ってくれたかと、ラジットの肩からは力が抜けたようだ。

「…すこしは、信用してもらえるかな?」

 ラジット・ニコラウス。
 過去に1度だけ会っていた。クラーワ王国の騎士として数年前荷物に隠れてセリーナの元へ来てしまったルードヴィヒを迎えにきた魔導騎士がラジットだった。当時紹介された時は黒い騎士服を身に纏い、今してくれた様に髭は綺麗に剃っていて髪を後ろに撫でつけていたのだ。後からセリーナの父バーナードとルードヴィヒの父リーベルタスの魔法の師匠とも呼べる人だとも聞いていた。

 ――ルーが無断で出てきたことは怒ったけど……、
 ――あたしのところへ来てくれた事を、大人で唯一褒めてくれたんだよね

 いつまで笑っているんだとルードヴィヒの朱色頭を叩いたラジットは、ではとセリーナに話を促した。

 ――直接あたしを知ってるし、お父様の魔法のお師匠様だもんね…
 ――今さら何を隠しようもないしなあ…
 ――何より、あたしはこの人好きだっ

 列車は王都へと動き出した。魔導騎士団専用の列車の一室で、セリーナは事のあらましをルードヴィヒとラジットに説明することにした。
 家を出る事になった経緯を思い浮かべ、小さく息を吐く。政略結婚が嫌だなど、階級社会に生まれたのに何を言っているのかと諌められるかとも思ったが、ラジットは難しい顔をしたまま黙って聞いてくれた。ガーランド侯爵家と王族の婚姻の話には、溜息と共に頭を抱えていた。

 ――騎士のおじ様……、ラジットさんも想うところがあるのかな…?
 ――ていうか、あたしはお父様がすべて話してくれたとは思っていないのよね 
 
 ――ガーランド侯爵家と、王族に何かがあったんだろうな…

 傍らでルードヴィヒが真朱色の目を細め、たまに眉を動かしながら聞いていたが、すぐに飽きたようでスピカを突いて遊びだしている。呆れた目をルードヴィヒにむけるセリーナ。

 ――はぁ……ここだけ平和なんですけど…フフッ
 ――ほんと、ルーは変わらないなぁ

 ――ついつい、ホッとしちゃうじゃんかっ
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