捻れて歪んで最後には

三浦イツキ

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契約の夜

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 意を決して差し出されたままの手のひらを人差し指でなぞる。様子を伺うが一切動くことはなく表情もあまり変わらず、目が合うと眉が下がった。一週間前には想像もできなかった顔。

 アレクシアさんの評価を信じそうになってしまいそうになった思考を無理やり引き戻した。忘れてはいけない。私が望んでこの場にいるわけではないこと。

 指先をつまむ。指の腹まで厚い皮で覆われ、かさついていて私のものよりずっと硬く太い指は角張った形をしていた。

 綺麗に切り揃えられていてもまだ大きな四角い爪。手の甲には筋が浮いていて、その上を這う血管が影を作っている。自分とはまるで違うそれが少し面白く思えて、だんだんと触り方は大胆になっていった。

 血管を辿るように親指を滑らせたり、太い骨の上まで指を沈ませてみたり。二回り三回り、それ以上もある手は私を抑えこむには十分だろうが、今は一切動かないそれに確かな体温と呼べるものがあることを知って安心感を得られたのは事実だ。

 唯一、どこにも指輪がはめられていないことだけが不満だった。私はちゃんとつけているのに。

 手のひらまでもが硬い、伯爵よりも騎士と呼ぶ方がふさわしい手。この手が剣を握って、いつ終わるともしれない戦いに身を投じていたのを私は知っている。

「…………貴方は魔術にも造詣が深いように見えますが、それでも剣を振るうのですか」

 今まで触れた誰の手よりも力強い。長年剣を握り続けているのだろう。まさか攻撃するための魔術が使えないわけでもないだろうに。

「剣の方が性に合う。それに、魔術だけに頼って戦場で魔力切れを起こしては困るからな」

 黒く染められたシャツの袖を捲ってみると、締まった手首から緩やかに広がる腕は筋肉で飾られている。

 今日まで顔と首、そして手首の僅かな隙間ほどしか彼の肌を見たことはなかったが、見れば見るほどその体は人間に近かった。全身の大きさだけが別の生き物みたいだ。

 肉体にはあまりドラゴンの性質を受け継いでいる部分がないのかと思いかけて、感触だけで形を把握した長い舌が記憶に蘇る。もしかしたら外見だけ人間に歩み寄っただけで、隠れた部分はあまり変わらないのかもしれない。心も、きっとそうなのだろう。

「自分の魔力を他人に分け与えるなんて聞いたこともありませんでしたが……その技術を普及させることはできないのですか?」
「残念ながら他人の魔力はそう簡単に受け入れられるものじゃない。相性が悪ければ死ぬこともある。貴方と私の相性が良いのは幸運だった」

 緊張を隠しながら言葉をかけると真摯に返ってくるのがどこか快い。会話の内容は夫婦がベッドの上でするものとは違っているのだろうが、だからこそ彼の言葉に集中できる。
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