捻れて歪んで最後には

三浦イツキ

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契約の夜

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「……失礼いたします」

 気を抜けば聞き漏らしてしまいそうなほど小さな声しか出なかったことに自分で驚いた。

 覚悟は決めたつもりだったが完全に吹っ切れることはできず、小刻みに震えている手を隠して、踏み込めば戻れないと肌に訴える部屋の戸をくぐる。

 昨日の昼過ぎに目が覚めてから、ほとんどアレクシアさんが私から離れることはなかった。監視というよりは目が離せない小さな子どもを見守る母のように傍らにいて、少しでも安心させようとしてくれたのかエリック様のことをたくさん話してくれた。

 一週間にほんの数時間しか眠らないこと、噂通りドラゴンの血を引いていること、読書を嗜むこと、私の結婚指輪は彼自ら選んだこと、たまに中庭を歩いては草木を眺めるのが好きなこと、私の頭二個分ともう少し高い身長は街中でも見失わないこと……。

 些細なことからそうでないことまでいろいろなことを知ったが、多少人となりを知ったところで好きになれるかといえばそうはいかず。むしろ人間を超越した存在である事実は不安を煽るだけだった。

 結局彼に対する恐怖心は抱いたままで、それをわかっているのであろう彼女に優しく抱きしめられてから彼の部屋を尋ねることとなった。もはや自分の意思と呼べるものはなく、ほとんどが諦めと、残りは彼女の顔を立てるために来たようなものだった。

「こちらへ。何か飲み物でも用意しようか」
「……お気遣いなく」

 シャンデリアの灯りは落とされ、数箇所に置かれたランプのみとなった部屋の中は薄暗い。二日前に感じた雰囲気とはまた違ったように見えて、どう気を抜こうとしても体は強ばってしまう。痛くても苦しくてもいいから早く終わってほしいと願うほどに。

 ソファへ促す彼の体をすり抜けてベッドの縁へ腰かけた。彼はその様子を見つめた後に、何も言わず一歩一歩、悠然と歩み寄ってくる。手負いの獣を追い詰める狩人の様相だ。一瞬でも目を逸らせば負け。

 大きく脈打つ心臓に頭が奪われないよう、いつも以上に影が深く落ちたその顔を睨み続けた。

「……そのマントは、私が脱がせても良いのか?」

 こちらを見下ろす瞳は微かに光を反射して不気味に光っている。その視線は、体をすっぽりと覆い隠すマントの下を見透かしているのではと疑ってしまうくらい私に絡みついていた。いっそ脱ぎ去ってしまいたいと思いつつ、当たらないよう気をつけながら力強く足を蹴り上げる。

「先に靴、です。ベッドが汚れますから」

 まさかそんなことをするとは思っていなかったのか、珍しく少しだけ目を丸くしてから小さく喉の奥で笑った。普通ならば不敬だと罰せられそうなものだが、妻という立場にこだわる彼にとっては許してしまえる範囲内なのかもしれない。

 腹の辺りへ乱暴に突き出された私の足首を優しく支えて丁寧に靴を抜き取り、いかにもな様子で甲に唇を落とす。一対の靴はベッドの下へ消え、役目は終えたとばかりに軽くヒールが床を叩く音がした。
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