捻れて歪んで最後には

三浦イツキ

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私の愛する勇者様

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「……旦那様は、あまり恐ろしい御方ではありませんよ」

 私を宥めるようにそう言いながら、かき混ぜていたカップが差し出された。先程と同じ液体で満たされている。

「アレクシアさんにとってはそうなのかもしれませんが……」

 ドレスの裾を握りしめた。彼女にとっては良い主人だとしても、私にとっては攫うのも同然にこの城へ連れてきた男だ。

 未来を奪い、二日後にはこの体を蹂躙する男。恐ろしくないわけがない。例え殴られ蹴られても、私には身を守ることも助けを呼ぶことすらできないだろう。

「彼がクロエ様と身を繋げたいと言うのはですね、それによってクロエ様の危機を感じ取れるようになるからです。何かあれば今日のように駆けつけるおつもりなのですよ」
「……守っていただかなくても私は、」
「ご自分がどのような立場にあるかおわかりですか?」

 私の言葉を遮るように強く言葉を発した彼女のしっかりとこちら見据える鋭い目は、頑固な子どもを窘めるような厳しさを持っていた。

 どこかでわかっていて、それでも認めたくなかった事実を突きつけられるという嫌な予感。耳を塞ぎたくなる。

「奇跡にも等しい魔法を成功させた聖女。狙われないわけがありません。旦那様より先に人攫いに見つからなかったことは幸運でしたよ。もっとご自分を大切にお守りなさい」

 目の色が、重い声が、張り詰めた空気が、彼女の言葉は嘘ではないと語っている。

 事実、平和が戻ってから貴族からの求婚の手紙が何通も届いてはいた。お断りの返事を書いていた手が痛くなるほど。

「確かに旦那様の手段は強引でしたが、彼がやっていなければいずれ他の貴族が同じことをしていました。先に勇者様と婚姻を結ぼうとも、力づくで攫われてしまえば魔術に疎い勇者様には居場所を知ることも難しかったでしょう」

 何も言えなかった。

 神父様にも忠告されたことはあった。勇者様と出かけるのは良いが気をつけなさいと。一時も彼から離れたりはしないようにと。そういう危険があるのだと知ってはいたし、今日の私の魔力不足だって確かに勇者様には対処のしようがなかった。

「本当に貴方様を愛しているから、強引にでも守りたいとお思いなのです。今は理解できなくとも構いません。一緒にお過ごしになれば、きっと自ずと愛の深い御方だとわかります」

 彼女が言うことは嘘ではないのだろう。ただ私にはまだ受け入れることができないというだけで。

 聖女だなんて肩書きを貼りつけられた時点で自分が普通でなくなってしまったことはわかっていたのだけれど、それでも、自分で自分の身も守りきれないような存在になんてなりたくなかった。普通の修道女でいられれば良かったのに。
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