捻れて歪んで最後には

三浦イツキ

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私の愛する勇者様

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 諦念で立ち上がることも忘れているとまた長い腕に抱き上げられた。

 もはや抵抗する気力もなく身を任せているうちに私の部屋へ運ばれ、既に中で待っていたアレクシアさんに引き渡すようにソファへ降ろされる。

「良い夢を」

 その一言を残して彼は部屋から出ていった。その姿を目で追う気にもなれない。

「おかえりなさいませ、クロエ様」
「……アレクシアさん」

 彼女には悪いことをした。毎朝毎朝選んでくれるドレスを汚して、彼女が解雇されたって仕方がないような理由を作ってしまった。

 今この場にいるということはそうはならなかったらしいが、それでも罪悪感は拭えない。彼女には何もされていないどころか、誰よりも私を気遣ってくれていたのに。

「ご無事で何よりでございます。……本当に……」

 私の前に屈んだ彼女に手を取られ、真っ直ぐに瞳を見つめられる。慈愛に満ちたその色、ひそめた眉。

 伝わってくる体温にどうしようもなく涙が溢れてきた。誰かに縋りたい気持ちでいっぱいだった。

 私の胸を見透かしたように腕を広げる彼女に抱きついた。子どものように泣きながら誰かに抱きしめられるなんて何年ぶりだろう。

 初めてこの城に来てからずっと心細さと先の見えない不安が重くのしかかっていてもう限界だ。何も知らない男に娶られて、好きに外へ出ることもできなくて、死ぬような思いもして。

 伯爵夫人なんて立場、望んだこともない。あの教会の人々に恩を返すこと、愛する人と二人だけでちっぽけな幸せを共有するような人生を送ることだけを夢見ていたのに。こんな城も、豪奢な指輪もドレスも、何もいらなかったのに。

 どれほど泣いていただろうか。優しく背中をさすり続けてくれたアレクシアさんから離れて顔を拭われ、ずり落ちたソファに座り直させられたころには頭ががんがんと痛むほどだった。どこかすっきりしたようなしてないような妙な気持ちがある。

「こちらをどうぞ。甘くて美味しいですよ」

 温かいカップの中身は深いブラウンの液体に満たされている。一度も見たことのないものだが、躊躇いつつ口に含んでみると優しい甘さが広がって体を温めてくれた。微かにミルクの味も感じる。

 夢中になってあっという間に飲み干してしまった私を見て、彼女は安心したように笑みを零した。

「お気に召したようで何よりです。チョコレートというもので、旦那様もお気に入りなのですよ」
「……あの人が……?」
「あのように険しい顔をしていらっしゃいますが、甘味がお好きで。果物もよく所望されますね」

 チョコレート。名前は聞いたことがあったが口にするのは初めてだ。そもそも教会では甘味といったら蜂蜜を入れたミルクや果物くらいで、そんなに高価なものに触れる機会などなかった。

 確かに伯爵ともなればお気に入りになるほど何度も仕入れることもできるだろうが、あの男がこんなに甘いものを好んでいるという情報はどうしてもあの冷酷な表情と繋がらない。
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