捻れて歪んで最後には

三浦イツキ

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私の愛する勇者様

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 ――目を開けると見覚えのない景色が広がっている。

 誰かの寝室であろう室内は黒を基調とした品の良い家具が揃えられ、清潔な空気とどこか渋さのある甘い香りが満ちていた。

 窓の外に見える景色やなんとなくの雰囲気から城の中だろうとは思うが、瞬間的に移動できるという魔法だろうか。まさかこの人も魔法を使えるなんて考えもしなかった。しかもこんなに容易く、何でもないことのように。

 目を瞬かせていると体をベッドに降ろされ、おそらくここは彼の寝室なのだろうと思い当たる。

 魔物の巣に放り込まれたような緊張感に全身を警戒させて彼の一挙手一投足を見逃さないように気を張った。このまま行為に持ち込まれたりしては堪らない。

「靴を置いてきたな……。どうせ合わなかったようだから良いか」

 縁に座った私の素足を革手袋に覆われた指が這った。皮が剥けて赤くなった足首や指を伝い、赤黒い爪を撫でる。やけに紳士じみたその触り方がくすぐったい。

「どうやら相当の散歩好きな妻らしいからな。次に贈る靴は慎重に選ぼう」
「放してください」
「……放してやれば貴方は死ぬが、良いのか?」

 言っている意味がよくわからずに彼を睨み続けていると足から手が離れる。

 すぐにまた胸が締めつけられて、一瞬にして呼吸の仕方がわからなくなってしまった。痛い。苦しい。全身から嫌な冷や汗が噴き出して耐えきれずにシーツを握りしめる。力は上手く入らず、じわじわと頭に熱が集まる感覚がした。

「な、んで……!」

 その様子を見ていた彼が先程のように足首を掴むとそれらの苦痛が楽になっていく。なるほど、知らないうちに彼が私の命綱になってしまったらしい。きっと礼拝堂のときも彼が来ていなければあのまま死んでいたのだろう。

「魔法がまだ解けていない上、酷い魔力不足だ。私が魔力を分け与えていないとあっという間に体を食い尽くされる」
「そんな……!」

 解き方なんて、あのときにやったものの他に知らない。まさか、これから一生彼と触れ合っていなければいけないとでも言うのだろうか。そんなの現実的じゃない。

 彼は死の恐怖に怯える私の後頭部を引き寄せ、鼻先が触れそうな距離で目を覗きこむ。針のようだった瞳孔がほんの少し広がっていて、まるでその先に人には理解できぬ何かが潜んでいるんじゃないかと思わせるほどの奇妙な雰囲気を纏っていた。

「私はそれを解いてやれる。私なら貴方を助けてやれる。今は言葉だけで良い。私の妻でいることを誓え」

 卑怯だ。拒めるわけがない。

 いっそ純潔を守って気高く死を選べる聖女らしい聖女であれれば良かったのに、どうしてもまだ生きていたかった。死ぬかもしれないと思いながらやり遂げた計画が無に帰したばかりだというのに確実な死を選べるほど、私は高貴さも強さも持ち合わせていない。

 きっともう私が戻れる場所もないのだろう。勇者様だって、目の前で他の男に唇を奪われる女など愛想を尽かしたに違いない。彼が私を救ってくれることはきっと、二度とない。
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