12 / 33
私の愛する勇者様
六
しおりを挟む
――目を開けると見覚えのない景色が広がっている。
誰かの寝室であろう室内は黒を基調とした品の良い家具が揃えられ、清潔な空気とどこか渋さのある甘い香りが満ちていた。
窓の外に見える景色やなんとなくの雰囲気から城の中だろうとは思うが、瞬間的に移動できるという魔法だろうか。まさかこの人も魔法を使えるなんて考えもしなかった。しかもこんなに容易く、何でもないことのように。
目を瞬かせていると体をベッドに降ろされ、おそらくここは彼の寝室なのだろうと思い当たる。
魔物の巣に放り込まれたような緊張感に全身を警戒させて彼の一挙手一投足を見逃さないように気を張った。このまま行為に持ち込まれたりしては堪らない。
「靴を置いてきたな……。どうせ合わなかったようだから良いか」
縁に座った私の素足を革手袋に覆われた指が這った。皮が剥けて赤くなった足首や指を伝い、赤黒い爪を撫でる。やけに紳士じみたその触り方がくすぐったい。
「どうやら相当の散歩好きな妻らしいからな。次に贈る靴は慎重に選ぼう」
「放してください」
「……放してやれば貴方は死ぬが、良いのか?」
言っている意味がよくわからずに彼を睨み続けていると足から手が離れる。
すぐにまた胸が締めつけられて、一瞬にして呼吸の仕方がわからなくなってしまった。痛い。苦しい。全身から嫌な冷や汗が噴き出して耐えきれずにシーツを握りしめる。力は上手く入らず、じわじわと頭に熱が集まる感覚がした。
「な、んで……!」
その様子を見ていた彼が先程のように足首を掴むとそれらの苦痛が楽になっていく。なるほど、知らないうちに彼が私の命綱になってしまったらしい。きっと礼拝堂のときも彼が来ていなければあのまま死んでいたのだろう。
「魔法がまだ解けていない上、酷い魔力不足だ。私が魔力を分け与えていないとあっという間に体を食い尽くされる」
「そんな……!」
解き方なんて、あのときにやったものの他に知らない。まさか、これから一生彼と触れ合っていなければいけないとでも言うのだろうか。そんなの現実的じゃない。
彼は死の恐怖に怯える私の後頭部を引き寄せ、鼻先が触れそうな距離で目を覗きこむ。針のようだった瞳孔がほんの少し広がっていて、まるでその先に人には理解できぬ何かが潜んでいるんじゃないかと思わせるほどの奇妙な雰囲気を纏っていた。
「私はそれを解いてやれる。私なら貴方を助けてやれる。今は言葉だけで良い。私の妻でいることを誓え」
卑怯だ。拒めるわけがない。
いっそ純潔を守って気高く死を選べる聖女らしい聖女であれれば良かったのに、どうしてもまだ生きていたかった。死ぬかもしれないと思いながらやり遂げた計画が無に帰したばかりだというのに確実な死を選べるほど、私は高貴さも強さも持ち合わせていない。
きっともう私が戻れる場所もないのだろう。勇者様だって、目の前で他の男に唇を奪われる女など愛想を尽かしたに違いない。彼が私を救ってくれることはきっと、二度とない。
誰かの寝室であろう室内は黒を基調とした品の良い家具が揃えられ、清潔な空気とどこか渋さのある甘い香りが満ちていた。
窓の外に見える景色やなんとなくの雰囲気から城の中だろうとは思うが、瞬間的に移動できるという魔法だろうか。まさかこの人も魔法を使えるなんて考えもしなかった。しかもこんなに容易く、何でもないことのように。
目を瞬かせていると体をベッドに降ろされ、おそらくここは彼の寝室なのだろうと思い当たる。
魔物の巣に放り込まれたような緊張感に全身を警戒させて彼の一挙手一投足を見逃さないように気を張った。このまま行為に持ち込まれたりしては堪らない。
「靴を置いてきたな……。どうせ合わなかったようだから良いか」
縁に座った私の素足を革手袋に覆われた指が這った。皮が剥けて赤くなった足首や指を伝い、赤黒い爪を撫でる。やけに紳士じみたその触り方がくすぐったい。
「どうやら相当の散歩好きな妻らしいからな。次に贈る靴は慎重に選ぼう」
「放してください」
「……放してやれば貴方は死ぬが、良いのか?」
言っている意味がよくわからずに彼を睨み続けていると足から手が離れる。
すぐにまた胸が締めつけられて、一瞬にして呼吸の仕方がわからなくなってしまった。痛い。苦しい。全身から嫌な冷や汗が噴き出して耐えきれずにシーツを握りしめる。力は上手く入らず、じわじわと頭に熱が集まる感覚がした。
「な、んで……!」
その様子を見ていた彼が先程のように足首を掴むとそれらの苦痛が楽になっていく。なるほど、知らないうちに彼が私の命綱になってしまったらしい。きっと礼拝堂のときも彼が来ていなければあのまま死んでいたのだろう。
「魔法がまだ解けていない上、酷い魔力不足だ。私が魔力を分け与えていないとあっという間に体を食い尽くされる」
「そんな……!」
解き方なんて、あのときにやったものの他に知らない。まさか、これから一生彼と触れ合っていなければいけないとでも言うのだろうか。そんなの現実的じゃない。
彼は死の恐怖に怯える私の後頭部を引き寄せ、鼻先が触れそうな距離で目を覗きこむ。針のようだった瞳孔がほんの少し広がっていて、まるでその先に人には理解できぬ何かが潜んでいるんじゃないかと思わせるほどの奇妙な雰囲気を纏っていた。
「私はそれを解いてやれる。私なら貴方を助けてやれる。今は言葉だけで良い。私の妻でいることを誓え」
卑怯だ。拒めるわけがない。
いっそ純潔を守って気高く死を選べる聖女らしい聖女であれれば良かったのに、どうしてもまだ生きていたかった。死ぬかもしれないと思いながらやり遂げた計画が無に帰したばかりだというのに確実な死を選べるほど、私は高貴さも強さも持ち合わせていない。
きっともう私が戻れる場所もないのだろう。勇者様だって、目の前で他の男に唇を奪われる女など愛想を尽かしたに違いない。彼が私を救ってくれることはきっと、二度とない。
10
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる