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私の愛する勇者様
三
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存在を薄くする魔法。
間違えば何が起こるかはわからないが、おそらく門をくぐるにも何らかの魔術を通り抜けねばならないだろう。自分の姿を見えなくするのでは不十分だ。
この世から少しだけ存在そのものをずらし、肉体と魔力のどちらも隠さなければ。魔法でなければできない、人智を超えた芸当をやるしかない。
怖くないと言えば嘘になる。一時的にとはいえ死に限りなく近づくようなことをするのだ。怖くないわけがない。勇者様の召喚だってたまたま成功しただけで他の魔法なんて使おうと思ったことすらない上、自分一人の力でやらなければいけない分、あのときよりも成功率だってもっと低いはずだ。
しかしここで暮らして心をじわじわ殺していくよりは一か八かの博打に出た方がよっぽど良いような気がしている。私は私を愛してくれる人と添い遂げたい。そして、きっとそれはエリック様ではなく勇者様のはず。
彼の手紙を服の中へしっかりとしまい、呼吸を一つ置いて呪文を小さな声で唱える。全ての神経を使って、体内の魔力が巡っていることを感じながら、決して詠み間違えることのないように。
体に響く自分の声しか聞こえない中で必死に祈った。どうか成功しますようにと、勇者様の笑顔を夢見て。
最後の一文字まで詠み終えて自分の手を見る。成功していれば、魔法をとくまでこの世にある物質へ触れることが難しくなっているはずだ。
すぐ隣に咲いていた花に指を伸ばす。すると、その花弁を揺らすことなく向こう側へ抜けた。
花弁と重なっている部分の指は霧に巻かれたように揺らいでおり、見ていると不安になってくる光景だ。まるでゴーストになったみたい。恐怖で心が揺れる前に手を引く。ともあれ、成功していると判断して良いだろう。
恐る恐る陰から出て、逸る思いで門へ向かう。いつも通り二人の門番が談笑しつつ武器に手をかけたまま立っているが、こちらに気がついた様子はない。
音を殺した浅い呼吸で魔力を乱すことのないよう気にかけて二人の間に近づく。もはや心臓は破裂しそうなほどだった。
向かい合う彼らの視線を遮るように中心を歩く。全身に響く鼓動は頭痛や軽度の吐き気すら引き起こしているような気がした。気づいていない。
大丈夫。自分に言い聞かせながら、遂に門をくぐる。ここで弾かれれば逃げ出そうとしたことが伝わってしまう。枷をつけて封じ込められるか、従順でない妻は殺されるかもしれない。神に祈りながら震える足を伸ばした。
ぱちん、と何かが弾けるような小さな音がした。
心臓が止まったと思う。体から力が抜けてみっともなく地面へ倒れた。
顔を上げる。門番の耳にあの音は届かなかったようで、変わらず談笑を続けていた。そして私が倒れ込んだのは門の外だということにも気がつく。
歓喜の声を上げたい気持ちをぐっと堪え、土を払いながら立ち上がる。抜け出せた。あとは教会まで歩くだけ。
この城は元の街から近いとは言えないが、歩けない距離でもない。婚礼の日に馬車の中から眺めた景色を逆に辿ることも可能だろう。多少足が痛もうと、何としてでも教会に戻ってみせる。解放感に満ち溢れた空気を肺の奥まで吸い込んで歩き始めた。
間違えば何が起こるかはわからないが、おそらく門をくぐるにも何らかの魔術を通り抜けねばならないだろう。自分の姿を見えなくするのでは不十分だ。
この世から少しだけ存在そのものをずらし、肉体と魔力のどちらも隠さなければ。魔法でなければできない、人智を超えた芸当をやるしかない。
怖くないと言えば嘘になる。一時的にとはいえ死に限りなく近づくようなことをするのだ。怖くないわけがない。勇者様の召喚だってたまたま成功しただけで他の魔法なんて使おうと思ったことすらない上、自分一人の力でやらなければいけない分、あのときよりも成功率だってもっと低いはずだ。
しかしここで暮らして心をじわじわ殺していくよりは一か八かの博打に出た方がよっぽど良いような気がしている。私は私を愛してくれる人と添い遂げたい。そして、きっとそれはエリック様ではなく勇者様のはず。
彼の手紙を服の中へしっかりとしまい、呼吸を一つ置いて呪文を小さな声で唱える。全ての神経を使って、体内の魔力が巡っていることを感じながら、決して詠み間違えることのないように。
体に響く自分の声しか聞こえない中で必死に祈った。どうか成功しますようにと、勇者様の笑顔を夢見て。
最後の一文字まで詠み終えて自分の手を見る。成功していれば、魔法をとくまでこの世にある物質へ触れることが難しくなっているはずだ。
すぐ隣に咲いていた花に指を伸ばす。すると、その花弁を揺らすことなく向こう側へ抜けた。
花弁と重なっている部分の指は霧に巻かれたように揺らいでおり、見ていると不安になってくる光景だ。まるでゴーストになったみたい。恐怖で心が揺れる前に手を引く。ともあれ、成功していると判断して良いだろう。
恐る恐る陰から出て、逸る思いで門へ向かう。いつも通り二人の門番が談笑しつつ武器に手をかけたまま立っているが、こちらに気がついた様子はない。
音を殺した浅い呼吸で魔力を乱すことのないよう気にかけて二人の間に近づく。もはや心臓は破裂しそうなほどだった。
向かい合う彼らの視線を遮るように中心を歩く。全身に響く鼓動は頭痛や軽度の吐き気すら引き起こしているような気がした。気づいていない。
大丈夫。自分に言い聞かせながら、遂に門をくぐる。ここで弾かれれば逃げ出そうとしたことが伝わってしまう。枷をつけて封じ込められるか、従順でない妻は殺されるかもしれない。神に祈りながら震える足を伸ばした。
ぱちん、と何かが弾けるような小さな音がした。
心臓が止まったと思う。体から力が抜けてみっともなく地面へ倒れた。
顔を上げる。門番の耳にあの音は届かなかったようで、変わらず談笑を続けていた。そして私が倒れ込んだのは門の外だということにも気がつく。
歓喜の声を上げたい気持ちをぐっと堪え、土を払いながら立ち上がる。抜け出せた。あとは教会まで歩くだけ。
この城は元の街から近いとは言えないが、歩けない距離でもない。婚礼の日に馬車の中から眺めた景色を逆に辿ることも可能だろう。多少足が痛もうと、何としてでも教会に戻ってみせる。解放感に満ち溢れた空気を肺の奥まで吸い込んで歩き始めた。
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