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私の愛する勇者様
一
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自室で何度も広げた城内の地図を眺める。これがここに来てからの日課になっていた。
彼との契約の日まであと二日。私が清らかな乙女でいられる夜は明日までというわけだ。その次の夜には彼の寝室の戸を叩かなければいけない。焦りに支配されそうな頭を振り払って、冷静な思考を取り戻す。
アレクシアさんに案内されながら歩いた城内と渡された地図に差異はないように思う。それぞれの部屋は書かれている通りの働きをしていたし、間取りが違ったり通路があるべき場所になかったりということもない。
ちゃんと目視しながら確認した以上、とりあえずこの地図は信頼して良いだろう。隠し通路くらいはありそうなものだが、そこまで踏み込んでは怪しまれてしまう。
敷地内なら外に出ることも許可されているらしく、中庭や菜園にも足を運ぶことができた。全ての色を失ったかのような主に反して数々の花や植物に彩られた鮮やかな景色は、少しだけ私の気持ちを浮かび上がらせてくれる。魔術で管理された菜園にはハーブや木の実が活き活きと輝いており、摘みたてのそれらを用いてアレクシアさんが作ってくれたお茶は信じられないほどに美味しかった。
一方で高くそびえ立つ城壁の傍を歩いてみると、本当に逃げ出すことができるのかという不安が足を鈍らせる。綻びなど一つも見当たらない強堅な石造りの塀に、表と裏に配置された門には必ず二人ずつ番人が立っていた。挨拶をしてみると気さくに話してはくれたものの、あの手この手を尽くしても爪先すら門の外に踏み出すことは叶わない。
身体強化の魔術を使えば飛び越えられない高さでもないが、それを指摘してみるとどうやら目には見えない魔術結界で守られているらしいことがわかった。何代も前から続いていて、この何百年もの間で一度も破られたことのない結界なのだとか。ならば突破するのは現実的ではない。そもそも万が一、億が一にでも破ってしまえば緊急事態にすぐ気がつく者がいるだろう。
ただ、私には一つだけ門を抜ける手段に心当たりがあった。上手くいくかはわからないが、数分だけ試したときにはちゃんと作用していたと思う。
そうなれば、あとは無事に門まで辿り着けるかどうかだ。決行は夜の方が闇に紛れられて都合が良いかとも考えてみたが、どうやら夜目の利く警備兵が城内を巡回しているらしく、逆に昼の方が怪しまれず外に出られるのではないかという結論に至った。
最初の数日こそどこへ行くにもアレクシアさんの同行は必須だったものの、彼女がエリック様に提言してくれたらしく、早々に一人での行動も許されている。
大丈夫、やれる。
脳内でシミュレーションを終え、深く息を吐いた。決行は明日の昼。昼食の後が好ましいだろう。畳んだ地図をチェストの引き出しにしまい、代わりに一通の手紙を手に取る。
私宛てに城へ届いたその手紙は勇者様からのものだった。
街に戻った彼はいつも通り教会に立ち寄り、自分が不在の間に私が娶られたということを知ったらしい。その日彼は道すがらに指輪を買っていて、私に婚約を前提にした交際を申し込む予定だったということも綴られていた。もっと早くにそうしていれば、と後悔も添えて。
もしこの婚姻が不本意なもので、もしクロエさんが俺を想ってくれているのなら、告白の返事を聞かせてほしい。
その一文への回答を私は綴り、彼が手紙を渡すために寄越したという――おそらく神父様の力を借りたのだろう――魔術で操られた鳥の足へくくりつけた。必ず四日以内に城を抜け出して教会へ行くから、そこで待っていてほしいと。
幸いなことに手紙の中身を確認するといったことは命じられていないらしく、アレクシアさんは旧友への手紙と偽ったそれを手に取ることもなく見送ってくれた。
私が城を抜け出したら侍女である彼女が処罰を与えられたりするのだろうかと考えたことがないわけではないが、それでも今ばかりは自分勝手にならざるを得なかった。あの恐ろしい男の妻として生涯をともにし、夜伽相手になるなんて耐えられそうもない。
必ずここを抜け出してみせる。意思を強く固め、封筒にそっと口づけて地図の下へしまいこんだ。
彼との契約の日まであと二日。私が清らかな乙女でいられる夜は明日までというわけだ。その次の夜には彼の寝室の戸を叩かなければいけない。焦りに支配されそうな頭を振り払って、冷静な思考を取り戻す。
アレクシアさんに案内されながら歩いた城内と渡された地図に差異はないように思う。それぞれの部屋は書かれている通りの働きをしていたし、間取りが違ったり通路があるべき場所になかったりということもない。
ちゃんと目視しながら確認した以上、とりあえずこの地図は信頼して良いだろう。隠し通路くらいはありそうなものだが、そこまで踏み込んでは怪しまれてしまう。
敷地内なら外に出ることも許可されているらしく、中庭や菜園にも足を運ぶことができた。全ての色を失ったかのような主に反して数々の花や植物に彩られた鮮やかな景色は、少しだけ私の気持ちを浮かび上がらせてくれる。魔術で管理された菜園にはハーブや木の実が活き活きと輝いており、摘みたてのそれらを用いてアレクシアさんが作ってくれたお茶は信じられないほどに美味しかった。
一方で高くそびえ立つ城壁の傍を歩いてみると、本当に逃げ出すことができるのかという不安が足を鈍らせる。綻びなど一つも見当たらない強堅な石造りの塀に、表と裏に配置された門には必ず二人ずつ番人が立っていた。挨拶をしてみると気さくに話してはくれたものの、あの手この手を尽くしても爪先すら門の外に踏み出すことは叶わない。
身体強化の魔術を使えば飛び越えられない高さでもないが、それを指摘してみるとどうやら目には見えない魔術結界で守られているらしいことがわかった。何代も前から続いていて、この何百年もの間で一度も破られたことのない結界なのだとか。ならば突破するのは現実的ではない。そもそも万が一、億が一にでも破ってしまえば緊急事態にすぐ気がつく者がいるだろう。
ただ、私には一つだけ門を抜ける手段に心当たりがあった。上手くいくかはわからないが、数分だけ試したときにはちゃんと作用していたと思う。
そうなれば、あとは無事に門まで辿り着けるかどうかだ。決行は夜の方が闇に紛れられて都合が良いかとも考えてみたが、どうやら夜目の利く警備兵が城内を巡回しているらしく、逆に昼の方が怪しまれず外に出られるのではないかという結論に至った。
最初の数日こそどこへ行くにもアレクシアさんの同行は必須だったものの、彼女がエリック様に提言してくれたらしく、早々に一人での行動も許されている。
大丈夫、やれる。
脳内でシミュレーションを終え、深く息を吐いた。決行は明日の昼。昼食の後が好ましいだろう。畳んだ地図をチェストの引き出しにしまい、代わりに一通の手紙を手に取る。
私宛てに城へ届いたその手紙は勇者様からのものだった。
街に戻った彼はいつも通り教会に立ち寄り、自分が不在の間に私が娶られたということを知ったらしい。その日彼は道すがらに指輪を買っていて、私に婚約を前提にした交際を申し込む予定だったということも綴られていた。もっと早くにそうしていれば、と後悔も添えて。
もしこの婚姻が不本意なもので、もしクロエさんが俺を想ってくれているのなら、告白の返事を聞かせてほしい。
その一文への回答を私は綴り、彼が手紙を渡すために寄越したという――おそらく神父様の力を借りたのだろう――魔術で操られた鳥の足へくくりつけた。必ず四日以内に城を抜け出して教会へ行くから、そこで待っていてほしいと。
幸いなことに手紙の中身を確認するといったことは命じられていないらしく、アレクシアさんは旧友への手紙と偽ったそれを手に取ることもなく見送ってくれた。
私が城を抜け出したら侍女である彼女が処罰を与えられたりするのだろうかと考えたことがないわけではないが、それでも今ばかりは自分勝手にならざるを得なかった。あの恐ろしい男の妻として生涯をともにし、夜伽相手になるなんて耐えられそうもない。
必ずここを抜け出してみせる。意思を強く固め、封筒にそっと口づけて地図の下へしまいこんだ。
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