捻れて歪んで最後には

三浦イツキ

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夫になる男

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「…………エリック様」
「それで良い、クロエ。貴方は私の妻なのだから」

 その口ぶりは余計に私を混乱させた。まるで私を本当に妻だと思っているみたいだ。聖女の力が欲しかったから教会にまで手を回して娶ったのだろうと思っていたが、まさか、アレクシアさんが言うように私を愛しているのだろうか。

「今日はアレクシアに城を案内させよう。貴方の城でもある。ここにあるものは何でも自由にすると良い」

 表情は固いが、発せられる言葉は思いのほか優しいものだ。貴族でもない妻への対応なんてもっと冷たいものだろうと予想していたがそうでもないらしい。

「……街に出ることはできますか? ほんの少しで良いのです。教会に顔を出したくて……」

 頼めば受け入れてくれるのだろうかと震えそうな声を抑えて尋ねてみると、彼は何も言わずに私の目をじっと見つめた。失言だったかもしれない。この城に不満があるのだと受け取られてしまったかも。喉を冷たい空気が通り抜けて小さく音を立てた。

「あの、良くしていただいていると、神父様たちを安心させたくて、」
「外に出すのは正式な契りを結んでからだ」

 焦る私の言葉を遮って上から押さえつけるような声が思考を塗り潰す。皮膚が粟立つ感覚に、本能が警戒しているのだと理解した。声を荒げたわけではないのにその重さが胸を潰して呼吸を浅くさせる。大きな魔獣に睨まれているかのようだ。

「ち、ぎり……?」

 なんとか絞り出した声は情けなく震えていた。

「一週間だけ時間をやる。一週間後の夜、私の部屋に来い。私と繋がってようやく貴方は正式な妻になれる。そうなれば城の外に出してやろう」

 その言葉が何を示すのかわからないほど子どもではない。やはり、妻になればそういうこともしなければいけないのかと絶望感が頭を支配した。想いを通わせた人と愛し合って添い遂げるという夢は砕かれて墓石になった。例えこの婚姻が破談になったとしても、一度男を知れば忘れることができないだろう。

「……承知いたしました」
「そう怯えるな。驚かせてしまったことは謝る」

 体を固める重圧から解放されても胸は重いままだ。魔術の一つなのか彼自身の能力なのか、体を動かすことができなかった。指先をとる革手袋の冷たさに肩が跳ね、咄嗟に弾こうとしたのをなんとか思いとどまる。手の甲に唇が触れ、音もなく離れた。その気品溢れる仕草が恐怖をさらに倍増させる。

「必要なものがあればアレクシアに申しつけるように」

 美しい髪を翻して彼は去っていった。深呼吸を繰り返しながらまだ苦しい体を椅子に預け、気休めにティーカップに残っていた紅茶を飲み干す。優しいとか、私を愛しているのかもだとか、寝ぼけていたのだろう。彼は金で教会を抱き込んで私を娶った男だ。良い人なわけがない。ここに愛や幸福など存在しない。私の要求が通るのはごく狭い範囲の中でしかなく、夫の命令に逆らうことはできないのだ。まるで奴隷か侍女じゃないか。

 なんとか目を盗んで城を出られれば。三日後には勇者様が街に戻られるはずだ。彼の口利きならば国王様だって動かせるだろうし、この婚姻を取り消すこともできるかもしれない。淡く脆い希望が甦るかもしれない。

 逃げなければ。あの男から。
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