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vs誇りと現実

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「やっちまったな」

 俺の隣で、ベローズが無表情のまま告げる。
 実況解説の拡声魔道具は最大音量になっているようだが、耳をつんざく大歓声に掻き消されて何も聞き取れない。ただ、興奮しているのはわかる。実況も解説も観客もだ。

「そうですね」

 俺は応えたものの、なんともリアクションしにくい。
 やはりエイダには、まだ難しかったか。事前に説明は試みた。頭では理解してくれた。善処すると約束してもくれたが、俺にはわかっていた。
 あの男に、敗者を演じることはできない。
 当然だ。その明白なイメージが、自分のなかにないのだから。わからない役柄など、誰も演じられない。政治的な妥協も、意に沿わぬ服従も。劣った相手への敗北も。エイダにはわからない。
 それは貴族として致命的な欠陥なのだろうが、無垢な超人マスク・ド・バロンを輝かせる芯でもある。だから。

 これでいい。

「それまで! 勝者ッ、マスク・ド・バロォーン‼︎」

 試合終了。もはや完全グロッキーのグンサーンに反撃する力はなく、最後はバロンの脳天砕きブレーンバスターに沈んだ。

 コーナーポストから受け手と共に落下するのを雪崩式、というような説明をエイダにした覚えはある。だが、中央闘技場にはリングもロープもコーナーポストもない。おそらく、この世界の人間は見たこともない。
 それを想像でどう解釈したのか誤解したのか、マスク・ド・バロンが放ったのは魔法で生み出した本物マジ雪崩なだれで自らも吹き飛びながら相手を床に叩きつけるという荒技。
 うん。ふつうに頭おかしい。
 対空時間の長さと高さと破壊力に、“いや馬鹿それマジで死んじゃう!”と心のなかで叫んだのだが、まあ結果だけ言えばグンサーンは……試合後も、生きてはいた。

「グンサーンがこうなると、オサーンは最初から潰しにくるぞ」
「でしょうね」

 俺は他人事のように答えたが、実際そうだろうとは思う。
 これはどうしたもんかな。相手は利害を喰い合う敵対団体からの刺客。段取り潰しシュートなのは覚悟してる。地下闘技場から送り込まれてきた戦奴は勝ち負け以前に、俺とエイダを再起不能にするのが目的だ。
 身体と、商品価値を。万場の観客の前でブチ壊す。先鋒のグンサーンは、もう無理だろう。となればオサーンはなりふり構わず毀棄つぶしに掛かってくる。

「「「「オオオオオオオオオオオオォッ‼︎」」」」

 無数の賭け札が紙吹雪のように舞い散るなか、マスク・ド・バロンが高々と腕を上げる。マスクで表情は見えないが、魔力も気力も体力も使い果たしているのはわかった。あいつ、俺以上にペース配分を考えないタイプだからな。
 だが最後はちゃんと締めないと、という職人意識が身体を動かしているようだ。

「「「「バロン‼︎ バロン‼︎ バロン‼︎ バロン‼︎」」」」

 いつしかバロンコールはピッタリと息が合って、観客の足踏みとともにスタジアムを揺るがせている。見たところ、バロンの人気は安泰。このまま伸びれば実力も不動のトップ選手になれそうだ。
 それもこれも、中央闘技場が生き残れれば、の話だが。

「そんじゃ、もうすぐ出番なんで」

 俺はベローズに声を掛けて、選手控え室に戻る。

「お前は、どこから入るんだ?」
「どこって、入場ゲートあそこからですよ。何を期待してんですか」

 馬鹿鳥仮面を超えるリングインなんて、要求されても俺にはできん。あんなもん、やる方がどうかしてる。しかも、ぶっつけ本番とかホント、頭おかしい。
 あのナチュラルな才能が、真摯な向上心と迷いなき情熱が。俺にはとてつもなく眩しく、羨ましい。

◇ ◇

「おう、タイト。無事にやっているようだな」
「ありがとうございます。バークスデールさんも」

 選手控え室に入る通路で、擦れ違ったネリスの父バークスデールと軽く挨拶を交わす。
 俺と同じく戦奴となった彼は上級剣術師クラスで順調に勝ち星を重ね、初級拳闘師クラスの人狼兄弟オファットとマイノットも中級に上がったようだ。
 俺も彼らも扱いは犯罪奴隷だが、既定の金額を貯めれば解放される。どうやら奴隷から解放されるのは、興行がらみで借金を積み増した俺が最後になりそうだ。
 そういや、俺とエイダは中級の魔導師クラスから上級に上がったが、クラス分けで審議が行われ、ふたりとも無制限クラスにされてしまっている。
 まあ、主に俺のせいなんだが。

“剣術師ではないが拳闘師とも呼べんし、間違っても魔導師じゃない”というのが大ベテランの永世名誉王者“鉄人”ジェンタイルと興業進行管理人ブッカーベローズの共通見解だそうな。

「お前には感謝している。いずれ礼はさせてもらう」

 お礼参りでもしそうな口ぶりだが、顔は優しげな笑みを浮かべていた。

「だから、無事に生き延びろ」
「はい、必ず」

 俺は気持ちを切り替え、試合に向かう。エイダが果たせなかった、敗戦の段取りまけブックを受け入れるために。
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