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vsセメントファイター

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 俺は、マスク・ド・バロン。俺は、マスク・ド・バロン。俺は、マスク・ド・バロン……。

 俺は何度も頭のなかで繰り返して、覚悟を決める。気持ちを固める。
 もう戦いは始まっているのだ。最初の一歩を踏み出した以上、迷いなど害にしかならん。

「「「「バロン‼︎ バロン‼︎ バロン‼︎ バロン‼︎」」」」

 それでも、巨大な闘技場が震えるほどの歓声には驚かされる。思わず周囲を見渡しそうになるのを、腕を組んで立ったまま必死に堪える。

「……ン、サ……ァン!」

 対戦者を呼び込む実況子爵も、どこか声が上擦っている。俺の登場は事前に打ち合わせておいたのだが、ここまで反響が大きいとは思わなかったのだろうか。百戦錬磨の場慣れした仕切りが、少しギクシャクしている。よく通るはずの声も、拡声魔道具を使ってさえ上席に届いていないようだ。

「「「おおおおおおおぉおおぉ……」」」

 どよめきと罵声が音ではなく、圧となって押し寄せてくる。闘技場に入ってきた対戦者グンサーンは、万雷のように降り注ぐバロンコールに動揺と苛立ちを隠しきれない。
 相手は中央闘技場よりも遥かに過酷な地下闘技場を生き抜いた、歴戦の古参戦奴だ。面識はないが、試合は見たことがある。体力と膂力に優れ、心理戦かけひきに長けていて、危険な角度での投げ技が上手い。
 年齢は三十をいくらか超えたくらいか。身長は俺よりも頭ひとつ低いが、腕は同じくらい長く、倍ほども太い。体重も俺とタイトを足したほどはありそうだ。
 潰れた鼻と耳に太い首。身に纏う獰猛な気配は、故郷の野山を荒らしていた猪の魔物に似ている。これは生半ではいかないだろう。

 望むところだ。

「ッじゃ、……ぇ!」

 観客席に向かって、何か叫んでいるようだが。その声はバロンコールに掻き消されて聞こえない。
 だが、気持ちはわかる。実力なら絶対に負けないと。開始早々に思い知らせてやると考えているのが手に取るようにわかる。
 そうだ。ある種の人間には、“見た目が良いものは偽物”という思い込みがある。“人気があるのは弱者”という信念がある。
 それは強固な頸木くびきとして心を縛り、脳裡に刻み込まれている。

「わかるぞ。俺もそうだったからな」

 俺の声が聞こえたわけでもなかろうが、グンサーンはこちらを見てわずかに目を細めた。そこに込められているのは、怒りと憎しみと殺意。
 俺はバロンを演じたまま、マントを外して背後に投げる。それはふわりと円を描きながら魔力光を纏って羽ばたくように飛び、会場の隅に立つタイトの腕に収まった。
 奴の発案で考え出し、練習した成果なのだが。あのチビは俺を見て、呆れたように首を振った。

 開始時間が来て、白服の審判員が中央に立った。俺とグンサーンを開始位置へ向かうよう促す。貴賓席と審判員に礼をするよう言っているはずだが、その声は歓声に掻き消されてなにひとつ聞こえない。

 さあ、戦いのときだ。

 俺が手を上げると、ぴたりと声援が止む。まるで幻惑魔導に掛けられたかの如く、数万数十万の観客が意のままに操られる。
 タイトの言う通りだ。全部あいつの言っていた通りに動いている。どうやれば視線を引き寄せられるか。どうやれば驚きが組み立てられるか。どうやれば興奮が広げられるか。どうやれば憎しみが集められるか。そして。

 どうやれば、偶像を輝かせられるか。

「よくぞこの場に現れた、帝国の走狗グンサーンよ!」

「ふ、ッざけんじゃねえ! こんな道化芝居に付き合うとでも思ってんのか! その珍妙な衣装を剥ぎ取って! 格の違いを、思い知らせて……!」

 ドンと床を踏み鳴らしただけで、必死に罵っていたグンサーンの声はピタリと止まる。
 まただ。誰もが呑まれている。タイトの作り上げた、偶像と幻惑に。

「思い知ることになるのは、お前だ。さあ、見せてやろうではないか」

 静まり返った会場で、俺の声だけが響き渡る。
 グンサーンの目を見て、俺は告げる。

「誇り高き王国貴族の、真の力を!」
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