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走馬灯①
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目の前の片目の狼は、口を開き鋭い歯をこちらに向ける。
咆哮とともに襲い掛かってくる姿を見ても、僕にはただ見つめることしか出来なかった。
「終わりか・・・」
これまでに3回、僕は違う小説の世界を冒険してきた。
その中で、死と隣り合わせのものは1つもなかった。
窮地に追い込まれこそはあっても、決して死ぬような状況にはならなかった。
しかしなんなんだこの世界は。
この世界に来た時の頭の痛みやこの腕の噛まれ傷は、現実の世界でもそう味わうことの無いものだ。
鋭い歯なんてものは、もはや凶器だ。
僕は今、殺されようとしているのか?
押さえている傷口からは今も血が流れ続けている。
出血し過ぎたのか、意識が朦朧としてきた。
もう無茶苦茶だ。
この世界での死が何を意味するのか分からない。
しかしもうどうでもいい。
今はただ、この苦痛から早く解放してほしい。早く終わりにしてほしい・・・。
走馬灯のように全てを投げ出そうとした、その瞬間。
「【バインドアップ】!!!」
空に声が響いた。
気が付けば目を閉じていた僕の頭に、少しずつ余裕が生まれていた。
もう既に噛みつかれているに違いないのに、まだ何も起こっていない。
その疑念を取り払うかのようにゆっくりと目を開ける。
不思議な光景だった。
眼前では片目の狼が止まっている。
いや、正確には動いてはいるが、どれだけ足をバタつかせていても全く前進する気配がない。
狼の周りの空間だけが淡く光っていて、その中に留まっているようだ。
「助かった、のか・・・?」
淡い光の中で暴れ回る片目の狼よりも、ずっとゆっくりな速度でロイを見る。
片目の狼と同様に、ロイの目の前にいる2匹の狼も淡い光の中で暴れていた。
鉄の棒をその場に落としたロイもあっけに取られている様子に映ったが、僕を見るにハルと叫びながら駆け寄ってきた。
緊迫した状況を脱出した安心からなのか、失血が原因なのか、僕の意識は遠のいていく。
駆け付けたロイに体重を預けるように僕は倒れこんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夢を見た。
水面に浮かぶ一隻の小舟。
風も無く、波もない。
誰も乗っていないその小舟は薄暗い闇の中、ただそこにあった。
少し遠くの視点から僕はその景色を眺めている。
突然、ザザザと激しい雨が水面に強く打ち当たり、予想を超えた雨音が耳を貫く。
咄嗟に耳を塞ぐが、あまりの音の大きさに目も閉じてしまう。
雨の轟音はすぐに消えた。
ゆっくりと目を開けると、先程の景色が映る。
ただ違うのは、小舟に誰か乗っている。
薄暗くはあるが誰かが乗っていることは認識出来た。
「あれは・・・」
と言葉を発した瞬間、再び雨の轟音は鳴り出した。
僕はまた耳を塞ぐ。
激しい轟音だ。
そしてまたピタリと止んだ。
再びシーンは切り替わっていて、小舟は2隻になっていた。
片方はさっき見ていた人で、もう一隻には女性が乗っていた。
光源がどこなのか定かではないが状況を確認出来るぐらいの明るさは最初からあった。
だが、どういう訳か女性の顔だけが漆黒に染まり、顔の判別をつけることが出来ない。
ザザザとまたもや雨が降る。
その音量に耐え切れず、僕は耳を塞ぐ。
しかし今度は鳴り止む様子が無かった。
脳が揺さぶられるような音が響き続け、とうとう理性を保てる限界が来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
咆哮とともに襲い掛かってくる姿を見ても、僕にはただ見つめることしか出来なかった。
「終わりか・・・」
これまでに3回、僕は違う小説の世界を冒険してきた。
その中で、死と隣り合わせのものは1つもなかった。
窮地に追い込まれこそはあっても、決して死ぬような状況にはならなかった。
しかしなんなんだこの世界は。
この世界に来た時の頭の痛みやこの腕の噛まれ傷は、現実の世界でもそう味わうことの無いものだ。
鋭い歯なんてものは、もはや凶器だ。
僕は今、殺されようとしているのか?
押さえている傷口からは今も血が流れ続けている。
出血し過ぎたのか、意識が朦朧としてきた。
もう無茶苦茶だ。
この世界での死が何を意味するのか分からない。
しかしもうどうでもいい。
今はただ、この苦痛から早く解放してほしい。早く終わりにしてほしい・・・。
走馬灯のように全てを投げ出そうとした、その瞬間。
「【バインドアップ】!!!」
空に声が響いた。
気が付けば目を閉じていた僕の頭に、少しずつ余裕が生まれていた。
もう既に噛みつかれているに違いないのに、まだ何も起こっていない。
その疑念を取り払うかのようにゆっくりと目を開ける。
不思議な光景だった。
眼前では片目の狼が止まっている。
いや、正確には動いてはいるが、どれだけ足をバタつかせていても全く前進する気配がない。
狼の周りの空間だけが淡く光っていて、その中に留まっているようだ。
「助かった、のか・・・?」
淡い光の中で暴れ回る片目の狼よりも、ずっとゆっくりな速度でロイを見る。
片目の狼と同様に、ロイの目の前にいる2匹の狼も淡い光の中で暴れていた。
鉄の棒をその場に落としたロイもあっけに取られている様子に映ったが、僕を見るにハルと叫びながら駆け寄ってきた。
緊迫した状況を脱出した安心からなのか、失血が原因なのか、僕の意識は遠のいていく。
駆け付けたロイに体重を預けるように僕は倒れこんだ。
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夢を見た。
水面に浮かぶ一隻の小舟。
風も無く、波もない。
誰も乗っていないその小舟は薄暗い闇の中、ただそこにあった。
少し遠くの視点から僕はその景色を眺めている。
突然、ザザザと激しい雨が水面に強く打ち当たり、予想を超えた雨音が耳を貫く。
咄嗟に耳を塞ぐが、あまりの音の大きさに目も閉じてしまう。
雨の轟音はすぐに消えた。
ゆっくりと目を開けると、先程の景色が映る。
ただ違うのは、小舟に誰か乗っている。
薄暗くはあるが誰かが乗っていることは認識出来た。
「あれは・・・」
と言葉を発した瞬間、再び雨の轟音は鳴り出した。
僕はまた耳を塞ぐ。
激しい轟音だ。
そしてまたピタリと止んだ。
再びシーンは切り替わっていて、小舟は2隻になっていた。
片方はさっき見ていた人で、もう一隻には女性が乗っていた。
光源がどこなのか定かではないが状況を確認出来るぐらいの明るさは最初からあった。
だが、どういう訳か女性の顔だけが漆黒に染まり、顔の判別をつけることが出来ない。
ザザザとまたもや雨が降る。
その音量に耐え切れず、僕は耳を塞ぐ。
しかし今度は鳴り止む様子が無かった。
脳が揺さぶられるような音が響き続け、とうとう理性を保てる限界が来た。
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