【短編集】囚われの勇者、愛と幸せの詰め合わせ 後日談や季節のSSなど

良音 夜代琴

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四季折々の、短いお話

夕涼みとクローバー(挿絵入り)

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「カース? 何してるの?」
背中にかけられた声に、男は手を止めて振り返る。
「ああ、夕飯は外で食べようと思ってな。涼める場所を作っていたところだ」
答える中年の男はこの辺りでは珍しい浅黒い肌をしていた。
振り返った男の肩口で、ゆるりと結ばれた細く柔らかな黒髪が揺れる。


「わぁ、すごいね。本格的だ」
声をかけた金髪の青年は、男の元まで辿り着くと辺りを見渡して感嘆する。
孤児院の裏手側のこの場所は、日が差さず日中でも比較的涼しいところだった。
そこへ、いつの間にやらテーブルや椅子やベンチが運び込まれている。
よく見れば足元の草地には水も撒かれているようで、通る風もいつもよりひんやりしていた。
「毎日暑いからな。子ども達もお前達も少し涼んだ方がいい」

そう言う男は汗だくで、首からかけた手ぬぐいで流れる汗を拭っていた。
一体いつから一人で準備をしていたんだろう。と青年は思う。
目の前の男には、腕が一本しかない。目だって片方だ。
どちらも俺のせいで失ってしまったのに。

見れば、テーブルの上には男が作ったのだろう涼しげな料理も並んでいる。
こんな大きなテーブル、片腕で運ぶのは大変だったろうに。
この男はいつになっても、俺達に頼ろうとしてくれない。
もっと俺達を使ってくれたら良いのに。
この男の頼みなら、何だって聞きたいのに……。

「カースも、ちょっと休んだほうがいいよ?」
「ここまで終わったらな」
作業に戻る男に、青年は慌てて声をかける。
「俺も手伝うからっ」
男はチラと金髪金眼の青年を見ると、困ったように微笑んで言った。
「……気にするな。もう終わる。お前はロッソ達に声をかけて来てくれ」

「……はーい……」
仕方なく、青年は男に背を向ける。
俺は料理はできないし、あまり器用でもない。
自分にできる事と言えば魔物を倒すことくらいだったが、それも今となっては不要な事だった。
こういう時はきっとロッソの方がカースの助けになるだろう。
けれど、青年は一歩踏み出したところで足を止めた。

「おーい。リンデルだろ? 俺を覚えてるか?」
随分と懐かしい顔が、こちらに手を振りながら荷車を引いてやってくる。
「えっ、急にどうしたんですか?」
リンデルと呼ばれた金髪の青年が駆け寄れば、恰幅の良い男は浅黒い肌の男を指して言った。
「どうしたもこうしたもねぇよ。こいつが急に無理難題ふっかけてくるから、わざわざ来てやったんだ」
「?」

「おう、持ってきたぞ」
「ったく、遅ぇじゃねーか。ってちょっとデカすぎんだろ」
首を傾げる金髪の青年をよそに、二人は金銭のやり取りを始める。
青年は、子ども達の前であまり口調を崩さない男が久々に荒い言葉を使う姿にどこかホッとしていた。
恰幅のいい男が大きな塊を荷台から下ろして包みを開く。何重にも包まれた布の中から姿を見せたのは、キラキラと輝く氷の塊だった。
「こう暑いと途中で溶けそうだったんでな。サービスだよ」
「この板、半分に割れるか……?」
「いや、下手に割ると砕ける。やめた方がいい」
「チッ、しゃーねぇな。板2枚と、このくらいは砕いて使いたいとこなんだがな」
浅黒い指で氷の上を区切りながら言う男を見て、青年は自分にも手伝えそうなことを見つけた。

「この氷、三つにしたらいいの?」
弾むような声に、二人が鮮やかな金色を振り返る。
「できるか?」
カースの言葉にリンデルはニッコリ笑って頷いた。
「待ってて!」
駆け出した青年はすぐに剣を一本携えて戻って来る。
スラリと慣れた所作で青年は剣を抜き、構えた。
目の前には、巨大な氷塊。
「大丈夫か? 下手に叩くと粉々だぞ?」
氷を運んできた男がハラハラと見守る横で、氷を頼んだ男は口端だけを上げる。
「そん時ゃそん時だ」
「てめぇ……俺の苦労を何だと……」
青年は外野の声を気にする事なく、まっすぐに剣を振り下ろした。
「ハッ!」

キンッと軽い音と共に、氷が二つになる。
それを青年はもう一度斬って、男が示していた通りの大きさにする。
「で、これを砕くんだっけ」
「こん中でな」
男を振り返った金色の青年に、男は大きめの桶を示した。
「はーい」と素直に返事をして、青年は氷の塊の一つをひょいと桶に入れると見る間に砕いてゆく。
「これでいい?」
「ああ。助かった」
ポンと頭を撫でられて、金色の青年が嬉しそうに笑う。

「じゃあ俺、皆を呼んでくるね」
剣の雫を払うと、自然な動作で鞘に戻しながら青年は駆けてゆく。
金色の青年にとって剣を振ることは、息をする事と同じほどに身に染みついた動きなのだと、カースはその背を見送りながら思う。
あの真っ直ぐな青年に剣を持たせてしまったのは、自分だったのではないか。と。幾度となく思うそれを呑み込みながら。

そんな男の隣で、恰幅の良い男は感嘆の声をあげながらしゃがみ込んだ。
「はぁぁ……すげぇなこりゃ……」

恰幅の良い男は、氷の切り口をまじまじと眺めている。
「あのちびっこかったリンデルがな……」
氷はほんの少しも欠けることなく、美しいほど艶やかな断面をしていた。
「……立派なもんだろ?」
何処か自慢気な声に、恰幅の良い男が驚いたままの顔でカースを見る。
「お前……そんな顔できたんだな」
「……うるせぇよ」
眉根を寄せるカースに、男はまた氷の断面へと視線を戻して言う。
「長生きも悪くねぇな」
境遇こそ違えど、男もまたカースと同じ『生き残ってしまった』一人だった。
そんな男の言葉に、カースは「……まあな」とだけ答える。
「んじゃ、貰うもん貰ったし、帰っとすっかな」
重そうな外見に似合わずスイと立ち上がった男が、荷車に布を手早く積む。
「なんか食ってくか?」
その背に声をかけられて、男は一瞬だけ手を止めてから、また動き出した。
「俺みてぇなのは、真っ当な子らに見せるもんじゃねぇよ」
「……そうか」
「まあ、なんかあったらまた呼んでくれ」
「ああ。助かる」
振り返ることなく片手を上げて立ち去る男の後ろ姿を、カースは黙って見送った。

「皆を呼んできたよーっ」
明るく弾む声にカースがそちらを見れば、陽の暮れ始めた柔らかな日差しを浴びて輝く金色が駆けて来る。
「……おかえり」
「? ただいま」
リンデルは、少しだけ不思議そうな顔をしてから、髪と同じ金色の瞳を細めて答えた。
「あれ? ディアロさんは?」
「帰ったよ」
「えー、そうなの? 一緒に夕飯食べてくかと思ったのに」
「……あいつも忙しいんだろうよ」
「そっかー。でも忙しいのは良い事だよね」
「そうだな」
そこへ背の低い男がぞろぞろと子ども達を連れてやって来る。
淑やかな佇まいに長い髪を臙脂色のリボンで一つに括った姿は一見女性のようにも見えたが、口を開けばその声は間違いなく男性のものだった。

「主人様、お一人で行かないでください。こちらは手が足りないんですから……」
「あっ、ごめんごめん」
従者にいつもより深い半眼でじとりと睨まれて、金色の青年が幼い子達のサポートに駆け戻る。

「……長生きも悪くない。か……」
カースは口の中でさっきの言葉を小さく繰り返す。
そう言い切ってしまえるほど自分は過去を割り切れない。けれど、その言葉に同意するくらいは出来るようになったのかと思うと、随分遠くに来たような気もする。 

「かぁしゅ、どーぞ」
足元から聞こえた声に視線をおろせば、小さな手が何やら差し出している。
「なんだ?」
幼い少女が、絶対に落とすまいと必死で握り込んでいたのは四葉のクローバーだった。
「……俺が、もらっていいのか?」
「ん!」
満面の笑顔に頷かれて、男は「ありがとうな」と小さな頭を優しく撫でる。
「押し花にしましょうかと提案したのですが、どうしてもすぐ貴方に渡したかったようです」
小柄な従者が子どもの座る椅子を押してやりながら申し訳無さそうに言い添える。
「俺に……」
四葉のクローバーなんて物、欲しいと思った事もなければ、探そうとしたことも無かった。
なのに、貰ってこんなに嬉しく感じるなんて、全くもって想定外だ。

「かぁしゅ。だっこ」
自分へまっすぐ伸ばされた小さな両手。
カースは幼い少女へ「まずは食事だ」と告げると片腕で抱き上げる。
ストンと子ども椅子に座らされた幼子は、森色の瞳を見上げて尋ねた。
「だっこ?」
「夕飯が済んだらな」
「ん!」
幼子は大きく頷いて、テーブルの上に並ぶ食事を見渡す。
皿のあちこちに、砕いたばかりの氷が散りばめられ、金色に変わり始めた陽射しの中でキラキラと輝いていた。
「しゅごい!」
大きく目を見開いて、幼い少女がぱちぱちと手を叩く。
それは彼女の最大限の称賛だった。
男が見回せば、子ども達は皆それぞれに瞳を輝かせている。
リンデルは俺の視線にニッコリ笑い返し、ロッソもどこか嬉しそうにペコリと頭を下げてきた。

ああ、皆良い顔だ。苦労した甲斐があったな。

そんな風に思った瞬間、さっきの男の言葉がもう一度蘇る。
『長生きも悪くねぇな』
そうだな……、こと今現在に限っては、悪くないかも知れねぇな。
こんな死に損ないの俺が、生きていても。

「皆さん席に着きましたね?」
ロッソが子どもの数を確認し終えて男を振り返る。
普段食事の挨拶をするリンデルも、同じように期待のこもった視線で男を見ていた。
……なんだ? 俺かよ。気の利いたことなんざ言えねぇぞ?
男は片眉を上げて二人を見るが、二人はどちらも頷いただけだった。
仕方ねぇな。
男は小さく苦笑を滲ませながら口を開いた。
「皆、冷たいうちに食べなさい」
落ち着いた低い声が、涼しい裏庭に優しく響く。
はしゃぐ子ども達の声が、氷と一緒に夏の夕陽に煌めいた。

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