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雨上がりに(俺)
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一夜明けて、すっかり雨の上がった空は眩しい朝日にきらめいていた。
直に顔に当たる陽の光に、俺は顔をしかめる。
……そっか。ここカーテンねーもんな。
つーか、昨夜は遅くまで奥の部屋からウィムたちの声が聞こえてたせいで、なんかあんま寝た気がしねーな。
ったく、こっちはたったの一度も上手くいかねーってのに、アイツら一体何回やってんだよ。
まあ、今回は俺も師範に抜いてもらえたから、朝から慌てることもねーけどさ。
師範に手でしもらったのなんて、あの時以来だよな。
もう二度と、そんな日は来ないかもって思ったりもしたけど……。
まどろみに、あの時の師範の優しい微笑みと、師範の眼鏡に飛び散った俺の体液がぼんやりと浮かぶ。寝返りを打てば、俺の脚に滑らかな肌が触れた。
あ。やべ。今日は師範と同じベッドで寝てたんだっ……――。
瞼を開けば、寝息がかかりそうなほど近くに、あの日と変わらず美しいままの寝顔があった。
師範の香りと温度に、どくんと脈打つ俺の身体があまりに正直で、俺は苦笑を滲ませながらベッドを抜け出した。
まったく。焦んじゃねーよ、俺。
ここまでどれだけ待ったと思ってるんだ。
こんな一瞬の欲望で、この美しい人を傷付けるなんて事あってたまるか。
つーか師範もさ、せめて服着て寝てくれよ……。
なんかこんな事、ちょっと前にも思ったよな。ああ、ウィムか。
あれはまあ、どうでもいいんだけどな。
一応師範は肌着は着てくれてるけど、師範の肌着は前を紐で結び合わせるタイプだから、喉元とか胸元とか、その……色々チラチラしてんだよな……。
俺は師範の方を見ないようにして、手早く上着と剣の下がったベルトを身に付ける。
教会の出入り口の大きな扉をなるべく軋まないようそーっと開けて、外に出る。
雨上がりの街道にはあちこちに大きな水溜まりが出来ていた。
俺はせっかく乾いた靴を濡らさないよう気をつけながら、いつものように走り出した。
***
「試したぁ!? 試したっていつよぅ。昨日!? えっ、ダメだったの?」
思わず声が大きくなったウィムの名を、ティルダムが静かに呼ぶ。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。すっかり驚いちゃってぇ……」
ウィムがにっこり微笑んで周囲を見回すと、声につられてこちらに集まった視線が散った。
ここは廃教会から半日ほど歩いた町にある冒険者ギルドで、俺たちは討伐成功の報告に来ていた。
報告用のカウンターには列ができていて、列には師範が並んでいる。
師範の前には三人、師範の後ろにも、いつの間にか四人が並んでいた。
『戦闘では出番がありませんでしたから……』と手を挙げた師範に討伐の報告を任せて、俺はギルドの隅の待合テーブルで、二人に昨夜の報告をしていた。
「ダメっつか、最後までできなかった」
「ああ、そういうことねぇ」
ウィムはホッとした顔をしてから、にんまりと笑った。
「ギリルちゃんは初めてなんでしょ? そういう事もあるわよぅ。向こうさえその気なら、あとは時間の問題じゃない」
ウィムが気安く俺の肩をペシペシ叩く。
「……と思うだろ?」
俺は現実との温度差に深くため息をついた。
「んんん? 違うのぉ?」
大袈裟に首を傾げるウィムの横で、ティルダムも小さく首を傾げる。
俺は師範の事情には触れずに、現状だけを話した。
「……そう、そんなことがねぇ……。過去によっぽど酷い目に遭ったのねぇ……。まあ、何もないのに、あんなぼんやりした人が人でなくなるなんてことないわよねぇ」
ウィムは、ここではないどこかを見つめて、悲しげに呟いた。
ウィムの頭をティルダムがそっと撫でる。
まるで慰めるような仕草だな。なんて思ってから、俺はウィム達と一緒に過ごしてもう三年目になるのに、ウィムの事もティルダムの事もあんま知らねーんだよな。なんて今さら気付く。
いっつも俺ばっか話聞いてもらってるけど、たまには俺も二人の話とか聞いた方がいいのか……?
そんな事を考えてた俺に、ウィムが尋ねる。
「ギリルちゃんは、師範が人でなくなった時の話は聞いたの?」
人でなくなった時の、話……?
そっか、そりゃ、あるよな。
当然、きっかけが……。
「……いや。ってか俺なんかが聞いても、答えてくんねーんじゃねーかな」
俺の答えに、ウィムがぷぅと片頬を膨らませた。
「あんたたちって、そーゆーちょっと卑屈なとこ、よく似てるわよねぇ」
ティルダムもコクコク頷いて言う。
「なんか。って……」
「そーそー、二人ともよく言うわよねぇ。俺なんか、私なんか、って。そんな卑屈になることないじゃないのねぇ?」
「え。俺と師範が……、似てる?」
思わずニヤけそうになって、俺は頬に力を込めた。
「もぉぉ、喜んでどうするのよぅ。アタシは、あんたも師範もよく頑張ってると思ってるのよぅ?」
だって、俺と師範は似てるとこがなさすぎるんだ。
髪の色も、目の色も、肌の色も、顔付きも、体付きも。
何一つ似てない俺たちは、何処に出かけても親子に間違われることはなかった。
だから、それがたとえ悪い癖でも、俺と師範に似てるとこがあったってのが、俺には純粋に嬉しかった。
「師範はやっぱり長年積み重なってるしぃ? すぐには変えられないでしょうけどねぇ。ギリルちゃんはまだ若いんだから、もうちょっと心がけてみたらどうかしらぁ?」
「そう言われてもな、実際俺なんか師範の足元にも及ばねーしな」
俺は答えて頭を掻く。チラと見れば、報告受付カウンターでは師範の番がようやく回って来たとこだった。
「そうねぇ……。ちっちゃい頃から隣にいる人が強大すぎるっていうのが、ギリルちゃんの卑屈っぽさの元かしらねぇ? 少しでもそういうの感じ取れちゃうと、あんなに大きな存在には遠く及ばないってわかっちゃうものねぇ……」
ウィムの視線が師範を指していて、俺はもう一度横を見る。
どうやら、さっきギルドに入ってきた奴は見える奴だったのか、師範と同じ列に並ぶことに躊躇っているようだ。
まだ間に六人もいるんだし、そんな怯えることねーのにな。
視線を戻せば、ウィムはそれも仕方ないという顔で苦笑している。
「ウィムは見えるくせに、よく平気で俺たちに声かけてきたよな」
「あらぁ、平気そうに見える?」
「ああ」
「うふふ、それならよかったわぁ」
途端、ティルダムがウィムをマントの内に入れた。
なんだ? 無茶をしてほしくない? 心配でたまらない。ってとこか?
もしかして、ウィムは最初から無理して俺たちについてきてんのか……?
「もぅ、ティルちゃんたら、大丈夫よぅ」
ウィムは苦笑しながら、マントからごそごそ出てきて椅子に掛け直す。
「いや、悪ぃ。見えてて平気なわけねーよな」
俺は迂闊な言葉を反省して「ウィム、いつもありがとな」と感謝を伝える。
「ティルダムにも、ほんと助けられてる。ありがとな」
揺れた髪の隙間から、ティルダムの小さな赤い瞳が驚きに開かれてるのがちょっと見えた。
ウィムも大きめの青い目を真ん丸くしている。
「やーんっ。ギリルちゃんが成長してるわぁっ。あの『他人なんてゴミ以下』みたいな顔してたギリルちゃんがっっ」
「……そこまで酷くはないだろ」
まあ実際、旅に出るまで師範以外の人間が割とどうでもよかったのは事実だが。
旅先で伝えられた感謝や向けられた笑顔から初めて知った感情もたくさんあった。
嬉しそうなウィムの横では、ティルダムも分厚いグローブでポフポフと静かに手を叩いている。
「……なぁ。俺、成長してるよな?」
「してるわよぅ~」
「じゃあ、東の奴にも負けねーよな?」
途端、ウィムの笑顔が引き攣った。
「あ、あらぁ……? 話で聞く限りでは、なんか包容力のある年上の人って話じゃなかったかしら?」
「……らしいな」
ウィムは、ウィムにしては珍しく、慎重に言葉を選んでから口を開いた。
「そうねぇ……人にはそれぞれ、好みってものがあるじゃない……?」
くそ、遠回しに言うな。余計刺さるだろ。
「俺だって、……気持ちじゃ誰にも負けねーから」
たとえどんな奴が出てこようと、俺は絶対師範を渡したりしない。
せっかくここまで近づけたのに。
今まで死んだかと思われてたような奴に、横から攫われてたまるか。
「あらぁん、可愛い事言っちゃってもぅ。そーゆー健気で一途なとこがギリルちゃんの魅力よねぇ~」
「はぁ?」
俺の発言に、どっか可愛い要素あったか?
訝しがる俺の頭を、ティルダムが大きな手でポフポフと優しく撫でた。
直に顔に当たる陽の光に、俺は顔をしかめる。
……そっか。ここカーテンねーもんな。
つーか、昨夜は遅くまで奥の部屋からウィムたちの声が聞こえてたせいで、なんかあんま寝た気がしねーな。
ったく、こっちはたったの一度も上手くいかねーってのに、アイツら一体何回やってんだよ。
まあ、今回は俺も師範に抜いてもらえたから、朝から慌てることもねーけどさ。
師範に手でしもらったのなんて、あの時以来だよな。
もう二度と、そんな日は来ないかもって思ったりもしたけど……。
まどろみに、あの時の師範の優しい微笑みと、師範の眼鏡に飛び散った俺の体液がぼんやりと浮かぶ。寝返りを打てば、俺の脚に滑らかな肌が触れた。
あ。やべ。今日は師範と同じベッドで寝てたんだっ……――。
瞼を開けば、寝息がかかりそうなほど近くに、あの日と変わらず美しいままの寝顔があった。
師範の香りと温度に、どくんと脈打つ俺の身体があまりに正直で、俺は苦笑を滲ませながらベッドを抜け出した。
まったく。焦んじゃねーよ、俺。
ここまでどれだけ待ったと思ってるんだ。
こんな一瞬の欲望で、この美しい人を傷付けるなんて事あってたまるか。
つーか師範もさ、せめて服着て寝てくれよ……。
なんかこんな事、ちょっと前にも思ったよな。ああ、ウィムか。
あれはまあ、どうでもいいんだけどな。
一応師範は肌着は着てくれてるけど、師範の肌着は前を紐で結び合わせるタイプだから、喉元とか胸元とか、その……色々チラチラしてんだよな……。
俺は師範の方を見ないようにして、手早く上着と剣の下がったベルトを身に付ける。
教会の出入り口の大きな扉をなるべく軋まないようそーっと開けて、外に出る。
雨上がりの街道にはあちこちに大きな水溜まりが出来ていた。
俺はせっかく乾いた靴を濡らさないよう気をつけながら、いつものように走り出した。
***
「試したぁ!? 試したっていつよぅ。昨日!? えっ、ダメだったの?」
思わず声が大きくなったウィムの名を、ティルダムが静かに呼ぶ。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。すっかり驚いちゃってぇ……」
ウィムがにっこり微笑んで周囲を見回すと、声につられてこちらに集まった視線が散った。
ここは廃教会から半日ほど歩いた町にある冒険者ギルドで、俺たちは討伐成功の報告に来ていた。
報告用のカウンターには列ができていて、列には師範が並んでいる。
師範の前には三人、師範の後ろにも、いつの間にか四人が並んでいた。
『戦闘では出番がありませんでしたから……』と手を挙げた師範に討伐の報告を任せて、俺はギルドの隅の待合テーブルで、二人に昨夜の報告をしていた。
「ダメっつか、最後までできなかった」
「ああ、そういうことねぇ」
ウィムはホッとした顔をしてから、にんまりと笑った。
「ギリルちゃんは初めてなんでしょ? そういう事もあるわよぅ。向こうさえその気なら、あとは時間の問題じゃない」
ウィムが気安く俺の肩をペシペシ叩く。
「……と思うだろ?」
俺は現実との温度差に深くため息をついた。
「んんん? 違うのぉ?」
大袈裟に首を傾げるウィムの横で、ティルダムも小さく首を傾げる。
俺は師範の事情には触れずに、現状だけを話した。
「……そう、そんなことがねぇ……。過去によっぽど酷い目に遭ったのねぇ……。まあ、何もないのに、あんなぼんやりした人が人でなくなるなんてことないわよねぇ」
ウィムは、ここではないどこかを見つめて、悲しげに呟いた。
ウィムの頭をティルダムがそっと撫でる。
まるで慰めるような仕草だな。なんて思ってから、俺はウィム達と一緒に過ごしてもう三年目になるのに、ウィムの事もティルダムの事もあんま知らねーんだよな。なんて今さら気付く。
いっつも俺ばっか話聞いてもらってるけど、たまには俺も二人の話とか聞いた方がいいのか……?
そんな事を考えてた俺に、ウィムが尋ねる。
「ギリルちゃんは、師範が人でなくなった時の話は聞いたの?」
人でなくなった時の、話……?
そっか、そりゃ、あるよな。
当然、きっかけが……。
「……いや。ってか俺なんかが聞いても、答えてくんねーんじゃねーかな」
俺の答えに、ウィムがぷぅと片頬を膨らませた。
「あんたたちって、そーゆーちょっと卑屈なとこ、よく似てるわよねぇ」
ティルダムもコクコク頷いて言う。
「なんか。って……」
「そーそー、二人ともよく言うわよねぇ。俺なんか、私なんか、って。そんな卑屈になることないじゃないのねぇ?」
「え。俺と師範が……、似てる?」
思わずニヤけそうになって、俺は頬に力を込めた。
「もぉぉ、喜んでどうするのよぅ。アタシは、あんたも師範もよく頑張ってると思ってるのよぅ?」
だって、俺と師範は似てるとこがなさすぎるんだ。
髪の色も、目の色も、肌の色も、顔付きも、体付きも。
何一つ似てない俺たちは、何処に出かけても親子に間違われることはなかった。
だから、それがたとえ悪い癖でも、俺と師範に似てるとこがあったってのが、俺には純粋に嬉しかった。
「師範はやっぱり長年積み重なってるしぃ? すぐには変えられないでしょうけどねぇ。ギリルちゃんはまだ若いんだから、もうちょっと心がけてみたらどうかしらぁ?」
「そう言われてもな、実際俺なんか師範の足元にも及ばねーしな」
俺は答えて頭を掻く。チラと見れば、報告受付カウンターでは師範の番がようやく回って来たとこだった。
「そうねぇ……。ちっちゃい頃から隣にいる人が強大すぎるっていうのが、ギリルちゃんの卑屈っぽさの元かしらねぇ? 少しでもそういうの感じ取れちゃうと、あんなに大きな存在には遠く及ばないってわかっちゃうものねぇ……」
ウィムの視線が師範を指していて、俺はもう一度横を見る。
どうやら、さっきギルドに入ってきた奴は見える奴だったのか、師範と同じ列に並ぶことに躊躇っているようだ。
まだ間に六人もいるんだし、そんな怯えることねーのにな。
視線を戻せば、ウィムはそれも仕方ないという顔で苦笑している。
「ウィムは見えるくせに、よく平気で俺たちに声かけてきたよな」
「あらぁ、平気そうに見える?」
「ああ」
「うふふ、それならよかったわぁ」
途端、ティルダムがウィムをマントの内に入れた。
なんだ? 無茶をしてほしくない? 心配でたまらない。ってとこか?
もしかして、ウィムは最初から無理して俺たちについてきてんのか……?
「もぅ、ティルちゃんたら、大丈夫よぅ」
ウィムは苦笑しながら、マントからごそごそ出てきて椅子に掛け直す。
「いや、悪ぃ。見えてて平気なわけねーよな」
俺は迂闊な言葉を反省して「ウィム、いつもありがとな」と感謝を伝える。
「ティルダムにも、ほんと助けられてる。ありがとな」
揺れた髪の隙間から、ティルダムの小さな赤い瞳が驚きに開かれてるのがちょっと見えた。
ウィムも大きめの青い目を真ん丸くしている。
「やーんっ。ギリルちゃんが成長してるわぁっ。あの『他人なんてゴミ以下』みたいな顔してたギリルちゃんがっっ」
「……そこまで酷くはないだろ」
まあ実際、旅に出るまで師範以外の人間が割とどうでもよかったのは事実だが。
旅先で伝えられた感謝や向けられた笑顔から初めて知った感情もたくさんあった。
嬉しそうなウィムの横では、ティルダムも分厚いグローブでポフポフと静かに手を叩いている。
「……なぁ。俺、成長してるよな?」
「してるわよぅ~」
「じゃあ、東の奴にも負けねーよな?」
途端、ウィムの笑顔が引き攣った。
「あ、あらぁ……? 話で聞く限りでは、なんか包容力のある年上の人って話じゃなかったかしら?」
「……らしいな」
ウィムは、ウィムにしては珍しく、慎重に言葉を選んでから口を開いた。
「そうねぇ……人にはそれぞれ、好みってものがあるじゃない……?」
くそ、遠回しに言うな。余計刺さるだろ。
「俺だって、……気持ちじゃ誰にも負けねーから」
たとえどんな奴が出てこようと、俺は絶対師範を渡したりしない。
せっかくここまで近づけたのに。
今まで死んだかと思われてたような奴に、横から攫われてたまるか。
「あらぁん、可愛い事言っちゃってもぅ。そーゆー健気で一途なとこがギリルちゃんの魅力よねぇ~」
「はぁ?」
俺の発言に、どっか可愛い要素あったか?
訝しがる俺の頭を、ティルダムが大きな手でポフポフと優しく撫でた。
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