上 下
10 / 55

五年後(私)

しおりを挟む
『俺、世界で一番強くなって、せんせーの事、絶対守ってやるからな』
あの日そう言って私の手を握りしめてくれた手はまだ小さく、両手を使っても私の片手を覆いきれなかったのに……。
今、私の両手首は、ギリルの片手に易々と拘束されていました。
優しく、力を入れずに握っている様子なのに、私の両手は全く動きそうにありません。
「なっ……何を、するのですか……?」
少年から青年へと姿を変えたギリルの背は私よりも高く、日々の鍛錬で鍛え上げられた全身にはしっかりと筋肉が付いています。
単純な力比べでは、もう私はギリルに太刀打ちできませんでした。
「……師範の願いを、叶えようと思って」
彼は、新緑色をした瞳で真剣に私を見つめて答えました。

私の、願いを……?

彼の言葉に、私は息を呑みました。
ついに……この時が来たのですね……。
待ち焦がれた瞬間に、魂までもが震えるようです。

十代程となったギリルは魔物に苦しめられる村々を救い、町を救い、国を救い、今では名実ともに『勇者』と呼ばれる存在でした。
そしてついに先日、精霊に認められた勇者のみが扱えるという破魔の剣を授けられたのです。
私の願いを叶えることのできる、唯一の剣を。

そこで私は、とうとう彼に私の望みを伝えたのでした。
「私の本当の望みは、ギリルのその剣に貫かれる事です」と。
私の言葉を聞いたギリルは酷く動揺していた様子で「しばらく一人にしてくれ」と半日ほど部屋に篭ってしまいました。

その後も三日ほどギリルは私の顔を見られない様子で、ギクシャクとした気まずい空気の中過ごしていたのですが、どうやらついに覚悟をしてくれたようですね。

……私も、酷な事を言ったとは思っています。
私を師として仰ぎ、私を守るために強くなると言ってくれた子を、騙すような……。
いえ、事実……、私は彼を騙していたのです。
『ギリルが勇者になる事が私の望み』だと言って。

ギリルはそのためだけに、ここまで全ての時間を惜しみなく注いでくれたと言うのに。

そんな彼に、私を殺してくれだなんて……。

罪悪感に目を伏せれば、ギリルはもう片方の手で私の頬を撫でてきました。
こんな時でも、貴方は私を慰めてくれようとするのですか……?
本当に慰めが必要なのは、これから心に大きな傷を負うのは貴方のはずなのに……。
「師範……」
優しく宥めるような声は、私の耳元で聞こえました。
ギリルの匂いはいつもお日様のようですね。
こんなに近くにギリルを感じるのは、久しぶりな気がします。

彼が私の事を好きだと言った日から、私はなるべく彼に触れないようにしていました。
私を殺す時に、彼が少しでも苦しまずに済むように……。

しかし彼はその傍に置いた剣に手を伸ばす事なく、私の服の紐を解き始めました。

ええ、と……?

どういう事でしょうか。
ギリルは片手で器用に私の衣類を緩めると、肌着一枚を私に残して脱がせた衣類を隣のベッドへ放りました。
よく見れば、ギリルも上下共に肌着を一枚残しているのみのようです。
ああ、服が血塗れにならないようにでしょうか。
ではベッドに押し倒されているのも、部屋を血だらけにしない配慮でしょうか? 確かにあちこち飛び散らせてしまっては、この宿の主人にも迷惑がかかってしまいますしね。
それでも外で殺そうとしないのは、やはり人目が気になるからでしょうか。
ギリルは今ではこの国で知らぬ者がいないほどの有名人ですからね……。

けれど、私の身体はあの剣に貫かれればきっと塵になって消えるでしょう。
他の魔物達が皆そうだったように。
……あの日気配が途絶えたあの方も、きっとそうやって消えたのでしょう。
なので、この宿に迷惑がかかる心配はありませんよ。

そう伝えようと口を開きかけた私の唇を、不意に何か温かいものが塞ぎました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...