79 / 94
番外編
『どちらかが十年分の記憶を忘れる薬』を飲まないと出られない部屋(2/7)
しおりを挟む
「えーと……、俺、何してたんだっけ。ってか、ここどこだ?」
レインズはキョロキョロとあたりを見回しながら立ち上がる。
「ありがとな」と照れを残しつつもルストックへ笑顔を向けたレインズが、杖を支えに立ち上がろうとするルストックの姿に凍りつく。
「お、お前……、足、怪我したのか!?」
「…………ああ、随分前にな」
「……随分……? じゃあまさか……、その足って、もう……」
言葉を詰まらせたレインズは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
どうやら、自分よりもさらに辛い思いをする奴がいるようだ。
ルストックは自分の思いをひとまず手放すように努める。まずは目の前の恋人を支えなくては。
「これは俺の不注意だ。お前のせいじゃない」
ルストックはなるべく優しい声で伝えつつ立ち上がると、まっすぐレインズの前まで進み、レインズの頭を片手で抱き寄せた。
「ふぇ!? ル、ルス……!?」
後頭部の傷を避けるようにしつつも自然に回された大きな手のひら。
慣れたその仕草に、レインズは動揺する。
「え、ちょ、急にどうしたんだよっ」
「お前が泣きそうな顔をしてたからだ」
「なっ、泣いてねーし!」
「それならいい」
「……ルス……?」
「お前が一人で泣かないでくれるなら、それでいい」
レインズの頭を宥めるように撫でていたルストックの手がゆっくり離れる。
「ル、ルス、どうし……」
戸惑うばかりのレインズの大きく揺れる青い瞳。
ルストックはそれをどうしようもない気持ちで見つめながらレインズの頬に指を伸ばす。
「え、と……、なんか今日のルス、俺に触り過ぎじゃ――」
頬を撫でたルストックの手が、レインズの細い顎を引き寄せる。
優しく唇を重ねられて、レインズは動きを止めた。
驚きに目を見開いて固まったレインズから、ルストックはゆっくり顔を離すと寂しげに微笑む。
「すまない。性急だったな……」
ルストックが口にした謝罪の言葉に、レインズの見開いたままの青い瞳が揺れた。
「……な、な、な。なん、の、冗談だよ……?」
いつもの笑みを浮かべようとしているらしいレインズが、震える口元をなんとか持ち上げる。
「冗談でこんな事はしない。俺は本気だ」
「………………ふぇ?」
間抜けな声を返したレインズの肩をルストックががっしりした手で掴む。そのまま、ルストックはレインズの青い瞳を覗き込むようにして告げる。
「レイ、俺はお前が愛しい。この世の何より大切に思っている」
「へ? ぇ? ………………えっ!?」
驚いた顔のレインズをルストックは包むように抱きしめる。
言葉通り愛しげに触れてくる親友の姿に、レインズは狼狽えるばかりだ。
「あ、あのさ……、これ、なんかの罰ゲームとかドッキリとか、そういう……?」
素直に喜ぶことができないレインズに、ルストックは寂しげに苦笑を浮かべると「俺がそんな酷いことをする奴だと思うか?」と答えた。
「……っ、ほんとに……。…………本当に……? ルスが、俺のこと……?」
レインズの青い瞳が祈るような色でルストックを見つめる。
「ああ、お前を愛している」
ハッキリと肯定するルストックの言葉に、レインズは息を詰めると宝石のような青い瞳からぼろぼろと大粒の涙を溢した。
「……泣かないでくれ」
ルストックが困った様子でその涙を拭う。
「お……俺、も、ルスの事……っ、ずっと……」
「分かっている」
声を震わせるレインズの金色の頭を、ルストックは胸元にそっと抱え込む。
「お前が俺のことをどれほど思ってくれているのか。俺はもう十分、思い知らされている……」
ルストックの言葉の終わりが重く濁って、レインズは涙に濡れる顔を上げる。
「ルス……?」
「お前は、ずっと俺のそばにいてくれると言っただろう……?」
「え? ……え、と……」
「どうしてそうやすやすと、手放してしまうんだ」
「な、何を……?」
「お前の中の、俺の記憶だよ」
「ぇ?」
「お前だけは……、お前にだけは……俺を捨ててほしくなかった」
酷く暗い顔で俯くルストックに、レインズはおろおろと謝った。
「その、えっと、ごめんな? 俺、ルスに何かしたのか……?」
ルストックはしばらくの沈黙の後、ボソリと答える。
「俺がもし、お前は十年分の記憶を失ったと言ったら信じるか?」
「へ……?」
「お前は忘れてしまっただろうが、俺とお前は今一緒に暮らしてる」
「一緒に……!? 俺と、ルスが!?」
まだ涙を滲ませた青い瞳が、キラキラと輝く。
「ああ」
「うわぁ……マジで……? いや……すげー嬉しい……」
レインズは、ふわりと染まる自分の白い頬を恥ずかしそうに両手で隠した。
その幸せそうな仕草に、ルストックが苦笑する。
片手で杖をつきながら、器用に屈んだルストックは床に落とされていた薬瓶を拾い上げて言う。
「お前は、俺を庇ってこの薬を――……」
シンプルなラベルをレインズへ向けたルストックの言葉が不意に途切れる。
ラベルには内側にも文字が書かれていた。
液体と同じ色の小さな字は、この液体を飲んで初めて読めるようになっていたのだろう。
そこには、薬の効果は部屋を出れば消え、記憶は元に戻ることや、その前に楽しみたい者は室内のベッドと備品を自由に利用してよいとの旨が記されていた。
「これを、俺が飲んだのか……?」
表側のラベルしか見えないレインズが、それをじっと見てから顔を上げると、ルストックは口端を持ち上げてニヤリと不敵に笑った。
レインズはキョロキョロとあたりを見回しながら立ち上がる。
「ありがとな」と照れを残しつつもルストックへ笑顔を向けたレインズが、杖を支えに立ち上がろうとするルストックの姿に凍りつく。
「お、お前……、足、怪我したのか!?」
「…………ああ、随分前にな」
「……随分……? じゃあまさか……、その足って、もう……」
言葉を詰まらせたレインズは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
どうやら、自分よりもさらに辛い思いをする奴がいるようだ。
ルストックは自分の思いをひとまず手放すように努める。まずは目の前の恋人を支えなくては。
「これは俺の不注意だ。お前のせいじゃない」
ルストックはなるべく優しい声で伝えつつ立ち上がると、まっすぐレインズの前まで進み、レインズの頭を片手で抱き寄せた。
「ふぇ!? ル、ルス……!?」
後頭部の傷を避けるようにしつつも自然に回された大きな手のひら。
慣れたその仕草に、レインズは動揺する。
「え、ちょ、急にどうしたんだよっ」
「お前が泣きそうな顔をしてたからだ」
「なっ、泣いてねーし!」
「それならいい」
「……ルス……?」
「お前が一人で泣かないでくれるなら、それでいい」
レインズの頭を宥めるように撫でていたルストックの手がゆっくり離れる。
「ル、ルス、どうし……」
戸惑うばかりのレインズの大きく揺れる青い瞳。
ルストックはそれをどうしようもない気持ちで見つめながらレインズの頬に指を伸ばす。
「え、と……、なんか今日のルス、俺に触り過ぎじゃ――」
頬を撫でたルストックの手が、レインズの細い顎を引き寄せる。
優しく唇を重ねられて、レインズは動きを止めた。
驚きに目を見開いて固まったレインズから、ルストックはゆっくり顔を離すと寂しげに微笑む。
「すまない。性急だったな……」
ルストックが口にした謝罪の言葉に、レインズの見開いたままの青い瞳が揺れた。
「……な、な、な。なん、の、冗談だよ……?」
いつもの笑みを浮かべようとしているらしいレインズが、震える口元をなんとか持ち上げる。
「冗談でこんな事はしない。俺は本気だ」
「………………ふぇ?」
間抜けな声を返したレインズの肩をルストックががっしりした手で掴む。そのまま、ルストックはレインズの青い瞳を覗き込むようにして告げる。
「レイ、俺はお前が愛しい。この世の何より大切に思っている」
「へ? ぇ? ………………えっ!?」
驚いた顔のレインズをルストックは包むように抱きしめる。
言葉通り愛しげに触れてくる親友の姿に、レインズは狼狽えるばかりだ。
「あ、あのさ……、これ、なんかの罰ゲームとかドッキリとか、そういう……?」
素直に喜ぶことができないレインズに、ルストックは寂しげに苦笑を浮かべると「俺がそんな酷いことをする奴だと思うか?」と答えた。
「……っ、ほんとに……。…………本当に……? ルスが、俺のこと……?」
レインズの青い瞳が祈るような色でルストックを見つめる。
「ああ、お前を愛している」
ハッキリと肯定するルストックの言葉に、レインズは息を詰めると宝石のような青い瞳からぼろぼろと大粒の涙を溢した。
「……泣かないでくれ」
ルストックが困った様子でその涙を拭う。
「お……俺、も、ルスの事……っ、ずっと……」
「分かっている」
声を震わせるレインズの金色の頭を、ルストックは胸元にそっと抱え込む。
「お前が俺のことをどれほど思ってくれているのか。俺はもう十分、思い知らされている……」
ルストックの言葉の終わりが重く濁って、レインズは涙に濡れる顔を上げる。
「ルス……?」
「お前は、ずっと俺のそばにいてくれると言っただろう……?」
「え? ……え、と……」
「どうしてそうやすやすと、手放してしまうんだ」
「な、何を……?」
「お前の中の、俺の記憶だよ」
「ぇ?」
「お前だけは……、お前にだけは……俺を捨ててほしくなかった」
酷く暗い顔で俯くルストックに、レインズはおろおろと謝った。
「その、えっと、ごめんな? 俺、ルスに何かしたのか……?」
ルストックはしばらくの沈黙の後、ボソリと答える。
「俺がもし、お前は十年分の記憶を失ったと言ったら信じるか?」
「へ……?」
「お前は忘れてしまっただろうが、俺とお前は今一緒に暮らしてる」
「一緒に……!? 俺と、ルスが!?」
まだ涙を滲ませた青い瞳が、キラキラと輝く。
「ああ」
「うわぁ……マジで……? いや……すげー嬉しい……」
レインズは、ふわりと染まる自分の白い頬を恥ずかしそうに両手で隠した。
その幸せそうな仕草に、ルストックが苦笑する。
片手で杖をつきながら、器用に屈んだルストックは床に落とされていた薬瓶を拾い上げて言う。
「お前は、俺を庇ってこの薬を――……」
シンプルなラベルをレインズへ向けたルストックの言葉が不意に途切れる。
ラベルには内側にも文字が書かれていた。
液体と同じ色の小さな字は、この液体を飲んで初めて読めるようになっていたのだろう。
そこには、薬の効果は部屋を出れば消え、記憶は元に戻ることや、その前に楽しみたい者は室内のベッドと備品を自由に利用してよいとの旨が記されていた。
「これを、俺が飲んだのか……?」
表側のラベルしか見えないレインズが、それをじっと見てから顔を上げると、ルストックは口端を持ち上げてニヤリと不敵に笑った。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる