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番外編

暑い夏の日の、中隊長達【読切】

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鮮やかな金髪と碧眼を持ち合わせた眉目秀麗な男は、棟から一歩外に出た途端、刺さるような陽射しに目を眇めた。
「今日も暑っちぃなぁ……」
季節は夏真っ盛り。暑いのは当然だったが、それでも口に出さずにいられない程の熱気にレインズはうんざりする。
レインズの明るい金髪は日の光にキラキラと輝くようで、自然と周囲の視線を集めた。
城壁の反対角、随分と距離のある隣棟から出てきた黒髪の男が、輝く金色に惹き寄せられるように振り向くと、小さな黒い瞳を僅かに細める。
片腕で杖をつきながら歩く黒髪の男がレインズの方へと数歩歩めば、レインズも足を止めて男の方を見た。

レインズの青く澄んだ宝石のような瞳が、黒髪の男の姿を捉えた途端輝きを増す。嬉しさを隠しきれないレインズの様子に、黒髪の男も口元を緩めた。
「ルスっ」
ぱあっと破顔して名を呼んだレインズが、ハッと口を押さえる。白く長い指が覆う口元と僅かに染まる頬に、黒髪の男の脳裏を昨夜のレインズが掠める。
「……じゃなかった、ルストック」
言い直したレインズに、ルストックは苦笑して返す。
「レインズ、休憩か?」
「ん、なんか飲もうと思ってさ」
「ふむ。この時間なら、今日は氷売りが来ているかも知れないな」
「えっ、マジ!? 行く行く! ルスも行こーぜ!」
ルストックの話題に食い付いて無邪気な笑顔を見せる男へ、ルストックは頷きと微笑みを返した。

中庭では、氷売りの小さな屋台に人だかりが出来ていた。
城勤めの女性集団が立ち去ると、残った客の半分以上が若い騎士達となる。
「混んでんなぁ」
「お前が行けば空くだろうよ」
「そーゆーのは嫌なんだよなぁ」
城壁際の日陰に入ると、レインズは壁に背を預けて若い隊員達が氷菓を手にする様を眺めた。
冗談でも言い合っているのか、楽しそうに笑い合う隊員達は夏の日差しを浴びて輝いている。
「なんか懐かしいな。俺達もあんな頃があったよな」
入隊してすぐの頃を思い出してか、レインズは屋台に視線を投げながらもどこか遠くを見ていた。
ルストックの内に、まだ若い頃のレインズが蘇る。
鮮やかな剣捌きに揺れる金の髪。細くしなやかな肢体から繰り出される一撃は思う以上の重さを持っていて騎士達を驚かせた。人懐こい笑顔と透き通るような肌は、あれから二十年を過ぎても尚、変わっていないように思える。
あの頃から、この男はずっと……。
そこまでで思考を打ち切ると、ルストックは「そうだな」と同意してから言葉を足す。
「お前もあまりのんびりしていては、次があるだろう?」
レインズは苦く笑うと、膝に手をついて答えた。
「ま、そーなんだけどさ」
青い瞳がじっとルストックを見上げる。
求められるような視線に、黒髪の男は知らず喉を鳴らした。
「……ルスと、もうちょい一緒にいたくてさ」
ポツリと零された小さな声は、ルストックにだけハッキリと聞こえた。まるで耳元で囁かれたかのように。
ルストックは、視線を屋台へ向ける。
このまま視線を合わせていたら、ここがどこかも忘れて、腕を伸ばしてしまいそうだった。
屋台では、ちょうど最後の若い隊員が支払いを済ませるところだ。
「ほら空くぞ」
「お、行ってくるっ」
レインズが屋台に近付けば、若い隊員達が慌てて道を譲る。
背筋を伸ばして緊張顔で挨拶する隊員達に、レインズはひらひらと手を振って笑顔で応える。
そんな姿に、ルストックは今朝聞いたばかりの話を思い出していた。どうやらレインズには城内と城外にそれぞれある御婦人方のファンクラブだけでなく、騎士団内にも隊員達によるファンクラブがあるらしい。
騎士団内には元々騎士団長やレインズの鮮やかな剣技に憧れる隊員が多かったが、ファンクラブともなると尊敬の念だけではないのだろう。
顔の両側でサラリと揺れる明るい金髪、陶器のようなきめ細やかな白い肌、美しく整った彫像のような顔立ちをしていながら気さくに微笑む横顔。
あの青く澄んだ瞳で見つめられたら、虜になってしまうのも仕方ない気はする。しかし、恋人としてはこれ以上ファンを増やされて、またイムノスのような変な輩に気に入られてはたまったものではない。

ルストックが杖をつきつつ屋台に向かうと、屋台の周囲でレインズに目を奪われていた隊員達が少し距離を取った。
レインズは屋台の氷菓を睨んで難しい顔をしている。
「んー……。どっちがいいかなぁ」
「どうした」
声をかけられて、両手に氷菓を握ったまま振り返ったレインズが、ルストックへ無邪気に笑いかける。
「なあルストック、どっちが美味いと思う?」
手にしているのは棒状の氷菓とクッキーで挟んだ氷菓のふたつだ。
棒状の氷菓は指で輪を作ったほどの太さで、それなりに口を開かなければ入らないだろう。ルストックは思わずそれがレインズの口から出し入れされる様を想像してしまう。たとえそうでないとしても、冷えた棒に柔らかな舌を絡める姿は見られるだろう。
一方クッキーで挟まれているのは乳白色のミルク系アイスだ、その形状にこの暑さでは、食べている間に溶け出した液体がレインズの肌を伝うことになるだろう。
レインズの柔らかな口元へも、下手をすれば顎を伝って喉元や胸元へも白濁した液体が滴り落ちるかも知れない。
「……どちらも捨て難いな」
ルストックの答えに、レインズは苦笑する。
「そーなんだよなぁ……。両方買っちまうか? 腹壊すかなぁ? あ、半分食うか?」
レインズの提案にルストックは首を振る。
「俺は遠慮しておこう」
屋台の主人に声をかけ、ルストックは2枚の硬貨と引き換えに瓶に入った飲み物を受け取る。
「そか。じゃあ俺が全部食うか」
呟いて、レインズは財布を取り出した。
その横でルストックは屋台の端に紐で下げられている栓抜きを手に取り瓶を開ける。

そうして二人はまた、中庭の端……先ほど背を預けていた壁際に戻った。

「あー、久々に食うと美味いわ。三個でもいけたかな」
レインズは顔にかかる横髪を左側だけ耳にかけ、ほんの少し顔を傾けて棒状の氷菓を齧る。
ルストックがじっとりした視線を感じて振り返れば、屋台のあたりから若い隊員が三人、微動だにしないまま遠目にレインズを見つめていた。
レインズの横に並んでいたルストックが背を壁から離してレインズの前へ回る。
夢中で氷菓を舐めるレインズの姿は、ルストックの背に隠れた。
「でも最近あんま運動してねーからなぁ。二個も食べたら太るかな」
棒付きの物を食べ終えたレインズが二つ目を齧りながら言う。
後に回したせいで、溶け出した乳白色の液体はレインズの手を静かに伝っている。
「うわ、溶けてきた」とレインズが自身の手を舐め上げる姿から、ルストックはなんとか目を逸らして瓶の中の液体を飲み干した。
「……それは大丈夫だ」
「ん?」
いつもより心なしか低いルストックの声に、レインズは視線を上げる。
「俺が、摂取カロリー以上に運動させてやろう」
「んん……?」
レインズが見上げたルストックは、黒い瞳の奥に隠しきれない欲を宿していた。茶色がかった黒髪を片手で撫で付ける姿にも、色気が溢れている。
「な、なんかルス、……スイッチ入ってないか?」
笑顔をほんの少し引きつらせてレインズが尋ねれば、ルストックは口端を持ち上げる仕草だけで肯定した。
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