【ノンケほだされ】Purple Violet【健気受け】鈍感クソ真面目男前←(激重感情)←軽いノリを装う純情一途

良音 夜代琴

文字の大きさ
上 下
40 / 94

第6話 こぼれた水(12/13)

しおりを挟む
不意に。ルスが大きく溜息を吐く。
嫌な予感に、どきんと心臓が跳ねた。
何か。
何か言わないと……。

「今、俺は、お前に優しくしてやれそうにない」
ルスの静かな言葉が胸に刺さる。
「お前は、お前の家に帰ってくれ」
ルスはそう言うと、今までより少し早足で歩き出す。
俺と、距離を取ろうとするように。

俺は必死で駆け出してその腕を掴んだ。
「ルス……。ルス、嫌だ……。俺はもう、離れたくない……」
頼む、俺から離れないでくれ。
だってお前は、俺の見てないところですぐ危ない目に遭うじゃないか……。
「レイ……」
ルスの声には、戸惑いが混じっている。
振り払われなかった腕に、俺は縋った。
「ルスが俺に優しくできないのは、俺のせいだろ? 俺がお前を傷付けたんだから、俺はルスに傷付けられてもいいんだよ。そばに……」
「馬鹿な事を言うな」
ルスの声に、チリリと苛立ちが浮かんでいる。
お前それ、俺のために……苛立ってんのか?
「……な、何でだよ……、ルスは俺には何でも言えって言う癖に、なんで俺には――」
「それはお前だろ!!」
怒りの込められた声で怒鳴られて、身が竦む。
「…………俺……?」
口にして、ようやく俺は思い至る。
風呂場で漏らした俺の嘆きと、ルスが残した赤い血痕。
「辛いなら辛いと……俺は、お前に打ち明けて欲しかったんだ!」
…………ああ、本当に。……そうだよな……。
後から『辛かったのだ』と知るのは胸が絞られるようだと、俺も今日思い知った。
なのに、先にそう思わせていたのは、俺だったんだ……。

「お前が、俺が忘れてしまった俺の事を大事にしてくれてるのは分かっていた。だが、俺は今も昔も俺一人しか居ないというのに……」
ルスはゆっくり振り返ると、苦しげに眉を寄せたまま俺を見る。
真っ直ぐに。悲しみと祈りの込められた眼差しで。
「俺を……今の俺を見てくれ。俺の事だけを……」
のぼり始めた月に照らされて、ルスの輪郭が夕闇にほんのり浮かんでいる。
「ルス……」
俺は、ルスから目が逸らせない。
こんな切なげな表情を向けられたのは、初めてだった。
「認めるのも悔しいが、俺は嫉妬しているんだ……」
ぽつりと零されて、俺は目を見開いた。
「お前の心を埋め尽くしている、俺ではない俺に」
ルスは寂しげにそう言って、黒い瞳を揺らすと強引に俺に口付けた。
……――ちょ、おまっ、まだ、外だぞっっ!?
動揺したのは俺だけで、ルスはそっと唇を離すと自嘲の混ざった声で言う。
「……滑稽だろう? 自分自身が、恋敵だなんてな」

月光を背に浴びて、ルスの輪郭で黒髪が艶やかに光る。
小さな瞳が痛みを抱えたまま、俺を見ている。
俺を真っ直ぐ、求めている……。

知らず、ごくり、と喉が鳴った。
どうしようもない喜びに胸が震える。

「ルス……」
俺の口から出たのは、震えた小さな声だった。

「レイ、全部話してくれ。俺の忘れてしまった俺との事を、全部……」
真剣な眼差しに射抜かれて、俺は頷いた。

部屋に戻れば、もうすっかり冷めてしまった鍋が待っていた。
そういやそうだったな。なんて思い出しながら、作りかけだった鍋に火を入れて二人で作って食べた。
ルスは、俺の知らないうちに料理の腕をぐんとあげていた。
この一ヶ月、一緒に過ごす間に初めて知った事だって色々あったのに。
俺は、それを大事にできてなかったんだな……。

俯いた俺に気付いたルスが、不意に顔を寄せて、ぺろりと俺の耳を舐める。
「なっ……何……っ!?」
慌てた拍子に、両手に持っていた二つのボウルから汁が跳ねる。
手が塞がってる時に、いきなり何してくれんだよっっ。
顔を見れば、ルスは慌てる俺の様子に満足したような表情を浮かべていた。
……なんだ? 俺、からかわれてんのか?
恥ずかしさから、カアッと頬が赤くなる。
「何を気にしてるんだ? 何でも話せと言っただろう」
ルスは、目を細めてそう言った。

ああそうか。ルスは、俺がルスを前に俯いた事が嫌だったんだ。
それで、無理矢理にでも俺の注意を引きたくなって……?
「……っ」
何だそれ、何だよそれ……っっ。
ルスが妬いてくれた事がたまらなく嬉しくて、俺は口元を押さえた。
じゃないと、口が勝手ににやけてしまう。

ルスは、そんな俺に気付いたのか、ちょっとだけ照れ臭そうに言った。
「……冷めないうちに食べるぞ、話は食べながら聞かせてもらおう」

そうして、俺はあの日の話を始めた。
あの日、俺が酔い潰れて団長の手配した鳥車に乗ったところまでは、ロッソに聞いたらしい。
ルスは飛び出してから、俺との思い出を埋めようと「心当たりをあたっていた」とバツの悪そうに告げた。
俺がもっと……、もっと早くに何でも話せば良かったんだよな……。
後悔する俺の頬を、ルスの温かな手が撫でる。
黒い瞳が、優しく慰めるように俺を見ている。
温かな眼差しに導かれるままに、俺は話した。
食事を終えて二人で後片付けをしながらも、話し出した俺の言葉は、止まらなかった。
ソファにピッタリ寄り添って。
泣いたり笑ったり、口付けたりしながら、俺は全てをルスに話した。
あのたった二日の、でも俺にとって、人生で最高に幸せだった時の話を。

花束の話になって、ルスは「それは叔母さんから聞いた」と言った。
「へ……? そ……そっか……」
わざわざ、花屋まで俺の話を聞きに行ってくれてたんだ……。
嬉しさと、叔母さんにそれをもう一度言わせてしまった恥ずかしさと、そうしなければならなかったルスから伝わってしまっただろう俺の不甲斐なさに、胸の中の感情が何とも言えない色に混ざる。

俺は花束を受け取った日に見送ったルスの背と、怪我をさせてしまった日に森で見たルスの様子までを伝えて、ようやく長い話を終えた。
気付けば、時計の針は日を跨ごうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

胸キュンシチュの相手はおれじゃないだろ?

一ノ瀬麻紀
BL
今まで好きな人どころか、女の子にも興味をしめさなかった幼馴染の東雲律 (しののめりつ)から、恋愛相談を受けた月島湊 (つきしま みなと)と弟の月島湧 (つきしまゆう) 湊が提案したのは「少女漫画みたいな胸キュンシチュで、あの子のハートをGETしちゃおう作戦!」 なのに、なぜか律は湊の前にばかり現れる。 そして湊のまわりに起こるのは、湊の提案した「胸キュンシチュエーション」 え?ちょっとまって?実践する相手、間違ってないか? 戸惑う湊に打ち明けられた真実とは……。 DKの青春BL✨️ 2万弱の短編です。よろしくお願いします。 ノベマさん、エブリスタさんにも投稿しています。

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜

𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。 だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。 そこで出逢った簫 完陽という料理人に料理を教えてもらうことに。 そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?! 料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕! ※、のところはご注意を。 念のため、R15設定。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。

みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。 事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。 婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。 いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに? 速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす! てんやわんやな未来や、いかに!? 明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪ ※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...