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第6話 こぼれた水(6/13)
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そうして、すっかり日が暮れた頃、何やらギクシャクとした様子で俺の前に姿を表したのが、この鮮やかな金髪を後ろで一つに括った青い瞳の男だった。
「よぉ……ルス……。その…………俺の事…………。い、いや。怪我は大丈夫か?」
「ああ、頭の怪我は、全治一週間ほどだそうだ」
俺の声に、金髪の男は酷くホッとした顔をする。
まるで、このまま泣き出すのではないかと思うほどに、男は瞳を滲ませた。
「ええと、ルスさえ良ければ、明日の夜には家に帰っても良いそうなんだが、どうする?」
「そうだな。怪我人も多いようだし、元気な私がベッドを占拠しておくのは良くないだろう。退院とさせてもらおう」
「そしたら、俺ん家来るか? それとも、自分の家が落ち着くか?」
尋ねられ、この男がその、俺の世話を任されてる奴なのか、と気付く。
少なくとも、俺をこのように気安く家に泊めるほどには仲の良い奴だったらしい。
名を呼ぼうかとして、躊躇う。
記憶を失っているとは言え、人から聞いた名でいきなり呼ぶのは、やはり違う気がした。
「君の名を、教えてもらってもいいか?」
俺の言葉に、彼は息を詰めた。
「そ…………だよな……。ルス……自分の名前も、覚えてない……っ、て……」
じわりとその青い瞳が滲むと、俺の胸が痛んだ。
「すまない。人から聞いてはいたのだが、勝手に呼ぶのもどうかと思い……」
彼を傷つけてしまった事を、心から申し訳なく思う。
俺の言葉に、彼は泣き笑いのような顔で呟く。
「そゆとこは、変わんねぇのな……」
彼は心を整えるように、深呼吸を一つして、答えた。
「俺はレインズだ」
「レインズ……美しい、良い名だな」
先ほど騎士団長から聞いた名よりも、この男が口にした時の方が、その名はずっと美しく聞こえた。
「……っ」
レインズは小さく息を詰めて、その傷一つない美しい頬を赤く染めた。
「お、俺の事は、レイって呼んでくれ」
「私が、そう呼んでいいのか?」
「ああ、俺もお前を、ルスって呼んでるからな」
「そうなのか……」
彼とは互いに短く呼び合う間柄だったらしい。
俺の言葉に、赤くなったり青くなったりと忙しいこのレインズという男は、看護師に、面会時間は過ぎてるのにいつまで居座るのかと、消灯だからもう帰れと追い出されるまで、俺のそばで色々な話をしてくれた。
「明日の仕事が終わり次第、迎えに行くからな。支度して待ってろよ」
と言って、レインズは最後まで俺の顔を名残惜しそうに見つめていた。
悪い奴ではなさそうだが、派手な見た目通り、騒がしい奴だったな、と。
俺はその晩、苦笑を浮かべて眠った。
翌日、この派手な顔をした優男は、俺の家までついてくると、なぜか自分の持つ鍵で俺の家の戸を開けた。
「玄関、鍵かけろよ」
言われて、その通りにしながら、内心首を傾げる。
なぜこの男が、俺の家の鍵を持っているんだ?
「えっと、なんか分かんねー事ないか?」
そう言いながら、この男は、俺の部屋をよほど知ってるのか、スイスイと寝巻きを出したり、干されたままだった服を畳んだりしている。
「ここが部屋着で、ここが……」
「大丈夫だ。その辺のことは覚えている」
俺の言葉に、レインズは小さく肩を震わせると、悲しげに瞳を伏せた。
「……そっか、良かった……」
いや、待て。顔と言葉がまるで合っていないだろう。
レインズは、静かに俺の前に立つと、躊躇いがちに俺を見る。
「あのさ……。ルス、その……。お前に、触れても、いいか?」
「? まあ、構わんが……」
友人からのスキンシップを断る理由は特にない。
そう思って頷くと、レインズはその長い指先で俺の頬をそっと包んだ。
そのまま、俺の頬を、目元を、顎を、いかにも大切そうに、ゆっくり撫でる。
……これは果たして、友人からのスキンシップと呼べる物だろうか?
「レインズ。君は私に『分からない事はないか』と問うが、私は正直、君が分からない。君は私の、何なんだ?」
尋ねれば、レインズは視線を彷徨わせる。
「お、俺は、お前のしんゆ………………っ、いや」
意を決したような青い瞳が、祈るように俺を見る。
「恋人だって、言ったら、信じてくれるか……?」
何だその言い回しは。
「どうしてだ。君は男じゃないのか?」
「っ、そうなんだけど、さ……」
言葉を濁そうとする男に、俺は尋ねる。
この男に関しては、どうにも分からない事だらけだった。
「それでどうして、君が私の恋人になるんだ?」
俺の言葉を聞いた男の青い瞳に、絶望が映る。
崩れるように俺から視線を逸らした男の、奥歯が小さく軋んだ音を立てた。
「よぉ……ルス……。その…………俺の事…………。い、いや。怪我は大丈夫か?」
「ああ、頭の怪我は、全治一週間ほどだそうだ」
俺の声に、金髪の男は酷くホッとした顔をする。
まるで、このまま泣き出すのではないかと思うほどに、男は瞳を滲ませた。
「ええと、ルスさえ良ければ、明日の夜には家に帰っても良いそうなんだが、どうする?」
「そうだな。怪我人も多いようだし、元気な私がベッドを占拠しておくのは良くないだろう。退院とさせてもらおう」
「そしたら、俺ん家来るか? それとも、自分の家が落ち着くか?」
尋ねられ、この男がその、俺の世話を任されてる奴なのか、と気付く。
少なくとも、俺をこのように気安く家に泊めるほどには仲の良い奴だったらしい。
名を呼ぼうかとして、躊躇う。
記憶を失っているとは言え、人から聞いた名でいきなり呼ぶのは、やはり違う気がした。
「君の名を、教えてもらってもいいか?」
俺の言葉に、彼は息を詰めた。
「そ…………だよな……。ルス……自分の名前も、覚えてない……っ、て……」
じわりとその青い瞳が滲むと、俺の胸が痛んだ。
「すまない。人から聞いてはいたのだが、勝手に呼ぶのもどうかと思い……」
彼を傷つけてしまった事を、心から申し訳なく思う。
俺の言葉に、彼は泣き笑いのような顔で呟く。
「そゆとこは、変わんねぇのな……」
彼は心を整えるように、深呼吸を一つして、答えた。
「俺はレインズだ」
「レインズ……美しい、良い名だな」
先ほど騎士団長から聞いた名よりも、この男が口にした時の方が、その名はずっと美しく聞こえた。
「……っ」
レインズは小さく息を詰めて、その傷一つない美しい頬を赤く染めた。
「お、俺の事は、レイって呼んでくれ」
「私が、そう呼んでいいのか?」
「ああ、俺もお前を、ルスって呼んでるからな」
「そうなのか……」
彼とは互いに短く呼び合う間柄だったらしい。
俺の言葉に、赤くなったり青くなったりと忙しいこのレインズという男は、看護師に、面会時間は過ぎてるのにいつまで居座るのかと、消灯だからもう帰れと追い出されるまで、俺のそばで色々な話をしてくれた。
「明日の仕事が終わり次第、迎えに行くからな。支度して待ってろよ」
と言って、レインズは最後まで俺の顔を名残惜しそうに見つめていた。
悪い奴ではなさそうだが、派手な見た目通り、騒がしい奴だったな、と。
俺はその晩、苦笑を浮かべて眠った。
翌日、この派手な顔をした優男は、俺の家までついてくると、なぜか自分の持つ鍵で俺の家の戸を開けた。
「玄関、鍵かけろよ」
言われて、その通りにしながら、内心首を傾げる。
なぜこの男が、俺の家の鍵を持っているんだ?
「えっと、なんか分かんねー事ないか?」
そう言いながら、この男は、俺の部屋をよほど知ってるのか、スイスイと寝巻きを出したり、干されたままだった服を畳んだりしている。
「ここが部屋着で、ここが……」
「大丈夫だ。その辺のことは覚えている」
俺の言葉に、レインズは小さく肩を震わせると、悲しげに瞳を伏せた。
「……そっか、良かった……」
いや、待て。顔と言葉がまるで合っていないだろう。
レインズは、静かに俺の前に立つと、躊躇いがちに俺を見る。
「あのさ……。ルス、その……。お前に、触れても、いいか?」
「? まあ、構わんが……」
友人からのスキンシップを断る理由は特にない。
そう思って頷くと、レインズはその長い指先で俺の頬をそっと包んだ。
そのまま、俺の頬を、目元を、顎を、いかにも大切そうに、ゆっくり撫でる。
……これは果たして、友人からのスキンシップと呼べる物だろうか?
「レインズ。君は私に『分からない事はないか』と問うが、私は正直、君が分からない。君は私の、何なんだ?」
尋ねれば、レインズは視線を彷徨わせる。
「お、俺は、お前のしんゆ………………っ、いや」
意を決したような青い瞳が、祈るように俺を見る。
「恋人だって、言ったら、信じてくれるか……?」
何だその言い回しは。
「どうしてだ。君は男じゃないのか?」
「っ、そうなんだけど、さ……」
言葉を濁そうとする男に、俺は尋ねる。
この男に関しては、どうにも分からない事だらけだった。
「それでどうして、君が私の恋人になるんだ?」
俺の言葉を聞いた男の青い瞳に、絶望が映る。
崩れるように俺から視線を逸らした男の、奥歯が小さく軋んだ音を立てた。
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