【ノンケほだされ】Purple Violet【健気受け】鈍感クソ真面目男前←(激重感情)←軽いノリを装う純情一途

良音 夜代琴

文字の大きさ
上 下
33 / 94

第6話 こぼれた水(5/13)

しおりを挟む
目覚めたら、見知らぬ部屋のベッドの上だった。
どうやら、病院のような場所らしい。
城に隣接されたこの場所は、規模は大きいものの医務室と呼ぶとの事だ。

女医に名を尋ねられ、俺はそれに答えられなかった。
頭を打ったせいで、一時的に記憶を失っているのだろう、と彼女は診断した。
俺のことを知っているらしい女医は、俺を安心させるように柔らかく微笑んで言った。
「今までが頑張りすぎだったのよ。良い機会だと思って、しぱらくゆっくり休んで」

俺が頑張っていたかどうかは分からないが、他にできることもなさそうなので、退院の許可が出るまでは病室で横たわっていることにする。
打った頭の怪我以外に、痛むところはない。
右足は以前の怪我のせいで動かないらしいが、強く押さえない限り痛みはなかった。
幸い、生活の手順は体が覚えているようで、着替えたり食べたりする日々の事に、そう不自由はしなかった。

「隊長っ! 大丈夫ですか!?」
翌日、俺の病室に駆け込んで来たのは短い金髪を清潔そうに整えられた、金眼の若い男だった。
大仰な張り出しのある立派な甲冑は、時々運び込まれる隊員達の物とは一見して違っている。
『隊長』というのは、おそらく俺の事なんだろう。
彼の後ろには、長い黒髪を後ろでひとつに括った小柄な男……男か? 女にも見えそうな外見だったが、低く囁く声は男のものだった。
「勇者様、病室ではお静かになさってください」
ああ、この青年が今の勇者なのか。まだ若そうだな。
「隊長……、俺、隊長が記憶喪失って聞いて……」
俺を見つめる、心配で堪らないという様子の、今にも泣き出しそうな金髪金眼の青年。
その名はやはり、思い出せなかった。
ただ、彼を泣かせてはいけない気がして、笑って答えた。
「もう大丈夫だ、心配するな」
「隊長……」
ホッとした顔を見せた青年が、その表情を引き締める。
二十歳そこそこに見えたその青年は、見る間に勇者と呼ばれるにふさわしい凛とした顔になった。
「第九中隊は、俺が命に換えても守ります。隊長はどうか、安心して休んでください」
強い覚悟の込められた言葉。けれどその響きはどこか優しく、包み込むような温かさを持っていた。
ああ、強い心と優しさを持った、良い青年だなと思う。
こんな部下なら、俺はさぞ大事に育てたんだろう。
自然と口元が緩む。その後ろから小柄な男が口を挟んだ。
「命に換えられては困ります」
「あ、そっか。じゃあ……誠心誠意、務めます」
その素直な様子に、彼の伸びやすさを感じる。
俺が育てたのなら、きっともう、ずいぶん強いのだろうな。
俺は、見知らぬ彼の誠実そうな様子と、その彼に隊を任せたらしい過去の自分を信じて微笑んだ。
「ああ、頼むぞ」

それからも、俺の病室には幾人もの人間が、入れ替わり立ち替わり、謝ったり礼を告げたりしにきた。
医者にはゆっくり休めと言われたものの、これでは休む暇もないな。
そう思っていた夕暮れ、出された夕食を有り難くいただいていた俺の部屋を訪れたのは、淡い金髪を肩下まで伸ばした淡い金眼の男だった。
部屋まで案内してきたらしい看護師が「ええと、こちら騎士団長の……」と俺に紹介しようとしてくれていたが、男にそれを手で制されて、部屋を出てゆく。
「記憶が飛んだと聞いたが。どこまで覚えている?」
氷のように冷たい眼差しが、探るように俺を見据えていた。
挨拶も無しに失礼な態度だとは思うものの、彼はそれが許される立場という事なのだろう。
「残念ながら、自分の名も、教えてもらったばかりです」
俺が正直に答えると、淡い金の瞳がほんの少しだけ、小さく揺れた気がした。
「私の名は?」
尋ねられ、首を振る。
「自身の所属は?」
「教えては、もらいました」
「勇者の名は?」
「今日、顔を見ましたが、分かりませんでした」
「……」
騎士団長は、しばらく沈黙する。
「……レインズの事は?」
覚えの無い名に俺が首を振ると、騎士団長は「そうか」と僅かに瞳を伏せた。

俺には、妻も子も、親戚すら居ないと聞いた。
それなのに、ただ一人名前を尋ねられたのは、一体何者なのか。

「お前の世話はレインズに任せる。困ったことがあれば、何でも奴を頼れ。それでも解決しないときには、いつでも俺を頼っていい」
「……はい……」
言われて、とりあえず俺の事をよく知っている人物らしいという事だけは理解する。
「此度は、怪我を押しての出撃、苦労をかけたな。ゆっくり休め」
そう言い残すと、彼は部屋を出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~

大波小波
BL
 フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。  端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。  鋭い長剣を振るう、引き締まった体。  第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。  彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。  軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。  そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。  王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。  仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。  仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。  瑞々しい、均整の取れた体。  絹のような栗色の髪に、白い肌。  美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。  第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。  そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。 「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」  不思議と、勇気が湧いてくる。 「長い、お名前。まるで、呪文みたい」  その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

処理中です...