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第6話 こぼれた水(3/13)
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レインズは、一週間ぶりの戦いとは思えないほどに、隊の先頭でのびのびと剣を振るっていた。
俺は、レインズの明るいオレンジのマントが翻るのを、隊の中程から眩しく目を細めて見ていた。
杖を付いた俺の片腕では、剣はそれまでの半分の威力すら出なかった。
時折、力の入らない足が朝露に湿った森の中で滑ってしまうのを、両脇で若い隊員が支えてくれていた。
「おっと」
「……大丈夫ですか?」
「ありがとう。世話をかけるな」
「いえ……、その……お疲れでしたら、少し休みましょうか?」
気遣わしげな視線に、何だか居た堪れなくなってしまう。
「いや、今はやめておこう。せっかくの快進撃に水を差したくないからな」
俺の言葉に、淡い茶色の髪を揺らして、若い隊員が笑った。
レインズは、ザクザクと魔物を倒しつつ、時折、俺の方を見ては自慢げに笑う。
……いささか調子に乗せ過ぎてしまっただろうか。
けれど、ここ数日泣き顔ばかりを見せていたあいつが、いつものように生き生きと話し、剣を振るう姿に俺は救われていた。
あの日……、初めての魔物を前に震えていた、まだ若いあいつの背がぼんやりと浮かぶ。
俺と共にあるためだけに、磨かれてきた剣、か。
そんな苦労を背負い込む程、自分に価値があるとは思えなかったが、あいつがそう言ってくれる自分を卑下するわけにもいかんだろう。
せめて、引退前にあいつの勇姿を目に焼き付けておこうと、俺は、苦笑を滲ませて、重い体を引き擦った。
その魔物は、未だかつてないほど素早かった。
リスのような姿の魔物は、森の中を目にも止まらぬ速さで駆け回りながら、そのついでに一人、また一人、と引っ掛けるように隊員達を倒していた。
ぞくり。と背を這う気配に、俺は隣の青年を覆うように屈む。
ヂリッと金属の削れる嫌な音が耳に刺さる。
何とか、甲冑が抉られただけで済んだようだ。
「ぁ、ありがとうございま……」
「姿勢を低く、静かに」
短く告げれば、青年は黙って従った。
屈んだまま見回せば、立っている隊員はもう十人も残っていない。
あちこちで呻きが上がり、血の匂いが漂う。
一撃が軽いという事だけが救いだろうか。
今のところ重症というほどの者はいないようだが、この調子で何度も喰らえば、いずれやられる者が出る。
「ルスっ!」
そんな中、俺の元にレインズが駆け付けようとする。
おい、動くんじゃない!
お前みたいな目立つのが不用意に動けば、狙ってくれと言ってるようなもんだ!!
叫びたいのをグッと飲み込む。
隊員達の見ている前で、お前達の隊長は場の状況も見えてないアンポンタンだと言うわけにもいくまい。
魔物は、案の定レインズを狙った。
素早く頭上で木を蹴り、宙返りをするような仕草で、レインズへ降る。
「上だ!」
レインズはその一撃を剣で受け……きれず、何とかいなす。
身をかわして崩れた体勢を立て直し、魔物へ剣を振る時にはもう、相手は間合いの外にいた。
さっきから、それの繰り返しだった。
俺は、俺のところまで来てしまったレインズに、内心ため息を吐きながら、両脇にいてくれた若者達に礼を告げ、しばらく離れておくよう伝える。
目立つレインズの側にいては、この青年達では対応が間に合わずやられてしまうだろう。
仕方がない。
どこまでやれるか分からないが、やれるだけやってみよう。
俺は杖を手放すと、レインズに背を預ける。
両手で振らなければどうしようもない。
それに足がついていけるかは自信がなかったが。
「ルス……」
そう嬉しそうな声を出すな。
それに、公の場では略さず呼ぶよう言っているだろう。
俺は、小言を飲み込みながら告げる。
「これで死角はないだろう?」
「おう!」と弾む声で答えるレインズ。
ここまで、魔物の動きを目で追うレインズは、それに合わせて何度も振り返らなければならなかった。
しかし、これならばそうやって姿勢を崩されることもない。
相手が来た瞬間、全力の一撃を放つまでだ。
「分かってるな、右だ」
俺達はどちらも右利きだ。中央より右側をお互いが補う。
「任せろ!」と元気いっぱい答えたレインズに、魔物が飛びかかった。
レインズは機会を逃す事なく、一撃でその首から胴までを裂く。
魔物が、レインズより弱い俺を狙わずいてくれて助かった。
レインズと並べば、俺の方がずっと地味だったからだろうか。
レインズは、気を緩める事なく、魔物にとどめの一撃を突き立てる。
それを見届けて、隊員達がワッと沸いた。
やれやれ。なんとかなったな……。
俺は屈んで、一度手離した杖を拾い上げた。
その時、耳を近付けた地中から、今まで何度も戦場で聞いた、カチカチという嫌な音がした。
俺は、レインズの明るいオレンジのマントが翻るのを、隊の中程から眩しく目を細めて見ていた。
杖を付いた俺の片腕では、剣はそれまでの半分の威力すら出なかった。
時折、力の入らない足が朝露に湿った森の中で滑ってしまうのを、両脇で若い隊員が支えてくれていた。
「おっと」
「……大丈夫ですか?」
「ありがとう。世話をかけるな」
「いえ……、その……お疲れでしたら、少し休みましょうか?」
気遣わしげな視線に、何だか居た堪れなくなってしまう。
「いや、今はやめておこう。せっかくの快進撃に水を差したくないからな」
俺の言葉に、淡い茶色の髪を揺らして、若い隊員が笑った。
レインズは、ザクザクと魔物を倒しつつ、時折、俺の方を見ては自慢げに笑う。
……いささか調子に乗せ過ぎてしまっただろうか。
けれど、ここ数日泣き顔ばかりを見せていたあいつが、いつものように生き生きと話し、剣を振るう姿に俺は救われていた。
あの日……、初めての魔物を前に震えていた、まだ若いあいつの背がぼんやりと浮かぶ。
俺と共にあるためだけに、磨かれてきた剣、か。
そんな苦労を背負い込む程、自分に価値があるとは思えなかったが、あいつがそう言ってくれる自分を卑下するわけにもいかんだろう。
せめて、引退前にあいつの勇姿を目に焼き付けておこうと、俺は、苦笑を滲ませて、重い体を引き擦った。
その魔物は、未だかつてないほど素早かった。
リスのような姿の魔物は、森の中を目にも止まらぬ速さで駆け回りながら、そのついでに一人、また一人、と引っ掛けるように隊員達を倒していた。
ぞくり。と背を這う気配に、俺は隣の青年を覆うように屈む。
ヂリッと金属の削れる嫌な音が耳に刺さる。
何とか、甲冑が抉られただけで済んだようだ。
「ぁ、ありがとうございま……」
「姿勢を低く、静かに」
短く告げれば、青年は黙って従った。
屈んだまま見回せば、立っている隊員はもう十人も残っていない。
あちこちで呻きが上がり、血の匂いが漂う。
一撃が軽いという事だけが救いだろうか。
今のところ重症というほどの者はいないようだが、この調子で何度も喰らえば、いずれやられる者が出る。
「ルスっ!」
そんな中、俺の元にレインズが駆け付けようとする。
おい、動くんじゃない!
お前みたいな目立つのが不用意に動けば、狙ってくれと言ってるようなもんだ!!
叫びたいのをグッと飲み込む。
隊員達の見ている前で、お前達の隊長は場の状況も見えてないアンポンタンだと言うわけにもいくまい。
魔物は、案の定レインズを狙った。
素早く頭上で木を蹴り、宙返りをするような仕草で、レインズへ降る。
「上だ!」
レインズはその一撃を剣で受け……きれず、何とかいなす。
身をかわして崩れた体勢を立て直し、魔物へ剣を振る時にはもう、相手は間合いの外にいた。
さっきから、それの繰り返しだった。
俺は、俺のところまで来てしまったレインズに、内心ため息を吐きながら、両脇にいてくれた若者達に礼を告げ、しばらく離れておくよう伝える。
目立つレインズの側にいては、この青年達では対応が間に合わずやられてしまうだろう。
仕方がない。
どこまでやれるか分からないが、やれるだけやってみよう。
俺は杖を手放すと、レインズに背を預ける。
両手で振らなければどうしようもない。
それに足がついていけるかは自信がなかったが。
「ルス……」
そう嬉しそうな声を出すな。
それに、公の場では略さず呼ぶよう言っているだろう。
俺は、小言を飲み込みながら告げる。
「これで死角はないだろう?」
「おう!」と弾む声で答えるレインズ。
ここまで、魔物の動きを目で追うレインズは、それに合わせて何度も振り返らなければならなかった。
しかし、これならばそうやって姿勢を崩されることもない。
相手が来た瞬間、全力の一撃を放つまでだ。
「分かってるな、右だ」
俺達はどちらも右利きだ。中央より右側をお互いが補う。
「任せろ!」と元気いっぱい答えたレインズに、魔物が飛びかかった。
レインズは機会を逃す事なく、一撃でその首から胴までを裂く。
魔物が、レインズより弱い俺を狙わずいてくれて助かった。
レインズと並べば、俺の方がずっと地味だったからだろうか。
レインズは、気を緩める事なく、魔物にとどめの一撃を突き立てる。
それを見届けて、隊員達がワッと沸いた。
やれやれ。なんとかなったな……。
俺は屈んで、一度手離した杖を拾い上げた。
その時、耳を近付けた地中から、今まで何度も戦場で聞いた、カチカチという嫌な音がした。
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