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第2話 蟻と王都と祝い酒(3/3)
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「おい、ルス、聞いてんのか?」
肩をぐいとレインズの肘で押されて、俺は隣を振り返った。
レインズは相変わらず上機嫌で、ニコニコと俺を覗き込んでいる。
「ん、ああ、悪い。昔の事を思い出していた……」
俺の言葉に、レインズの表情が曇る。
「……蟻の事か?」
「ああ。前にもこうやって、お前に助けられたな……」
俺の言葉にレインズが目を丸くして尋ねる。
「……俺の事、思い出してたのか?」
「そんなに驚くような事か?」
「いや、俺はてっきり……。いや……なんでもない」
俺は、酒のせいかまるで隠し事ができていない様子のレインズに苦笑する。
すると、レインズはまた嬉しそうに笑った。
「お前、今日は本当に嬉しそうだな」
俺が思ったままを言うと、金髪の男は鮮やかな青い瞳を滲ませるように揺らして、満面の笑みで答えた。
「ああ。お前に一つも怪我をさせずに済んだからな」
「……なんだそれは。お前は、俺の何なんだ?」
苦笑とともに尋ねれば、レインズは躊躇いもなく「親友だろ?」と答えた。
そうだろうか。と俺は微かに違和感を感じる。
こいつは昔から、事あるごとに俺を守ろうとする。
まるで、俺の保護者か、ナイトかのように。
お節介なのは知っていたが、流石にちょっと度が過ぎるんじゃないのか?
蟻に喰われた妻とは、レインズがきっかけで知り合った。
その頃、騎士団へは、レインズ宛てに毎日のように花束が届いていた。
レインズに魔物から救われたという、どこぞの貴族のおばさまが、お礼にと毎日のように花を送っているらしかった。
その花の注文を受けた花屋に勤め、花を城まで毎日届けにきていたのが、彼女だった。
「気になる子がいるんだ」
と打ち明けた時のレインズの顔は、今でも忘れられない。
本当に、泣き出すんじゃないかと思った。
俺はそこまで、こいつに心配されていたのかと、心底驚いた。
確かに、レインズと違って俺にはそれまで浮いた噂のひとつもなかったが、そこまで。泣くほど喜んでくれるとは思わなかった。
それからは、レインズに逐一相談しながら、彼女を初めてのデートに誘った。
レインズは、俺の服やら何やらを一式選んで「良く似合ってる」と青い瞳を細めてくれた。
それからも、結婚まで、いつだってレインズが親身になって相談に乗ってくれた。
そんなレインズが、どこか無理をしていると気付いたのは、結婚式が終わってからだった。
あの頃から、しばらく荒れ気味だったレインズ。
振り返ってみれば、俺が彼女と付き合うようになってから、あいつはいつもどこか無理をして笑っているようだった。
俺は自分の幸せを追う事で手一杯で、レインズの気持ちに気付いていなかったのではないだろうか。
レインズも、本当は、彼女の事が好きだったのではないのか。
それなのに、俺に気を遣って、彼女を譲って。
なのに俺は彼女を守り切れず、蟻に喰わせてしまった……。
「……レイ、お前……」
しかし、それを今更確かめて、何になるのか。
こいつは俺の事を、まだ、親友だと言ってくれているのに。
今日だって、俺を助けに来てくれたのに。
「ん? どうした?」
俺の途切れた言葉に、まだ上機嫌なままのレインズはへにゃっと力の抜けた顔で尋ねる。
「お前は……、俺の事……恨んで無いのか?」
俺の問いに、レインズは一瞬だけ真顔になった。
それから、何かを考え込むように手元の酒に視線を落とす。
「……まあ、正直なとこ、お前の事は結構、恨んでるかもな」
ぽつりと、レインズの小さな呟きは、ジョッキの中へと落とされた。
ハッと、慌てたような顔でレインズが俺を見る。
「いや、冗談だぞ? 真に受けんなよ?」
ヘラっといつものように笑って、レインズは言った。
けれど俺には、とても冗談のようには聞こえなかった。
「俺は……。お前には、悪い事をしたと思ってる……」
静かに謝罪すると、レインズが余計に慌てた。
「な、何の話だよ!?」
「いや……ただ」
俺は言葉を切る。何と言えば伝わるだろうか。
レインズには感謝している。
いつだって、俺を支えてくれた。
こいつがいなければ、今頃俺はこうしてここで息をしている事だってないだろう。
俺は精一杯の感謝を込めて、レインズに告げた。
「困った時には何でも言ってくれ。俺は、お前のためなら、何だってすると誓うよ」
「な、なんだよ、急に改まって……」
元から酒で赤らんでいたレインズの顔がさらに赤くなる。
こいつは普段ヘラヘラしてる癖に、どうもこういう改まった感謝が苦手なのか、昔からすぐ赤くなる奴だった。
「じ、じゃあ……、例えば、俺がお前に挿したいとか言ったら、挿されてくれるんだ?」
酒のせいか、あからさまに動揺している様子のレインズが、上擦った声で訳の分からない例をあげてくる。
俺はそこまでこいつに恨まれてるのか……?
「お前が……俺の事を殺したいと思うなら、お前になら後ろから刺されても、文句は言わないさ」
俺が真面目に答えると、レインズはなぜかガックリとうなだれて「……だよなぁ」と呟いた。
肩をぐいとレインズの肘で押されて、俺は隣を振り返った。
レインズは相変わらず上機嫌で、ニコニコと俺を覗き込んでいる。
「ん、ああ、悪い。昔の事を思い出していた……」
俺の言葉に、レインズの表情が曇る。
「……蟻の事か?」
「ああ。前にもこうやって、お前に助けられたな……」
俺の言葉にレインズが目を丸くして尋ねる。
「……俺の事、思い出してたのか?」
「そんなに驚くような事か?」
「いや、俺はてっきり……。いや……なんでもない」
俺は、酒のせいかまるで隠し事ができていない様子のレインズに苦笑する。
すると、レインズはまた嬉しそうに笑った。
「お前、今日は本当に嬉しそうだな」
俺が思ったままを言うと、金髪の男は鮮やかな青い瞳を滲ませるように揺らして、満面の笑みで答えた。
「ああ。お前に一つも怪我をさせずに済んだからな」
「……なんだそれは。お前は、俺の何なんだ?」
苦笑とともに尋ねれば、レインズは躊躇いもなく「親友だろ?」と答えた。
そうだろうか。と俺は微かに違和感を感じる。
こいつは昔から、事あるごとに俺を守ろうとする。
まるで、俺の保護者か、ナイトかのように。
お節介なのは知っていたが、流石にちょっと度が過ぎるんじゃないのか?
蟻に喰われた妻とは、レインズがきっかけで知り合った。
その頃、騎士団へは、レインズ宛てに毎日のように花束が届いていた。
レインズに魔物から救われたという、どこぞの貴族のおばさまが、お礼にと毎日のように花を送っているらしかった。
その花の注文を受けた花屋に勤め、花を城まで毎日届けにきていたのが、彼女だった。
「気になる子がいるんだ」
と打ち明けた時のレインズの顔は、今でも忘れられない。
本当に、泣き出すんじゃないかと思った。
俺はそこまで、こいつに心配されていたのかと、心底驚いた。
確かに、レインズと違って俺にはそれまで浮いた噂のひとつもなかったが、そこまで。泣くほど喜んでくれるとは思わなかった。
それからは、レインズに逐一相談しながら、彼女を初めてのデートに誘った。
レインズは、俺の服やら何やらを一式選んで「良く似合ってる」と青い瞳を細めてくれた。
それからも、結婚まで、いつだってレインズが親身になって相談に乗ってくれた。
そんなレインズが、どこか無理をしていると気付いたのは、結婚式が終わってからだった。
あの頃から、しばらく荒れ気味だったレインズ。
振り返ってみれば、俺が彼女と付き合うようになってから、あいつはいつもどこか無理をして笑っているようだった。
俺は自分の幸せを追う事で手一杯で、レインズの気持ちに気付いていなかったのではないだろうか。
レインズも、本当は、彼女の事が好きだったのではないのか。
それなのに、俺に気を遣って、彼女を譲って。
なのに俺は彼女を守り切れず、蟻に喰わせてしまった……。
「……レイ、お前……」
しかし、それを今更確かめて、何になるのか。
こいつは俺の事を、まだ、親友だと言ってくれているのに。
今日だって、俺を助けに来てくれたのに。
「ん? どうした?」
俺の途切れた言葉に、まだ上機嫌なままのレインズはへにゃっと力の抜けた顔で尋ねる。
「お前は……、俺の事……恨んで無いのか?」
俺の問いに、レインズは一瞬だけ真顔になった。
それから、何かを考え込むように手元の酒に視線を落とす。
「……まあ、正直なとこ、お前の事は結構、恨んでるかもな」
ぽつりと、レインズの小さな呟きは、ジョッキの中へと落とされた。
ハッと、慌てたような顔でレインズが俺を見る。
「いや、冗談だぞ? 真に受けんなよ?」
ヘラっといつものように笑って、レインズは言った。
けれど俺には、とても冗談のようには聞こえなかった。
「俺は……。お前には、悪い事をしたと思ってる……」
静かに謝罪すると、レインズが余計に慌てた。
「な、何の話だよ!?」
「いや……ただ」
俺は言葉を切る。何と言えば伝わるだろうか。
レインズには感謝している。
いつだって、俺を支えてくれた。
こいつがいなければ、今頃俺はこうしてここで息をしている事だってないだろう。
俺は精一杯の感謝を込めて、レインズに告げた。
「困った時には何でも言ってくれ。俺は、お前のためなら、何だってすると誓うよ」
「な、なんだよ、急に改まって……」
元から酒で赤らんでいたレインズの顔がさらに赤くなる。
こいつは普段ヘラヘラしてる癖に、どうもこういう改まった感謝が苦手なのか、昔からすぐ赤くなる奴だった。
「じ、じゃあ……、例えば、俺がお前に挿したいとか言ったら、挿されてくれるんだ?」
酒のせいか、あからさまに動揺している様子のレインズが、上擦った声で訳の分からない例をあげてくる。
俺はそこまでこいつに恨まれてるのか……?
「お前が……俺の事を殺したいと思うなら、お前になら後ろから刺されても、文句は言わないさ」
俺が真面目に答えると、レインズはなぜかガックリとうなだれて「……だよなぁ」と呟いた。
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