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第2話 蟻と王都と祝い酒(2/3)

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翌日は、まだあちこちに怪我の残る体に鞭打って、一日復興支援で走り回った。
何せ俺の隊だけでなく、あいつの隊までもが余っている。
俺は、目を覚まさないレインズの分も、二隊分の指揮を取った。

日が暮れた頃、ようやく医務室に向かうと、レインズは部屋に居なかった。
一日で退院できるほどの傷には、とても見えなかった。
ざわりと胸を過ぎる最悪の想像に全身の毛が逆立つ。

「っ、レイ……」
落ち着け。取り乱すな。とにかく、レインズの行方を知らねば……、と振り返りかけた背に、声がかかる。
「ルス? お前わざわざ見舞いに来たのか?」
軽々しい声に、耳を疑う。
部屋の入り口を振り返れば、そこには、いつもと変わらない整った顔立ちのレインズが立っていた。
騎士団長ほど近寄り難い雰囲気ではないものの、スッと美しい弧を描く眉と瞼に、上下ともに長い金色のまつ毛。
それらに彩られた澄み渡る青空のような鮮やかな碧眼。
鼻筋の通った鼻も、その下で柔らかに口端を上げた唇も、今までと変わらない。
「おま……え……」
思わずその顔を指して、その後の言葉の続かない口をパクパクと    動かす。
「ん? どうした? 幽霊でも見たような顔し――、あっ!! お前、まさか俺の事、死んだと思ったとか言うつもりか!?」
的確な指摘を受けて、俺の頬は引き攣った。
「いや、その……」
「図星かよ!!」
叫んだ途端、レインズは「痛っ……」と短く呻いて顔を顰めた。
開け放たれたままの部屋の扉の向こうから、看護師が「病室ではお静かに願います」と告げる。
「すみません」
慌てて俺が代わりに謝罪するも、当のレインズは痛みにまだ言葉を紡げないのか、浅く息を継いでいた。
「大丈夫か?」
俺は、目の前で膝を付いてしまいそうなレインズの肩を支える。
レインズは後頭部に手を回しつつも、触れると痛むのか、そこへ触れられずにいるようだった。
「お前、頭を怪我してたのか。俺はてっきり、顔をやったのかと……」
「この俺が顔を潰しちゃ、世の女性達が悲しむだろ?」
レインズは目尻に滲んだ涙を擦りながらも、いけしゃあしゃあと言う。
しかし、後頭部は広範囲で抉られたらしく、変えたばかりの包帯の隅の方から、まだじわりと血が滲んでいた。
「髪、切られたんだな」
「治療の邪魔だってんで、バッサリな」
「そうか……」
親友はよく見れば、左右の横髪だけを残して、後頭部をスッキリサッパリ刈られていた。
レインズの、サラサラと真っ直ぐだった金髪を思う。
それを自分が失わせてしまったのだと思うと、胸が苦しくなった。
「頭の怪我が塞がんなくてさ、昨日は圧迫するっつって顔ごとぐるぐる巻きになってたんだよ」
いつものように爽やかに歯を覗かせたレインズの表情が一瞬歪む。
まだ酷く痛むのだろう。罪悪感に心が痛んだ。
「レインズ……迷惑をかけて、すまない……」
深々と頭を下げる俺に、レインズはいつもの気安い調子で返す。
「その話は後でゆっくり聞くよ。まずはお前も、包帯替えてもらって来い」
言われて、俺は大人しく従った。

看護師は二人掛かりであちこちに残る傷の様子を見ながら、消毒をしたり、ガーゼを貼ったり、包帯を巻いたりしてくれていた。
俺はその間も、レインズになんて謝るべきかで頭がいっぱいだった。
ぼんやりしていた俺に、不意に親しげな声がかかる。
「はい、終わり。ルストック君、もうあんまり無茶したらダメだよ」
言われて、顔を上げる。
俺と同じくらいの年頃の、その女性の顔には見覚えがあった。
「ああ、君は確か……ええと……」
学生の頃、俺とレインズで魔物から助けたことがあった。
しかし、どうしても名前が思い出せない。
「ふふ、私の名前なんて忘れてて当然だよ。でも私はルストック君の名前、一生忘れないからね」
明るく笑いながら言われて、驚いた。
「あんな……、一瞬助けただけで。か……?」
「うん。ルストック君には一瞬でも、私はあれからの人生は全部、ルストック君に助けられたおかげで生きてると思ってるから。だから一生別れないよ」
彼女は慣れた手つきで汚れた包帯を回収しながら言う。
こうやって、彼女は今までどれだけの騎士達の手当てをしてきたんだろう。
それを全部。俺のおかげだと言ってくれるのか。
俺がぽかんと呆気に取られていると、彼女……ああ、思い出した。確か、名前はケイトだ。ケイトが熟練の看護師の顔をして言った。
「だから。これからは、無茶な戦い方をしない事。まだまだルストック君の剣は、沢山の人達を助けてあげられるんだから」
俺は、有難い言葉に目を細めて答える。
「ああ。ありがとうケイト。もう二度と、無茶はしないと誓うよ」
ケイトは目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「おーい。お前はなんで看護師ナンパしてんだよ」
後ろから不意にかかった声に振り返れば、レインズがジトッとした目でこちらを見ている。
「いや、そんな事は……」
言いかけた俺より早く、ケイトがレインズを確保する。
「レインズ君は絶対安静だって言ったでしょ!? 勝手に立ち歩いちゃダメです!!」
病室へと腕を引かれただけで、レインズがよろける。
俺は慌ててその肩を支えた。
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