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箱の中の子猫(2022年10月)

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「……米谷君?」
小さな背の向こうを覗き込めば、彼の足元には若干湿った段ボール箱と、その中に三匹の子猫が入っていた。

「うぇっ!? えっ!?? オッサン!?」
ああ。やっぱり米谷君だった。
しかし『オッサン』は酷いなぁ。
確かに僕はこの少年に名を名乗ってないけれど、いつもはせめて『おじさん』と呼んでくれていたのに。
慌てて僕を見上げた少年が、勢い余って尻もちをつく。
「急に声かけちゃってごめんね。店の外で会うのは初めてだね」
僕が謝れば、少年は「いや、こっちこそ、慌てて悪かった」と答えて立ち上がった。
パタパタと地面についてしまったお尻をはたく少年の足元に、箱から子猫が転がり出てきて慌てて擦り寄る。
三匹の子猫はそれぞれ色も模様も違うが体格はほとんど同じだ。兄弟猫なんだろうか。

「子猫……、捨てられてたの?」
この面倒見の良い少年が猫を捨てるようには考えにくくて、僕はそう尋ねた。
「その箱、蓋閉めてあったんだけどさ、ガタゴト動いてて。開けたらミャーなんてちっちゃい声で鳴くからさ、つい撫でたのが悪かったんだろうな……」
言いながら、少年が数歩歩けば、子猫達は足元にまとわりついたままついてくる。
「なんか、懐かれちまってさ……」
困った顔で足元の子猫達を見下ろす少年の様子に納得する。
きっと少年はその蓋をもう一度閉めることができなくて、けれどついて来られるわけにもいかず、振り切ることもできず。
ここで一体どれくらいの時間困っていたんだろうか。

「捨て猫かぁ。米谷君のところもペット禁止? 僕のところもペット不可なんだよね……」
僕が呟けば、小さな呟きが戻ってくる。
「……つーか、俺んとこはそれ以前の問題だからな……」
何だろう。アレルギーの人がいるとか?
米谷くんはすっかり俯いてしまって、その表情は見えない。
もしかして、彼はこの子猫達が何とかなるまでずっとここで困ってるんじゃないだろうか。
そんな予感がして、僕はその場にしゃがみ込む。
おいで。と子猫達に手を差し伸べれば、トラ柄の子猫が振り返っておぼつかない足取りで駆け寄り、僕の手に頭を押し付けて来た。
「じゃあ、この子達は僕が預かろうか?」
「ふぇ?」
なんか、米谷君は驚く声がいちいち可愛いなぁ。
僕の手のひらにすっぽりおさまってしまった子猫は、やはり人に飼われていた猫が産んだのだろう、とても人に慣れている。
子猫の顔を親指の腹で撫でてやると、子猫は気持ちよさそうに目を細めた。
「え……。この猫達どうすんだ? おじさんがこっそり飼うのか?」
少年が、猫達の行く末を案じるように僕を見る。
「保護猫カフェに連れて行ってみるよ。僕のマンションは犬猫は飼えないからね。猫じゃなければよかったんだけど」
同じマンションのベランダに鳥かごが出してあるのは見たことがある。
確か契約では、小鳥やハムスターやうさぎといった小動物は飼ってもよかったはずだ。
「猫じゃなかったら……」
少年は僕の言葉を繰り返した。
もう一匹、模様の薄い子猫が、撫でてもらえる事に気付いてか僕の足元に寄ってくる。それを空いていた左手で受け止めながら、僕は「うん」と相槌を打つ。
「猫じゃなかったら……、おじさんが連れて帰るのか?」
「そうだね。一人暮らしもちょっと淋しいとこだったし、帰りを待ってる子がいてくれたら良いよね」
でも実際に飼うとなると、その子は僕が仕事の間、ずっと家でひとりぼっちになるわけで、そう思うと中々……。
「じゃあ、さ、人間だったら?」
「……?」
いつも明るいはずの少年の声が、いつもと違う響きで聞こえて、僕は違和感に顔を上げる。
米谷君は、いつも冗談を言う時の悪戯っぽい顔じゃなくて、思い詰めたような顔で僕を見ていた。
「俺が……、もし、住むとこないって言ったら、おじさん泊めてくれる?」
「え………………?」
それきり、会話は途切れてしまった。
沈黙の中を子猫達のミャーミャーと細い鳴き声が漂う。
米谷君は、ちょっとだけ泣きそうな顔をして、それからニッと笑った。
「冗談だよ、冗談!」

……そんな事ないよね?
流石に、ぼんやりの僕にも、今のが冗談じゃなかった事くらい分かるよ。
「……えーと……」
僕が言葉に迷いながらも口を開けば、少年の肩が小さく跳ねた。
「僕の家で良かったら、いつでも来てくれていいよ」
僕を見上げる淡い茶色の瞳が大きく揺れる。
「マジで……?」
戸惑う様子の少年に、僕は一言付け足した。
「1DKで、ちょっと狭いけどね」
少年の見開いた瞳に、じわりと喜びが滲む。
「本当に、泊まらせてもらっていいのか?」
「うん。いいよ」
「マジか! すっっっげぇ助かる!!」
グッと握り拳を作って喜ぶ少年。
こんな嬉しそうな顔は初めて見た気がする。

それにしても、住むところがないってどういう事だろう。
家に帰りたくないって事かな?
家族とうまくいってないとか……?

この時、僕はまだそんな風にしか考えていなかった。
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