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去年の秋口(2022年9月)

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電車に揺られてようやく最寄駅に辿り着く。
営業で一日歩き通した足がずっしりと重い。

うちに帰らなきゃ……。
帰って、ご飯を食べて、早く寝ないと、明日も仕事だから。

そんな義務感に引きずられて、いつものコンビニに入る。
「いらっしゃいませー」
若い店員の声がなんだか遠く聴こえる。
夜道に慣れた目には光あふれる店内が眩しすぎて、僕は目を眇めた。

雑誌の並んだ通りを抜けて、飲み物の並んだガラス戸を開け、いつもと同じお茶のペットボトルを手に取る。
角を曲がると、いつもと同じような食べ物が棚に並んでいる。
その中から夕飯に何を食べようかと考えるも、どれを見たところで『食べたい』と思えない。
むしろ、何も食べたくない。
でも今日は休憩に入りそこねて昼食も抜いてしまったから、夕飯を食べないわけにはいかない。
明日も仕事だし、とにかく何か食べないと……。

結局、いつもと同じあんかけ焼きそばを手に取ってレジに向かう。
野菜も取れるし、あんかけ麺だから食欲がなくても食べやすい。
頭の隅でそんな風に思いながら。

店員が、僕の差し出したそれを手に取って、ピ。とレジに通す。
「温めますか?」
問われて、ぼんやりと俯いたまま頷く。
バタン、と電子レンジの扉が閉まった音と共に、店員が僕の前に戻ってくる。
チラと背後を振り返るが、レジに並んでいる人はいない。
「おじさん、もうここずっと毎日あんかけ中華そば食べてないか?」
問いかける声に、顔を上げる。
僕にそう言った店員は、まだ中学生くらいにも見える少年だった。
目に眩しい金色の髪が後ろで一つに括られている。
けど顔も喋り方も日本人のようだし、不良……いや、バンドマンか何かだろうか。
髪こそ派手な色だったが、ピアスなどの装飾品は見当たらない。
キュッと引き締まった小さめの顔が、僕を見上げてクリッと首を傾げた。
ああ、そうか、返事……。
「うん……そうだね」
僕が思わず頷くと、少年は困ったように苦笑した。
「毎日毎日同じもん食べ過ぎだよ」
「……そうだね……分かってはいるんだけど、もう帰る頃には頭が回らなくて、結局いつも同じメニューになっちゃうんだよね……」
なんだか気さくに話しかけられて、思わず正直に答えれば、少年は俺を労わるように小さく笑った。
「そっか、おじさん仕事でお疲れなんだなぁ」
ピーと鳴ったレンジを開けて、慣れた様子で少年は麺を取り出す。この子はいつからここで働いてたんだろう。
僕はどうやらもうずっと、毎晩立ち寄るコンビニの店員の顔すら見ていなかったらしい。
「はい、おじさん。お仕事お疲れ様。しっかり食って元気出してくれよ?」
少年は、僕のエコバッグに麺を入れて差し出してくれた。
真っ直ぐ僕を見る瞳は、ちょっとだけ色素が薄いのか茶色っぽい。
コンパクトに整った少年の顔の中で、淡い色の瞳がツンとした印象を和らげているようだ。
久々の、仕事と関係ない相手との会話に、なんだか心がほどけるのを感じる。
「ふふ、ありがとう」

その日は、いつものあんかけ焼きそばが、いつもよりちょっと美味しかった。
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