【もふもふ獣人】桃色うさぎと白い獅子【激体格差】

良音 夜代琴

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従者サイドのお話

それぞれの春祭り(2/7)

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春祭りの城下町は、色とりどりの花々で明るく華やかに彩られていた。
昨日の結婚式の余韻もあってか、街の人々は誰も彼もが浮かれはしゃいでいる。

こんな風に、雑然と人々がごった返している中には、悪意も身を潜めやすい。

ノクスは馬車を降りたアリエッタとシャヴィールからなるべく距離を離さずに、警戒を怠らず歩いていた。
アリエッタ達が来賓として呼ばれていた舞台は屋外のステージで、貴賓席には特別に屋根こそつけてあったが、そこへ長時間座っているのは、狙撃手にどうぞ狙ってくださいと言っているようなものだった。

アリエッタ自身が人に恨まれるようなことをしていなくても、大国の女王ともなれば、命を狙われる理由などいくらでもある。

こんな重要な局面だというのに、ノクスは自身の腰が痛むことを歯噛みした。
昨夜、風呂を先に済ませたノクスはクレアと交代した。
仲睦まじく寝付いた二人を確認し、安堵したノクスは、眠ろうと部屋に戻った途端、クレアに押し倒された。
悔しさに、上下二本ずつの前歯がギリリッと小さく鳴る。

そんなノクスに気付いたのか、シャヴィールの隣を守るクレアが苦笑して言葉を伝える。唇の動きだけで。
『別にお前が一人だけで姫さん守ってんじゃねぇだろ』
クレアはノクスにも同じく装備されている襟元のマイクを示す。
片耳には仲間達と連絡を取るためのイヤホンも入っていた。
『お前は、自分がやるべきことをしっかりやっとけ』
……そんなことは、言われなくても分かっている。
ノクスは余計に苛立つ心を抑えつつ、警戒を続けた。

事前に確認していたはずの来賓席は、なぜか許可を出した時よりも障害物となる装飾が減らされていた。
「これは……」
思わず呟いたノクスに、クレアは「有るな」とだけ答えた。
そして、クレアは二人には現時点で可能な限りの着込みをしておくよう、サインで指示を出す。

ヴィルはその指示に、襲撃の可能性が高いというその事実に息を呑んだ。
次に、アリィがどんな顔をしているだろうと不安になって振り返る。
が、アリィは変わらぬ笑顔で微笑んだ。
ノクスがアリィに何事か耳打ちする。
適当な理由をつけて、この席を退席してはどうかという提案のようだったが、アリィは静かに首を振った。

その間にも、周囲からはひっきりなしにアリィへと声がかかる。

「アリエッタ様ーっ、ご結婚おめでとうございますーっ!」
階下からぶんぶんと両手を振る女性達の明るい声に、アリィは美しく微笑んで手を振った。

ヴィルはその度胸に内心感嘆しつつ、自身も見習うべく背筋を伸ばす。
アリィの夫として、無様な姿は見せられなかった。
可憐でいながらにして凛と立つ、アリィの隣に相応しくあれるよう、胸を張り、落ち着いた眼差しで、丁寧に梳かされた白い毛並みを風に靡かせる。

「シャヴィール様ーっっ!! アリエッタ様を絶対お幸せにしてくださいよーっっ!!」
声をかけられてそちらを見れば、昼間から出来上がってしまったらしい赤い顔をした男と、それを両脇で支えて慌てふためく同僚らしき者たちの姿が見えた。
「すっ、すいやせんっっ! こいつ、アリエッタ様の大ファンでっっ!」
拳を突き上げて叫んだ男の頭を、無理やり下げさせようとしながら、隣の男が慌ててフォローする。

どうやら、この国は国民達と王族との心の距離が思うより近いらしい。
それとも、祖国でもこうだったのだろうか。と、ヴィルは祖国でも城からほとんど出たことのなかった我が身を振り返る。

ヴィルは判断に迷い、アリィをチラと見る。
アリィは小さく頷いた。応えても良いのだと。

「約束しよう! 絶対に幸せにすると!!」
ヴィルは席を立って一声、吠えるように答えた。

兎よりもずっと大きなその声に、兎達の耳が震える。
赤ら顔の男は、酷く悔しげな、しかし満足げな、泣き笑いを浮かべた。
なおも拳を上げている男に応えるように、ヴィルが拳を上げる。
両脇の男達も、広場でそのやり取りを見守っていた者たちも、皆その白く雄々しい姿に目を細めた。

席に戻ると、アリィがほんのりと頬を染めてヴィルを見ていた。
その視線に気付いたヴィルが、穏やかに微笑む。
アリィは少し恥ずかしそうにしながらも、淑やかに微笑み返した。
いかにも幸せそうな二人が微笑み合う姿に、国民の誰もがつられて笑みを浮かべる。
幸せは伝播した。

だからこそ分かった。
この場にそぐわない者がいる事が。
クレアは自身の主人を胸中で『やるじゃねぇか』と褒めながら襟元のマイクへと唇を寄せる。
クレアの出した指示に従い、会場に散っていたうちの三人ほどが動き出すと、一人の男がそれに追われるように走り出した。
この麗かな陽気にそぐわない長いコートを着た男は意外に俊敏で、連携のうまくない三人にはなかなか捕まらない、クレアは仲間の動きの悪さに歯噛みする。
「逆方向へ! こちらに近寄らせてはなりません!!」
マイクへ指示を出すクレアの意に反して、男は追っ手を振り切れないままではあったが、来賓席へと走った。

男は、アリィ達の正面に駆け込んできた途端、バッとこちらを振り向いた。
その手には冷たく黒光りする何かが、固く握られている。

その銃口が、真っ直ぐに自身を見ている事に気付いて、ヴィルはホッとした。
狙いはアリィではなかった。自分だった。
途端、アリィが細い体で、精一杯に腕を広げて、ヴィルの前に立った。

その時にはもう、引き金は引かれていた。

コートの男が絶望を浮かべている。
ヴィルはその表情を見て、瞬時に理解した。
彼もまた、先程の者と同じで、アリィに惚れていた。だから俺が妬ましかったのだと。
そんなアリィを失うわけにはいかない。ヴィルに考えられたのは、そこまでだった。

ノクスは、伸ばしたその手が届かない事を知る。
目の前に、見えているのに、この腕は僅かに足りなかった。

淡い色をした春の空に、赤い雫が飛び散る。


広場に、波紋のように悲鳴が広がった。

顔を上げれば、発砲した男は取り押さえられていた。
銃も既に取り上げられている。

クレアは血の滴る肩を押さえて立ち上がると、周囲に素早く視線を巡らせる。
今のところ、続けて襲撃しそうな奴の気配はない。
発砲騒ぎに顔色を変える人々の表情を、クレアは一瞬のうちに一人残らず確認した。
「嫉妬から、でしょうか……? 単独犯です。心配ありません」
クレアはそう言ってヴィルとアリィに笑って見せた。
「……っ、……ありがとう」
アリィは謝罪の言葉を飲み込んで、感謝だけをクレアに伝えると、広場の者達を見渡し、もう大丈夫だと、安心するよう伝え始める。
その姿に、ヴィルは呆然としてしまっていた自身を叱責する。
アリィの細い手も、肩も、遠目ではわからないだろうが、カタカタと震えていた。
ヴィルはその細い肩へと手を伸ばす。ゆっくりと息を吸い込みながら、自身が震えてしまうことのないよう、心を落ち着かせながら。
ヴィルには、こんな時に民達になんと伝えれば良いのかも分からなかった。
けれど、震える彼女の肩を、皆の前で抱く事が許されるのは、自分だけだと言うことは分かっていた。
肩を抱かれて、アリィは一瞬ヴィルを振り返る。
ヴィルはアリィを励ますように温かい眼差しで見つめていた。
アリィは表情こそ崩さなかったが、その細い肩がほんの少し下がって、ヴィルはアリィが安堵した事を知る。
これ以上の危険はない事、舞台は滞りなく開催される事を、優しい言葉でアリィが話す。
ヴィルは少しでもその尊い魂を支えることができたことを誇らしく思いながら、精一杯胸を張って背筋を伸ばして隣に立っていた。

ノクスはその足元で、装飾によって民衆から隠されているそこで、主人に届かなかった自分を内心で激しく責めながらも、クレアの傷の手当てをしていた。
「……すみません」
ぽつりと零された言葉に、クレアは『俺の方が近かっただけだ。それに、狙われてたのはうちのだったしな』と唇で答えた。
無線からは、今も周囲を警戒する仲間達からの通信が入り続けていた。
クレアがそこへ、警戒すべき人物を二人追加する。
いつの間に気が付いたと言うのだろうか。
相変わらず、自分よりもずっと優秀なその姿に、ノクスは胸が苦しくなった。
自分はいつまで経っても、彼には敵わない……。
肩の止血を済ませ、血に濡れた服を着替えさせようとして、ノクスは動きを止める。
クレアが血の伝った腕を拭いているそこには、ノクスの知る傷痕がまだくっきりと残っていた。
クレアの利き手側、手首の少し上から、肘までに至る大きな傷痕。それは、学生の頃、彼がノクスを庇ってできた物だった。
やはりまだ……残っていたのか。と暗い感情を抱えてから、ノクスはそんな自分が嫌になった。

あの頃……寄宿舎で暮らしていたあの頃、この怪我さえ無ければ、いかに同室と言えど、ああも毎晩この男の相手をさせられる事はなかっただろう。
初めは、傷が痛くて一人では抜けないから、手を貸して欲しいと言われた。
もう片方の手があるだろうとは思ったが、命を救われた手前、そのくらいの手伝いならと引き受けてしまった。
けれど、彼の要求は日に日にエスカレートしていった。
結局、彼の怪我が治ってからも、その行為は彼が寄宿舎を去る日まで毎晩続いた。

「ノクス?」
耳元で囁かれて、黒い兎はびくりと体を離しつつ、その耳を両方ピンと立てた。
動揺したその様子に、クレアはニヤリと口端を上げる。
今日の傷は、ノクスの主人を庇ってできた傷だ。
弾は貫通しないよう骨で受けた。
帰ってから、弾を出し、傷が完全に塞がるまで、しばらくかかるだろう。
もうしばらくは、この傷でノクスを言いなりにできる。
そう確信すると、クレアの口元は自然と弛んだ。
腕はしばらく使い物にならないだろうが、得られるものはそれ以上に大きいようだった。
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