【もふもふ獣人】桃色うさぎと白い獅子【激体格差】

従者サイドのお話

それぞれの春祭り（1/7）

翌日は、午後から祭りの舞台の来賓として招かれている以外の予定は入れていなかった。
なので、朝日が差し込んできたことに気付いても、アリィはまだヴィルの胸に顔を埋めて、微睡んでいた。
ヴィルの方は、まだ本格的に夢の中のようで、アリィが腕の中でコロコロと寝返りを打っても、全く微動だにしなかった。

そこへ、ノックの音がする。
「アリエッタ様、お目覚めでしょうか」
ノクスの声に私は「どうぞ」と答えた。

昨日ぶりに見た黒兎は、何故かとてもグッタリとしていた。
食事を部屋に運んで良いかという質問に、二人分の食事をここにお願いする。

「……あの、アリエッタ様、お願いがあるのですが……」
ノクスの思い詰めたような声に、私は思い当たる節がなく首を傾げた。
「その……クレアさんと……私の部屋を、別にして、いただけませんか？」
言われて気付く。そう言えば、従者が寝泊まりする部屋は、この隣に一部屋だけしかない。
女性と二人部屋では、彼も寝辛かったのだろう。
「あ……そうですね。すぐにでも用意させます。ひとまず今夜は……」
と、アリィがヴィルの従者を別の部屋へ移動させようとした時、本人が現れた。
「アリエッタ様、お気遣いは不要です」
足取りも軽く部屋に入ってきたクレアは、ノクスとは対照的に昨日よりも一層艶やかな毛並みをしている。
「けれど、いくら仕事とは言え、男女が同じ寝室では……」
アリィの言葉に、どこから目覚めていたのか、ヴィルがのそりと体を起こして答える。
「ああ、クレアは女じゃないぞ」
「え？」
アリィは説明を求めるように、ヴィルを振り返った。
「たてがみは毎日切ってるだけだ。名前はわざとだけどな」
それだけを告げると、ヴィルは大きな――アリィの顔が丸ごと入ってしまいそうな、大きなあくびをした。
「そ、そうだったのですか……」
男と知って、ほんの少しだけ、アリィはホッとしていた。
ヴィルの傍にずっと居た人が、異性で無くて良かったと。
そう思ってから、ヴィルはノクスの事をどう思っているのだろうか。とほんの少しだけ疑問に思う。
何やら考えている様子のアリィに、クレアはクスッと笑って告げる。
「これからは私も毎日お傍におりますので、私の前でも、どうぞ今までのようにお話しくださいな」
確かにそうかも知れない。
この二人は私たちの事を全て知っているのだから、気を遣う事はないのだ。
そう思うと、アリィは味方が増えたような気がして嬉しくなった。
「ありがとう、私からも、よろしく頼みます」
アリィがふわりと微笑むと、クレアはごく自然な動作でアリィの手を取り、その甲へ唇を寄せようとした。
が、ヴィルがアリィの手を取り上げ、ノクスがクレアの手を掴んだ。
「おやおや？」
そう言うクレアは、けれど全く驚いてもいない様子で肩をすくめてみせた。

「――っ、アリィ、こいつにだけは、気を許すなよ!!」
「え？」
ヴィルの珍しく焦ったような声に、アリィはキョトンと聞き返す。
「こいつ、めちゃくちゃ強い上に、節操無しなんだ!!　俺も危うく一度掘ら……――」
ヴィルがぴたりと言葉を失い、見る間に青ざめる。
「……ほら？」
「いや、ほらっ、こいつ、こんなでも顔が良いから……」
慌てふためくヴィルに、アリィは花のように美しく笑って告げる。
「ふふっ、私にとって、ヴィル以上に素敵な人なんていないよ」
その笑顔にぐらりとなりつつも、ヴィルは内心『そうじゃない!!』と強く叫んだ。

一方で、掴んだはずの手に逆に引き寄せられたノクスは、クレアに何事か囁かれていた。
『お前の姫さん、結構可愛いよな』
『なっ……!?』
『俺は別に、お前じゃなくてもいいんだぜ？』
その言葉の意味を、ノクスが正しく理解する。
つまりは、ノクスが相手をしないなら、アリィを襲うこともあり得ると、この獅子は脅しているのだ。
「……っ」
ノクスが動揺にずり下がった眼鏡を、息を整えながらも両手で戻した時、アリィが話を戻してきた。
「それじゃあ、二人の部屋割りはどうしようか？」
ノクスは全力で平静を装って、答えた。
「……今のままで……結構です……」
「そう？　それじゃ、二人で仲良く使ってね」
アリィが良かった、とばかりに両手をポンと合わせて笑う。
ノクスは「はい……」と、クレアは「ええ、仲良くいたしますわ」と女性らしく笑った。
すっかり死相を濃くしたノクスの隣で、クレアがゆっくり口を開く。
「しかし、主人様？」
問われて、ヴィルがぎくりとクレアを見る。
アリィの前で、自分は一体何を言われるのかと身構えたヴィルに、しかしクレアは思ってもいなかったことを言った。
「節操無しは酷い言い様ですね？　私はこう見えて、結構一途なんですよ？」
元から女性にしては低かった声を、さらにぐっと低くして。
まるで、この言葉は、クレアとしてでなく、男としての言葉だと言うように。
そんな彼の言葉に、ノクスは内心『どこがだ』と毒付いた。