【もふもふ獣人】桃色うさぎと白い獅子【激体格差】

良音 夜代琴

文字の大きさ
上 下
5 / 30
主人サイドのお話

すれ違う秋(1/4)

しおりを挟む
昨日倒れたせいで押してしまった公務を、朝からなんとか片付けて、遅い昼食をようやく済ませた昼下がり。
私は城の中庭に来ていた。
昨日、彼が懐かしそうに撫でていた木の幹に、私も手を伸ばしてみる。
城の景色はあまりにもいつも通りで、昨日の事は全て、私の都合の良い夢だったのではないかとさえ思う。

今日は、まだ彼の姿を見ていない。
彼にも彼で、こちらでこなすべき予定があるらしく、子どもの頃のように、毎日一緒にはいられないようだ。

知らず、ため息が零れる。
それに驚いたのは自身だった。
私は……もしかして、彼に……会いたいのだろうか。

「アンリ!」
中庭に響いた声に、長い耳がピョコンと跳ねる。
私は慌てて辺りを見回した。
城の奥、通路と壁に囲まれた静かな中庭には、今のところ私と従者、それに声の主とその従者以外は誰もいないようだ。
胸を撫で下ろしながら振り返れば、生成り色をしたふわふわのたてがみを揺らして駆けてきた彼が、私の顔を見て破顔した。
「……っ」
その嬉しそうな表情に、思わず息が詰まる。
顔が赤くなってしまうのを隠すように俯くと、彼の声が降ってくる。
「アンリ?」
「そ……その名で呼ばれると、困ります……」
何とか、それだけを告げる。
彼はほんの少し黙ってから、低い声で答えた。
「俺は、お前をアリエッタとは呼びたくない」
そう言われても、こちらは七年も前からアリエッタとして過ごしているのだから、死んだはずの弟の名前では困る。
「……では、愛称をつけてください」
私の提案に、彼はなぜか動揺した。
「俺が……?」
その驚いたような声に、今度は私が驚かされる。
顔を上げれば、ヴィルは白い瞳をくりっと丸くして、どこか幼い表情で私を見つめていた。
「お前に……?」
「……ええ」
何か、変なことを言っただろうか? と内心不安になりつつ頷くと、彼はじわじわと口端を上げ、それはそれは嬉しそうな顔を一瞬見せた後、挑戦的で不敵な表情になった。
「……わかった、最高のを考えてやる」
彼はそう宣言すると「楽しみにしていろ」と言い残して、元来た道をずんずんと大股で戻ってゆく。
そこまで気合を入れるような事でもないと思うのだけれど、彼はこの場で愛称を考えるような仕草を微塵も見せずに、その作業を持ち帰った。
……何か用事があったわけではなかったのだろうか?
小さくなってゆく彼の背中を見送りながら、私が首を傾げると、傍で黒毛の従者が小さく肩を揺らす。
どうやら、彼の前で笑いを堪えていたらしい。

私と視線が合って、従者は「面白い方ですね」と言った。
眼鏡の端から滲んだ涙を拭いつつ。
……そんなに面白かったのだろうか。

私には、どちらの考えも、よく分からなかった。

釈然としない私に、黒毛の従者ノクスはそっと告げた。
「アリエッタ様は、どなたかに愛称を付けたことがおありですか?」
私は、もう一度首を傾げる。
幼い頃に、ぬいぐるみだか人形に名前をつけた事はあったような気がするが、あまり覚えていない。
考え込む私に、ノクスはその眼鏡を両手でキチッと戻して続けた。
「ではもし、シャヴィール様に貴女だけの呼び名を付けても良いと言われたら、いかがでしょうか」

私だけの……呼び名……?

途端、頬が熱を持つ。
もしかして……、彼もこんな気持ちだったのだろうか……。

「さあ、そろそろ戻りましょう」
両手で頬を覆ってしまった私に、ノクスが少しだけ寂しげな声で告げた。
「晩餐には間に合うよう、片付けてしまわねば……でしょう?」
ノクスの言葉に、私は頷いて中庭を後にする。
確かに、今夜の食事はヴィルと共にする予定になっていた。
彼ならきっと、その時には私に名を与えてくれるのだろう。
思わず弛みそうになる口元を引き締めて、私は午後の公務をいかに段取りよく終わらせるかを考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

ブラッドフォード卿のお気に召すままに~~腹黒宰相は異世界転移のモブを溺愛する~~

ゆうきぼし/優輝星
BL
異世界転移BL。浄化のため召喚された異世界人は二人だった。腹黒宰相と呼ばれるブラッドフォード卿は、モブ扱いのイブキを手元に置く。それは自分の手駒の一つとして利用するためだった。だが、イブキの可愛さと優しさに触れ溺愛していく。しかもイブキには何やら不思議なチカラがあるようで……。 *マークはR回。(後半になります) ・ご都合主義のなーろっぱです。 ・攻めは頭の回転が速い魔力強の超人ですがちょっぴりダメンズなところあり。そんな彼の癒しとなるのが受けです。癖のありそうな脇役あり。どうぞよろしくお願いします。 腹黒宰相×獣医の卵(モフモフ癒やし手) ・イラストは青城硝子先生です。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

処理中です...