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223話 情報共有 その5

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「依頼?」

 唐突と言ってもいい単語に、エリィの声音の語尾が怪訝に吊り上がる。

「あぁ、情に訴えるよりも、その方が効果がありそうな気がしてね。それでどうだろう?」

 ふむと指先を唇に押し当てて考える。
 会ったばかりで情だのなんだの言われても、確かに一考の余地もなく切り捨てただろう。そう思えば『依頼』という仕事の形にした、ソアンの観察眼はなかなかなものだ。

「条件他、話を聞いてから……でしょうか。
 まだ受けるとも受けないとも判断できませんね」

 エリィの返事に、ヒースがまたグッと拳を握って堪えている。本当に自分の主に心酔しているのか何なのか、エリィには理解できそうにないが、堪えてくれるのなら問題はない。

「ふ…本当に見た目と違って……いや、面白い。
 当然、話を聞いてから判断してくれて構わないよ。ただ受けないと判断した場合は忘れてくれ」
「勿論」

 即答するエリィに、ソアンの笑みが深まる。
 そして静かな語り口で紡がれたのは、先の予定にあるナゴレン侯爵家の夜会の事だった。
 その夜会に王女が参加する事になっている事。
 当日の招待客に、ホスグエナ伯爵は勿論、件のナジャデール王国の商人も呼ばれている事等々。
 王女の身の安全の為にもエスコート役としてヴェルザンを呼び寄せはしたが、それでも危険だと考えている口振りに、エリィは首を傾げた。

「状況は理解しました。
 ただ、私の不勉強、認識違いだったら申し訳ないのですが……そういうのって主催側が警備を担うのではないかと思うのですが?」
「当然主催側も警備するが、今回は少々事情も異なるしね。
 あちらの思惑も全てわかっているわけではないし……それでどうだろうか?」

 返事を促してくるソアンに、エリィが少し顔を俯けて考え込んでいると、一歩下がっていたパトリシアが口を開いた。

「なぁ~んかキナ臭いわよねぇ~。そのナジャデール王国の商人って誰なのよぉ~?」

 パトリシアの問いに答えたのはヒースだった。

「…確かイガーカリとか言った名だったと思う」

 途端にパトリシアが『げ…』と、何とも表現に困る声を漏らした。

「イガーカリって、イエヤンス商会じゃない……」
「あぁ、商会名はそんなだったかな」
「はぁ…どこまであんた達が掴んでるのか知んないけどぉ、イエヤンス商会ってナジャデールの強硬派に繋がる商会よぉ~。しかも商会長……ん~、一応あっちの王子さん達から目も耳も塞ぐというお墨付きは貰ってるけどぉ、ちょーっと扱いが難しい相手だわぁ~」

 口調は兎も角、パトリシアの声に少し硬さがあり、本当に困った相手なのだろう。それを受けてソアンも周囲へ視線を流す。

「イエヤンス商会というのは、そんなに厄介な相手なのかい?」

 ソアンの問いかけにまず答えたのはヴェルザンだ。

「ナジャデールの国境付近を押さえているのがそこなので、周辺で取引するとなるとそのイエヤンス商会なんですが……その、強硬派との繋がりもあり、盗品などの売買も請け負っているようです。
 ただナジャデールのお国柄か、人身売買だけは、すげなく断られているようです。
 まぁギルド員にとって人身売買は普通にご法度ですし。ただ、あまり流通のない珍しい物の取り扱いもあるようで、それなりに繁盛していると思われます」
「ふむ…ではこの書簡にあるカーンパックス商会と言うのは?」

 再びパトリシアが答える。

「そこはあそこの王家御用達というか、穏健派の商会だわぁ~。人身売買は当然、違法な薬物なんかの取引もしてない、真っ白な商会って言われてるよぉ~。
 実際、あっちで禁制品を持ち込んだ阿呆が居たんだけどぉ、カーンパックス商会で捕縛されたって話は流れてきてるわねぇ~」
「なるほど、つまり今カレリネ達と色々画策してるのは、面倒な方って事だね」

 そのままソアンは腕組みをして思考の海に沈み込んだが、暫くして顔を上げると、エリィにその顔を向けた。

「やはり叶うなら依頼を受けて欲しい。
 テレッサの身の安全は、今この国にとって最重要だ。彼女自身が望んだ事とは言え、警護は厚くしておきたい。
 エリィ嬢、君なら女の子だし、あの子の傍に控えていても問題ないだろう。何より君の戦闘能力ならば申し分ない」

 夜会での大立ち回りなど避けたい所だが、どうしたものだろう……この依頼を受けても自分には何のメリットもないのだ。

「正直受ける気になりません。私のメリットが何もないですから」

 端的にそれだけ言って捨てれば、ソアンが苦笑を浮かべる。

「確かにその通りだ。だから報酬の話をしようじゃないか。
 報酬は私の権限が及ぶすべてで応えようと思っている。
 金であれ土地であれ、何なら爵位だってどうにかしよう。どうだろうか?」

 ソアンの提案に、エリィが顎に手を置いて考え込む。

【金も土地も要らへんやんなぁ、爵位なんてもっと要らへんやろ?】
【そうなのよね……お金は素材売るだけで何の問題もなく稼げてるし、何ならポーション売ったりすれば結構稼げると思うのよね。その為のギルド所属なのだし。
 土地も居空地があるから全く魅力的じゃない。
 爵位なんて面倒事が増えるだけだもの、御免被るわ】

 アレクとエリィの念話での会話に、セレスが口を挟んできた。

【だったらどうすんだ? とっととオサラバするかー?】
【……】
【沈黙は肯定とみなすでぇ?】
【ぁ? はいはい、じゃあオサラバはしないわ】
【なんでだよ? こいつらの事情ってだけじゃんか。エリィ様が動かねーといけない訳じゃねーだろ?】

 エリィの口角が柔らかく弧を描く。

【恩は売っておいて損はないでしょ?
 それにそれを盾にすれば、セレスを表立たせずに済むわ】
【あぁ、それはそうやな。何も精霊どうのこうのなんちゅぅ功績出さんでようなるわ】
【俺は別に気になんねーよ?】
【まぁセレスは気にしないかもしれないけど、人間種に『お礼参り』だ『参拝』だと、住処に押し掛けられても困るでしょ?】

 エリィの何気ない言葉に、セレスはやはり自分は住処から離れられないんだなと、少しだけ苦く笑んだ。
 アンセとフロルが居空地に入ってエリィと共にいけるのは、住処を失くしたからで、春精霊兄妹にとってそれが良かったのか悪かったのかは、セレスにはわからない。
 けれど、ほんの少し羨ましいと思ってしまう気持ちが残った。
 フィルに関しては、元々アルメナはあちこち出かけてる事も多く、また自分が構ってほしさに色々押し付けたせいもあり、羨ましいと言うよりは、反省の色が濃い感じだ。

【……ん、エリィ様に任せるよ】

 エリィ達には気づかれないよう、ほんの少しだけ遠くを見るような視線に苦いものが混じった。

「では永劫王侯貴族に膝を折らなくて良くなる、お墨付きみたいなものが欲しいですね。
 元々ここまでセレスを連れてきたのも、それがあっただけの事で、夜会の仕事の報酬として貰えるなら、セレスを見世物にしなくて済みます。正直精霊であるセレスを表立たせるのも気が乗ってたわけじゃないですしね。

 こう言うと後ろの方々がいきり立ちそうですが、貴族と貴族以外の違いって何です?
 生まれだの血筋だの、そんな事じゃなく、根本的に何か違うんです? 生物として何か違いがあるんでしょうか? 私にはわかりませんが…。
 別に身分に踏ん反り返るのも、私に面倒が及ばないのであれば、どうでも良いんです。最初から関わりませんから。
 だけど私が望まず避けようとしたとしても、お聞き及びかどうかわかりませんが、貴族なんだから従えとか、絡んでくる輩が居るんですよ。
 正直迷惑でしかありません。

 あと、土地や爵位は要りません。この国に住むつもりはないですし、面倒事は御免被りたいので。
 お金についてはそちらが相応と思える分を出してもらえれば文句はないです。お墨付きの方が頂けるなら、お金はなくても構いませんよ」

 反対に『如何ですか?』と首を傾けることで訊ねれば、ソアンが吹き出すように笑いだした。

「ハハッ。いや、本当に愉快だね。
 反対に私達が膝を折る御墨付でも問題ないよ。後でその旨記した正式な書簡と……そうだ、国宝の一つも渡す事にして、我が国の危機を救った英雄としよう。
 実際、夜会の依頼だけでなく、瘴気の後退にも、エリィ嬢は関与しているんだろう?」

 ソアンの言に瘴気の膜を黙々と剥がす作業を思い出し、エリィは口をへの字に曲げた。

「あんな長時間の無償かつ重労働は、もう二度と御免被りたいですけどね……」

 『うっ』とセレスが胸を押さえてよろめく様子に、エリィはやれやれと首を振りながら、王侯貴族に頭を下げなくて済むなら、それだけで良いと付け加えた。

「なるほど。ならば尚更だ。相応な金品も当然用意させてもらうとしよう。ヒース、後で手紙を認めるから頼めるか?」
「承知いたしました」




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