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214話 デノマイラの邸 その目前

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 エリィの執り成しで、やっとアンセの拘束から解かれたパトリシアだったが、実の所完全自由放免となった訳ではない。
 フロルが微笑みと共に、その首の後ろに『種』を植え込んだ。
 フロル曰く『信用ならない』からだそう。これに関してセレスが止めるよう説得はしたが、聞く耳を持つことなくさっさと植え込んでしまった。
 丁度ヴェルザンから借りたギルド所有の受信箱が反応し、届いたものを確認しようとしたその一瞬をつかれ、エリィには止める暇もなかったのだ。

 まぁ暫くすれば落ち着くだろうし、頃合いを見計らって再度執り成してやるかと考えながらエリィとアレク、そしてパトリシアは歩き出した。

 アンセとフロルに関しては異空地に戻って良いと告げたのだが、パトリシアが同行するなら監視すると言いだし、セレス共々上空での移動にして貰った。
 そのせいで種を植え込まれる事態となった訳なのだが、折角向こうから来てくれたのだから、エリィとしては色々と聞きたい事もあったのだ。

 頻りに『種』を植え込まれた部分を手で擦り、難しい表情のまま気にするパトリシアに、エリィが歩きながら声をかける。

「ソレについては後で言って外させるから」
「ふぇ!? ぁ、あああぁ、い、いえ! だ、大丈夫、デス」
「いや、大丈夫じゃないでしょ? 身体を苗床に命を吸い上げる植物なんて、何処から見つけてきたのやら…魔物でもないみたいだしね」
「いえ! その……あたしがこう、疑われても仕方ない行動をとってしまったですし……えっと、反省してます……」
「そう、まぁ反省はしっかりして下さい。そちらの組織の中では貴女が一番偉いのかもしれませんが、私や仲間にとっては、貴女の地位など知る由もありませんしね。
 現状取引をしている訳でもないので、偉そうにされる謂れもない。ましてや悪戯に命を狙われるなど、返り討ちにされても文句は言えないのだという事は、しっかりと肝に銘じておいて下さい」
「……はい、返す言葉もございません…」

 しっかりと釘を刺してから、聖英信団の事、竜の碧石とその指輪や転移の事、表の顔と裏の顔の事、周囲に人の気配も何もなかったので、パトリシアも声を顰めながらではあるが教えてくれた。
 刺した釘が良い仕事をしているのかわからないが、少なくとも嘘は言っていないと思える程度には真摯に受け答えするパトリシアに、エリィは気になった事を聞いてみる気になった。

「どこまで聞いてるのかわかりませんけど、ハッファの光軌の悪気騒ぎの事は聞いてるんですよね?」

 歩き続けて、少し街道に近くなったからか、パトリシアはフードを深く被り直し、耳や髪が出ていない事を確認してから、大きく頷いた。

「それが、多分ですけど人為的だった事は?」
「……ぇ?」

 聞いていなかったのか、虚を突かれたようにパトリシアが、素の反応をする。

「そう、その事については触れてなかったんですね」
「……はい、何も書かれていませんでした。悪気を癒してもらった事、貴方様の呼び名、そしてその外見と、後はもし来ることがあったら頼むと…それだけです」
「そう……」

 パッタルが伝え忘れるという事があるだろうか? それとも別件と考えた? 見え隠れするナジャデールとやらの影について、どうすべきかエリィは考え込む。
 話すにしても、こんな道端で話す内容ではないし、正直憶測部分も多い。今も例の怪しいコスプレ男の監視はスーに続けて貰っているが、今の所コレと言って動きがないのだ。

 エリィが黙してしまい、パトリシアも同じく沈黙していたが、眉根を寄せた少し険しい表情で口を開いた。

「エリィ様、何か気にかかることがあるのならお教えください」
「………」
「ダメでしょうか……勘でしかないですが、聞いておくべきだと感じるんです」

 エリィの方が当然ながら身長が低いので、パトリシアを見上げながら、小さく息を一つ吐く。
 パトリシア自身が望むなら、憶測は入っているがと前もって言い置けば、聞かせること自体は吝かではない。しかし、街道から少し離れているとは言え、こんな場所でする話でもないだろう。
 エリィはヴェルザンから先ほど届いた物を取り出して眺める。それには合流場所となっている邸への簡単な地図が描かれていた。

 ふと何かを感じてパネルを呼び出せば、牛だのなんだのと捜索や不審者の監視など、色々とお願い事をしているので忙しいはずの深森蜂の要望欄に新規文書が表示されていて笑ってしまった。


 掌握:スフィカ{398}
    デル・ファナン・セピトナ{398}

 命令:掌握主とその眷属は襲撃不可(永劫継続)
    不審人間種の監視、報告{398}:継続中(対象への攻撃不可)

 要望:待遇現状維持
    邸の場所は特定済み。現在地から遠くない。案内は任せろ!
    ご褒美はチェボーの肉が希望!


 チェボーって確か猪っぽい魔物だっけ…と考えながら、浮かぶ苦笑をどうにか堪えようとする。
 パネルはエリィとその仲間以外に見えていないのだから、これで笑っていれば、何もない所で突然笑いだす不審者認定まっしぐらだ、それは避けたい。
 何とか笑いを堪えてパトリシアに提案する。

「少し場所を移動しても構いませんか?」

 唐突な提案に目を丸くするパトリシアだったが、直ぐに頷いた。

「はい。流石に場所は変えたほうがってあたしも思ってました」

 パトリシアの言葉に頷きを返せば、パネルに現在地と目的地が表示され、進行方向も矢印で表示される。
 この矢印が地味に秀逸で、単に現在とと目的地を最短で結ぶルートではなく、大きな段差などがある場所では迂回する方向が表示されている。
 先だって異空地がレベルアップしたが、もしかするとパネルにもレベルがあるのかもしれない。

 ついでとばかりに収納内の肉の状況を見れば、ご要望の猪肉は今回分に関しては問題ない量があった。
 次回に備えてまた狩っておかないといけないだろうが。



 そして案内される事2鐘……つまり2時間。

 休みなしの歩き続けで2時間が『遠くない』とは……額に青筋が立ちそうになったのは言うまでもない。

 まもなく夕刻になろうかと言う時間、少し外れた場所に立つ広い邸は、思った以上にひっそりと静まり返っていた。

 邸内の気配を探ればオリアーナやゲナイド達、ヴェルザンに、後は見知らぬ気配がいくつかある。
 敷地内の方はと言うと、巡回している気配、これは警護の騎士達か何かだろう。ただそれも然程多くはない。

 パトリシアも同行しているため、普通の猫を気取っているアレクが、念話で話しかけてきた。

【僕が先に入って知らせてこよか?】
【ん? これは何だろ……結界とかじゃないけど、塀に何か施されてるみたいだから、それを越えてというのはオススメしないわよ?】
【流石にそないな無茶せえへんわ! 門からやったら開いてそうやから】
【まぁ見た目猫なら警備の人も、わざわざ止めたりはしないかもしれないけど】
【せやろ? ほんならちょっくら行ってくるわ】

 エリィの足元から突然駆け出したアレクに、パトリシアが少々息切れしているその身をぴくりと震わせた。

「ぇ?」
「あぁ、ごめんなさい、ちょっと先触れに?」
「先触れって……猫が? ぁ、いえ、それより……もしかして、目的地はここなんですか?」

 パトリシアの顔が微妙に引き攣っている。

「そう、みたい?」
「……………嘘だと言って……」

 パトリシアは当然知っていた。
 デノマイラ郊外の邸は王家所有の物だと。



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