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212話 空気の読めない襲撃者
しおりを挟む【なぁ、なんや変なんおらへん?】
【さっきから視線が鬱陶しいったらないわ】
トクスなんかと違い、デノマイラ付近はかなり王都に近いせいか、林や森はあってもあまり深くはなく、点在している感じだ。
とはいえ動物は勿論、魔物の気配のない訳ではない。
ただ発見されればすぐに対応されるのか、居たとしても小物が殆どだ。
そんな大きくもない森に入り込み、主に採取(偶に狩りも)しながら歩いていると、動物でも魔物でもない気配に気づいた。
周囲に埋もれる様に上手く気配を隠してはいるが、人外エリィ達からすれば、人間種の気配はとてもわかりやすい。
少し前にも人間種の気配を感じたが、その時はあっさり去ったので、そのまま気にすることもなかったのだが、そんなに間を置くことなく近づいてきた気配に、正直げんなりしてしまう。
と言うのも、襲撃が目的ならさっさと襲い掛かってくれれば話は早いのに、新たな気配はつかず離れずの距離を保ったまま、ずっと粘着質な視線を投げて来るだけなのだ。
あまりに鬱陶しいのでエリィの方から手を出そうかとも思ったのだが、万が一ヴェルザンの言っていた王都の協力者の手の者であれば、後が面倒くさい。
それで仕方なく放置している次第なのだが、流石にアレクも、エリィ同様げんなりし始めた。
【サクッと捕まえて、話した方が早ないやろか?】
【ん~、話聞くのも面倒なんだけど……まぁそうね、誘いでもかけて見ますか】
【誘い?】
【向こうの狙いがわからない以上、どういう行動なら誘えるかわからないけど、とりあえず隙でも見せてみようかと】
【さよか~、ほんなら僕も離れたほうがええやろか?】
【どちらでも】
そんな会話を念話でしながら、アレクがエリィの傍から離れ、近くの木に登って行った。
それを見送ったエリィはと言えば、背負い袋を下ろし、その中へ新たに採取した植物を、根を傷つけないようにしながら入れ込む。そのまま座り込み、水筒を取り出して口に運ぼうとしたところで、追跡者(?)の気配が変わった事に気付いた。
水筒を傾けながら顔の向きはそのままに、視線だけで追跡者を捉える。
黒っぽいフード付きのマントを羽織った、体つきから恐らく女性だろう人物を見据えた。
当然ながら普通なら見える距離ではないし、音も拾えはしない。しかしエリィにははっきり見えているし、なんなら布が揺れる音もちゃんと拾えている。
人外もここまでくれば、いっそ清々しい程だ。
その彼女は身軽に木に登り、太い枝の上に片膝をつき、近くの葉っぱを数枚千切っている様子が見える。
そして千切った葉を一枚口にくわえると、そのまま横へとスライドさせれば、驚いたことに千切られた葉が形状を細長く変えた。
徐に弓を横に構え、元はただの葉だった細長いものを3本程纏めて矢のようにつがえる。
ギッと低く弓の撓む音がして、弦が引き絞られる。
狙いを定めて放たれた矢だが、エリィからは全て外れる軌道さえ見えているので、水筒を傾けたまま身動きする事もしない。
考えている事はと言えば『あんな事できるんだ…。どうやったんだろ、葉っぱが矢に変化するなんて不思議!』等々で、どこまでも呑気なものだ。
葉を変化させた矢を放った女性の口元がニィッと引きあがり、とても楽しそうな表情をしている事がわかる。
恐らく彼女は、それらがエリィに当たるか掠めるかを期待しているのかもしれないが、生憎と全弾外れは確定していた。
ヒュッと空気を切る音がして、いざエリィにそれらが迫った時、外れでした~と笑ってやろうかと顔を動かそうとしたところで状況が一変する。
「風ぇぇ!!」
「さぁ私の意に従ってくださいませ」
「僕のいう事を聞いてくれるね?」
上空の方から精霊たちの声がしたかと思えば、襲撃者は一瞬にして風に飛ばされ、秒と置かずに、どこからともなく現れた鮮やかな花弁が、襲撃者の視界を奪い動きを封じる。
身を捩るまもなく大地から伸びた蔓の様な何かが、襲撃者の身体に隙間なく巻き付き拘束した。
思いがけない方向からなの、あっけない幕切れに、エリィに方が瞬間呆けてしまったくらいで、襲撃者の方は更に、何が何だかわかっていないだろう。
呆然と声をあげる事もなく固まっている襲撃者をよそに、上から降りて来たセレス、フロル、アンセがエリィの方へと駆け寄ってきた。
「エリィ様! 怪我無いか!?」
「御無事ですか!?」
「怪我してたら………」
口々にエリィを心配してくれるのは嬉しいが、揃ってその後は襲撃者を射殺さんばかりに睨みつける。
セレスもフロルも怒りの表情を隠しもせず、仕舞には殺気まで立ち昇らせる状態だったが、アンセが比較的穏やかなので、ホッとして声を開けようとした。
「……怪我してたら言って、エリィ様の痛みは僕が何倍にもして返してやるから」
アンセが一番怒らせてはいけない相手のようだ。
襲撃者に関しては既にぐるぐる巻きで、もしかすると呼吸もヤバいかもな状態なのだが、まぁ自業自得と後回しにする。
「で、3人はどうして?」
エリィに問われた3名が、それぞれ微妙な表情で伺いあっている様子に首を捻っていると、ぐるぐる巻きに転がされた襲撃者の意識が現実に戻ったのか、もぞもぞと身じろぎし始めた。
「ンーンンー!!」
ぐるぐる巻きにしているのはアンセだったかと、顔を向ければ、アンセが珍しく憮然とした表情をしていた。
「アンセ?」
「このまま何処かに消し去ろう?」
きょとりと首を傾がせた春色の美少年が、さらりと怖い事を言うのに、口元が引き攣る。
「いやいやいやいや、アンセさん、それはマズいと思うのですが?」
「そう? だってコレ、エリィ様が嫌いな『面倒』だと思うんだけど」
まぁ。他に誰もいない事は確認しているが、無駄に追っ手を増やすことをする必要はないと告げれば、アンセは仕方ないと言いたげな顔で、口の部分のぐるぐるだけを緩めてくれた。
「ぷっはぁぁぁ!! 死ぬかと思ったわぁぁ~~!!」
「「「「煩い」」」」
エリィと精霊達は異口同音に呟いた。
「ちょっとぉぉ! 何処の誰かわかんないけど、このぐるぐる早く外してよぉ~」
「「「「………」」」」
「気配がするから近くには居るんでしょぉ~? は~や~くぅぅ~! なんも見えないし、聞こえないし、息苦しいのぉぉ!!」
気配は別に隠す気はないし、それどころか反対にわかる様に、雑に物音さえ立てているので、それは良いのだが、どうにも襲撃者の女性は、よく言えば豪胆……有体に言えば空気を読めない人物のようだった。
ともあれ目元は兎も角、話をするのに聞こえないのは問題と思ったのか、アンセが耳元のぐるぐるも緩めれば、ピコリと飛び出た耳の形に、全員が微かに目を見開いた。
ピンと尖ったその形は、エリィの認識で言うならエルフのソレに見えた。
勿論地球ではエルフなどと言う種族はおらず、空想、御伽噺、言い方は色々あるが、詰まる所実在しないと言う事実に変わりはない。
だが、それでもそうと認識できるほどには知られた存在で、改めて日本の漫画やアニメ、ゲームなんかの文化凄すぎと思わされた。
感心している場合ではないとエリィが口を開きかけた所で、フロルが先に声を発する。
「本当に魔素減少の影響って大きいんですのね……エルフの癖に、私達をきちんと認識できないだなんて…」
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