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211話 聖英信団と彼の国
しおりを挟む「そうは言うけど、最近あたしのお気に入りがどんどん離れていっちゃうんだもぉん、ちょっとくらいいいじゃないのぉ~」
信者の方々が面会希望という事で、項垂れるパトリシアをさっさと見捨ててツィリーネが部屋を出て閉じる扉の音と同時に呟いた。
パトリシアは最近面白くない事にばかり出くわしている。
表としての聖英信団への入信者や、信官吏を志してやって来る者は、多くはないが少なくもない。しかし裏としてはそうそう居らず、最近は人手不足に悩まされているのが実情だ。
先だって珍しく裏への入団があったが、その少女は別支部へ取られてしまった。実際には取られた訳でも何でもなく、教える内容にふさわしい人材が王都近くの聖英堂ではなく、離れた場所に居たと言うだけの事なのだが、それ以来、パトリシアは地味に膨れているのだ。
お気に入りと言って憚らなかったカデリオ(現在はノルシークと名乗っているが、パトリシアは知らない)もめっきり訪れなくなったし、それどころかすっきりとした表情になって弄り甲斐が無くなった。
高価ではあったが、自分の動きに連動して動く蜘蛛型端末と繋がる耳飾りも手に入れたのだが、早々に端末の方が破損してしまうなど、もっと些末な事まで含めれば枚挙に暇がない程である。
そして最近は近くにうろつく、外つ国の怪しい者達が増えた事も少々気に入らないのだ。
「あそこはあそこで困ったモンだわぁ~……」
パトリシアが伸ばした手に触れた、羊皮紙様の物を掴んで引き寄せる。
文書の一番最後にあるサインは、最近鬱陶しい外つ国…ナジャデール王国に拠点を持つカーンパックス商会の物だ。
その字面を暫し眺めてから、パトリシアは微かに柳眉を跳ね上げた。
裏の顔を持つ聖英信団だからこそだが、実の所ナジャデール王国の成り立ちを考えれば、盗賊国家などと称して貶めるのは如何なものかと、パトリシア自身は思っている。
それというのも実はナジャデール王国は、神話だの英雄譚だのに彩られた華々しい建国譚を持つ国ではない。
この大陸の南、砂漠などの不毛の大地に囲まれた過酷な土地に、他の国々で虐げられた人々が、命からがら逃げ延びた先に作り上げた国家なのだ。
なのでナジャデールには有色人族、エルフ族、ドワーフ族、他にも草人族や竜人族、果ては魔人族まで居ると言われ、何ともバラエティに富んだ国となっている。まぁ流石に魔人族は噂でしかないと思われるが。
中でも勤勉だからと無理やり攫われ、散々にこき使われてきた東の大陸の卵色の肌を持つ人々が割合的に最も多く、彼らが中心となって細々と暮らしていたが、いつの間にやら王族などと祭り上げられてしまい今に至っている。
国の成り立ちがそんな理由だったせいで、最初の頃に盗賊行為を是としていた為に、未だ盗賊国家と蔑まれているが、元はと言えば彼らを無理やり攫い、こき使っていたゴルドラーデンを始めとする周辺諸国が元凶である。
再びの蹂躙を恐れて軍部の強化を図ったのも必然と言える。
なのでパトリシアは対等な取引相手としてこれまで付き合ってきたのだが、最近少々きな臭い事になっているのだ。
それというのも搾取された物を取り返すのだと息巻く強硬派と、国として今後を鑑み、印象の払拭を願う穏健派に分かれ、睨み合っている状態なのである。
王家も見かけは第1王子と第2王子とで別れているようだが、実はそうではなく、略奪行為で利を得ている一部を筆頭とした軍部が強硬派なだけで、それ以外は穏健、もしくは中立派なのだ。第1王子が強硬派と言われるのは、彼にそういう思想があるからではなく、強硬派を押さえ込んでいるのが彼と言うだけの事だ。
とはいえ、その強硬派が軍部でも上層位を占めており、潰すに潰せないと言う歯がゆい現状がある。
自らを守るために戦闘手段を求め充足させていった国なので、王家と軍部は二大巨頭となっており、そのバランスは酷く危なっかしい。特に国境近くには必ず軍が置かれ防衛を担っている事もあり、正直王家と言えど軍部に物申すのも難しく、穏健派にとっては頭の痛い話だろう。
そして手元の文書のサインにあるのは、その穏健派の方に与する商会。
いや、商会のサインを装った第2王子からの文書なのだった。
パトリシアとしても、如何にこのゴルドラーデンという国が腐っていようと、恩人で父とも慕ったジャダナイファの墓がある国を蹂躙されるのは気分が宜しくない。
その文書には強硬派がゴルドラーデンの王族と接触を持ち、何か企んでいるので注意するようにと、あと強硬派の手の者ならば如何様にしても耳と目を塞ぐと言う内容が書かれていた。
当然邪魔になれば排除する気満々なので、目も耳も塞いでくれると言うのはありがたいのだが、残念な事にゴルドラーデン王家とは接点がない。
成り立ちが成り立ちなだけに、ナジャデール王家とはそれなりに接点があったのだが、他の国の王家となると、主信仰教団でもないので難しい。
勿論裏の仕事で接触を図ってきた貴族家を経由すれば、王家とも接触を持つことは不可能ではないだろうが、こちらから動いたとなれば、今後首を押さえられる事態になる可能性がないとも言い切れず、それは避けたい所なのだ。
どの国の王族、高位貴族も古くから抱えた影集団が存在するのは暗黙の了解で、市井の裏組織等活用するのは、大抵が碌でもない連中だ。
パトリシア自身はそういう『碌でもない』案件に首を突っ込まないようにはしているが、それも時と場合によるので、貴族とか言う生物と全く縁がない訳ではない。
どうしたものかと、繋ぎが取れそうな貴族家を指折り数えていると、ノックもなく部屋の扉が―――
バァァアア「ヒュン」アアァン「ガン!」!
その間1秒もなかったかもしれない。
扉が開くや否や、パトリシアは近くに会ったペーパーウェイトのような置物を目にもとまらぬ速さで取り、それを投げつければ、扉を開けたであろう人物の額にクリーンヒットした。
あまりの痛みに額を押さえて呻きながら蹲る男性が1人。
ちなみに投げつけた置物は、大きな音を立てて床に落ち転がっている。
「▼□◎ッ※……」
「やだぁ、ホダレク当たっちゃったのぉ~!?」
仮にも裏組織の首領でもあるパトリシアの部屋に、ノックもなくやってくるのが悪い。もっともパトリシアの言葉から察するに、それ以前の問題であるようだ。
そう、まるで当たるのが悪いと言わんばかりの言葉に、ノックもなくやって来るのが日常茶飯事なのだと伺える。
ホダレクと呼ばれたなかなかガタイの良い男性は、痛む額を手でおさえたままなので顔を見る事もかなわないが、無言のまま小さな紙片を差し出した。
その様子にパトリシアは近づいて紙片を受けとる。
そしてそれに目を落として暫くすると、とってもいい笑顔を披露してくれた。
「ホダレク、あたし出かけるわねぇ~! ツィリーネには上手く言っといてよぉ~♪」
「………」
未だ痛みに蹲ったままのホダレクは、役目は果たしたとばかりに、意識も手放したようだったが、そんな事はパトリシアには関係がない。
いそいそと部屋の奥へ行き、自室の扉を開けて中へ入ると、更に奥の衣装スペースに移動した。
ずらりと並んだ各種衣装、装備、小物類の中で、ギルド員風の…つまり動きやすそうな服を手に取る。
「くふ♪ デノマイラ近くなのねぇ~。
ツィリーネはあぁ言ったけどぉ、ちょっぴりちょっかいかけるくらい、きっと許されるわよねぇ~?
だって確認はやっぱり必要だもぉん!」
ささっと着替えを済ませ、脇に置いていた弓を手に取って弦の具合を確認する。
「待っててねぇ~。エリィ様はぁ、あたしと遊んでくれるかしらぁ~、あぁん♪ 楽しみぃ~」
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