上 下
211 / 225

211話 聖英信団と彼の国

しおりを挟む


「そうは言うけど、最近あたしのお気に入りがどんどん離れていっちゃうんだもぉん、ちょっとくらいいいじゃないのぉ~」

 信者の方々が面会希望という事で、項垂れるパトリシアをさっさと見捨ててツィリーネが部屋を出て閉じる扉の音と同時に呟いた。

 パトリシアは最近面白くない事にばかり出くわしている。

 表としての聖英信団への入信者や、信官吏を志してやって来る者は、多くはないが少なくもない。しかし裏としてはそうそう居らず、最近は人手不足に悩まされているのが実情だ。
 先だって珍しく裏への入団があったが、その少女は別支部へ取られてしまった。実際には取られた訳でも何でもなく、教える内容にふさわしい人材が王都近くの聖英堂ではなく、離れた場所に居たと言うだけの事なのだが、それ以来、パトリシアは地味に膨れているのだ。

 お気に入りと言って憚らなかったカデリオ(現在はノルシークと名乗っているが、パトリシアは知らない)もめっきり訪れなくなったし、それどころかすっきりとした表情になって弄り甲斐が無くなった。
 高価ではあったが、自分の動きに連動して動く蜘蛛型端末と繋がる耳飾りも手に入れたのだが、早々に端末の方が破損してしまうなど、もっと些末な事まで含めれば枚挙に暇がない程である。
 そして最近は近くにうろつく、外つ国の怪しい者達が増えた事も少々気に入らないのだ。

「あそこはあそこで困ったモンだわぁ~……」

 パトリシアが伸ばした手に触れた、羊皮紙様の物を掴んで引き寄せる。
 文書の一番最後にあるサインは、最近鬱陶しい外つ国…ナジャデール王国に拠点を持つカーンパックス商会の物だ。

 その字面を暫し眺めてから、パトリシアは微かに柳眉を跳ね上げた。

 裏の顔を持つ聖英信団だからこそだが、実の所ナジャデール王国の成り立ちを考えれば、盗賊国家などと称して貶めるのは如何なものかと、パトリシア自身は思っている。

 それというのも実はナジャデール王国は、神話だの英雄譚だのに彩られた華々しい建国譚を持つ国ではない。
 この大陸の南、砂漠などの不毛の大地に囲まれた過酷な土地に、他の国々で虐げられた人々が、命からがら逃げ延びた先に作り上げた国家なのだ。
 なのでナジャデールには有色人族、エルフ族、ドワーフ族、他にも草人族や竜人族、果ては魔人族まで居ると言われ、何ともバラエティに富んだ国となっている。まぁ流石に魔人族は噂でしかないと思われるが。

 中でも勤勉だからと無理やり攫われ、散々にこき使われてきた東の大陸の卵色の肌を持つ人々が割合的に最も多く、彼らが中心となって細々と暮らしていたが、いつの間にやら王族などと祭り上げられてしまい今に至っている。
 国の成り立ちがそんな理由だったせいで、最初の頃に盗賊行為を是としていた為に、未だ盗賊国家と蔑まれているが、元はと言えば彼らを無理やり攫い、こき使っていたゴルドラーデンを始めとする周辺諸国が元凶である。
 再びの蹂躙を恐れて軍部の強化を図ったのも必然と言える。

 なのでパトリシアは対等な取引相手としてこれまで付き合ってきたのだが、最近少々きな臭い事になっているのだ。

 それというのも搾取された物を取り返すのだと息巻く強硬派と、国として今後を鑑み、印象の払拭を願う穏健派に分かれ、睨み合っている状態なのである。

 王家も見かけは第1王子と第2王子とで別れているようだが、実はそうではなく、略奪行為で利を得ている一部を筆頭とした軍部が強硬派なだけで、それ以外は穏健、もしくは中立派なのだ。第1王子が強硬派と言われるのは、彼にそういう思想があるからではなく、強硬派を押さえ込んでいるのが彼と言うだけの事だ。
 とはいえ、その強硬派が軍部でも上層位を占めており、潰すに潰せないと言う歯がゆい現状がある。
 自らを守るために戦闘手段を求め充足させていった国なので、王家と軍部は二大巨頭となっており、そのバランスは酷く危なっかしい。特に国境近くには必ず軍が置かれ防衛を担っている事もあり、正直王家と言えど軍部に物申すのも難しく、穏健派にとっては頭の痛い話だろう。

 そして手元の文書のサインにあるのは、その穏健派の方に与する商会。
 いや、商会のサインを装った第2王子からの文書なのだった。

 パトリシアとしても、如何にこのゴルドラーデンという国が腐っていようと、恩人で父とも慕ったジャダナイファの墓がある国を蹂躙されるのは気分が宜しくない。
 その文書には強硬派がゴルドラーデンの王族と接触を持ち、何か企んでいるので注意するようにと、あと強硬派の手の者ならば如何様にしても耳と目を塞ぐと言う内容が書かれていた。
 当然邪魔になれば排除する気満々なので、目も耳も塞いでくれると言うのはありがたいのだが、残念な事にゴルドラーデン王家とは接点がない。
 成り立ちが成り立ちなだけに、ナジャデール王家とはそれなりに接点があったのだが、他の国の王家となると、主信仰教団でもないので難しい。

 勿論裏の仕事で接触を図ってきた貴族家を経由すれば、王家とも接触を持つことは不可能ではないだろうが、こちらから動いたとなれば、今後首を押さえられる事態になる可能性がないとも言い切れず、それは避けたい所なのだ。
 どの国の王族、高位貴族も古くから抱えた影集団が存在するのは暗黙の了解で、市井の裏組織等活用するのは、大抵が碌でもない連中だ。
 パトリシア自身はそういう『碌でもない』案件に首を突っ込まないようにはしているが、それも時と場合によるので、貴族とか言う生物と全く縁がない訳ではない。
 どうしたものかと、繋ぎが取れそうな貴族家を指折り数えていると、ノックもなく部屋の扉が―――

 バァァアア「ヒュン」アアァン「ガン!」!

 その間1秒もなかったかもしれない。
 扉が開くや否や、パトリシアは近くに会ったペーパーウェイトのような置物を目にもとまらぬ速さで取り、それを投げつければ、扉を開けたであろう人物の額にクリーンヒットした。
 あまりの痛みに額を押さえて呻きながら蹲る男性が1人。
 ちなみに投げつけた置物は、大きな音を立てて床に落ち転がっている。

「▼□◎ッ※……」
「やだぁ、ホダレク当たっちゃったのぉ~!?」

 仮にも裏組織の首領でもあるパトリシアの部屋に、ノックもなくやってくるのが悪い。もっともパトリシアの言葉から察するに、それ以前の問題であるようだ。
 そう、まるで当たるのが悪いと言わんばかりの言葉に、ノックもなくやって来るのが日常茶飯事なのだと伺える。

 ホダレクと呼ばれたなかなかガタイの良い男性は、痛む額を手でおさえたままなので顔を見る事もかなわないが、無言のまま小さな紙片を差し出した。

 その様子にパトリシアは近づいて紙片を受けとる。

 そしてそれに目を落として暫くすると、とってもいい笑顔を披露してくれた。

「ホダレク、あたし出かけるわねぇ~! ツィリーネには上手く言っといてよぉ~♪」
「………」

 未だ痛みに蹲ったままのホダレクは、役目は果たしたとばかりに、意識も手放したようだったが、そんな事はパトリシアには関係がない。
 いそいそと部屋の奥へ行き、自室の扉を開けて中へ入ると、更に奥の衣装スペースに移動した。

 ずらりと並んだ各種衣装、装備、小物類の中で、ギルド員風の…つまり動きやすそうな服を手に取る。

「くふ♪ デノマイラ近くなのねぇ~。
 ツィリーネはあぁ言ったけどぉ、ちょっぴりちょっかいかけるくらい、きっと許されるわよねぇ~?
 だって確認はやっぱり必要だもぉん!」

 ささっと着替えを済ませ、脇に置いていた弓を手に取って弦の具合を確認する。

「待っててねぇ~。エリィ様はぁ、あたしと遊んでくれるかしらぁ~、あぁん♪ 楽しみぃ~」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話

白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。 世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。 その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。 裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。 だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。 そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!! 感想大歓迎です! ※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。

平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。  応援していただけたら執筆の励みになります。 《俺、貸します!》 これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ) ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非! 「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」 この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。 しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。 レベル35と見せかけているが、本当は350。 水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。 あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。 それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。 リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。 その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。 あえなく、追放されてしまう。 しかし、それにより制限の消えたヨシュア。 一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。 その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。 まさに、ヨシュアにとっての天職であった。 自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。 生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。 目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。 元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。 そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。 一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。 ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。 そのときには、もう遅いのであった。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...