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208話 イエヤンス商会 イガーカリ商会長
しおりを挟む「如何でございましょう?」
ゲネミーサは鏡の前に座ってぼんやりしているカレリネに声をかける。
先程までと違い、右側の髪を一房巻き上げずに垂らし、髪先をコテで巻いて綺麗にカールさせている。
ドレスもレースがふんだんに使われた、華やかなオレンジ色の物に変えていた。
侍女であるゲネミーサの声に意識を戻したカレリネは、ゆっくりと鏡の中の自分を覗き込む。
「まぁ、これでは地味ではなくて?」
傍から見ればどこが地味なのか小一時間問い詰めたい所だ。
オレンジ色の生地は光沢を放ち、同色で編まれた細かなレースは胸元だけではなく、袖にも裾部分にも、贅沢に重ねてあしらわれている。その上裾に向かって同系色の小さな宝石がこれでもかと縫い付けられているのだ。ぶっちゃけ視界の邪魔になる程けばけばしい。
しかし、そう言われた所でゲネミーサが、大粒の赤い宝石があしらわれた首飾りを取り出した。
「こちらをお付けになれば、また印象は変わりますわ。カレリネ様のお美しさが更に引き立つかと」
見覚えのない首飾りにカレリネは小首を傾げる。
「商会長イガーカリからカレリネ様にと、先程渡された物にございます」
「まぁ! イガーカリから? ふふ、なんて素敵なのかしら。ゲネミーサ、早く着けて頂戴」
「畏まりました」
カレリネ第1王女は薄茶の髪に青い瞳と言う大人しやかな色味ながら、実の所、顔の造作はそれなりに整っている。もっとも整っていると言っても華やかな方向性ではないので、大人数の中では埋もれてしまうだろう。
しかも本人も然りながら、周りで仕える者達のセンスもあまり良いとはいえず、奇抜さ等が目立ってしまうのが常だった。
今も献上された首飾りにご満悦のようだが、本人の体格に見合わない大きさの宝石が使われていて、正直石にしか視線が動かないだろう。
まぁ、献上した側もカレリネが満足すればよいと言うだけで、本人に似合う似合わないなど欠片も考慮していない。
「カレリネ様、本当にお美しいですわ」
「そう? だけどもう少し装飾が欲しいわ。後ろに大きなリボンでもあしらってもらおうかしら」
「まぁ、それは良いお考えですわ。ですが、今それをするには時間が少し……イガーカリは既に隣室で控えておりますから」
「そう? 商人なのだから待つのも仕事でしょう? それに折角だから美しい姿をと思ったのだけど」
既に2鐘以上待たせてしまっているので、侍女としては王女の後の食事の手配なども考えると、流石にそろそろ動いて欲しいのが本音だ。
「まぁ、カレリネ様がこれ以上美しく装いになられましたら、イガーカリが倒れてしまうかもしれませんよ」
「あら、それはいけないわ」
「えぇ、ですので、そろそろ参りましょう」
「わかったわ」
鏡の前からスッと離れ、隣室に繋がる扉へとゲネミーサに誘導されて向かう。
静かに扉が開かれれば、そこにはナジャデール王国の商人、イエヤンス商会の商会長イガーカリが片膝をついたままの姿勢で控えていた。
「カレリネ第1王女殿下がおなりです」
「イガーカリ、早速だけど新しいドレスを用意したいの」
カレリネからの声掛を待って控えていたイガーカリが、その声に伏せた顔をゆっくりと上げた。
「本日も本当にお美しい。カレリネ王女殿下は貴国の宝でございますな」
鼻筋の通ったなかなかのイケメンである。
小麦色の肌に朱色の癖毛と茶色の鋭い目が印象的な男性だ。
そんな彼の言葉にカレリネがにっこりと微笑む。
「まぁ、そんなセリフは聞き飽きているのだけど、イガーカリから言われるのは悪くないわね」
肌が有色で、しかも商人でしかないイガーカリに、嬉しそうな表情を見せる主人―カレリネ王女に、そっと見えないように溜息を吐いてから、イガーカリには剣呑な視線をゲネミーサは向けた。
ゲネミーサは他国の、しかも有色人種の商人を重用しているのが気に入らないのだと、取り繕う事もしない。
「イガーカリ、それで今日はどんな品を用意してきたのです?」
「は。こちらの生地は北の帝国のもので、大変珍しい染色が施された一品となっております。またこちらは僭越ながら我がナジャデール王国の品でございますが、この美しい薄紅色はカレリネ様ならば大変美しく着こなしてくださるだろうとお持ちしました。
こちらの文様が織り込まれた布は染色が難しいため、色は生地色のままとなりますが、光沢は他の物よりずっとあり、注目を浴びる事は必至かと」
ゆったりとソファに座り、テーブルに所狭しと広げられた色とりどりの布に、カレリネは目を輝かせる。
「まぁ、どれも美しいわ。さすがイガーカリね。だけど、夜会用のドレスだから生地色のものは流石に地味だもの、外して頂戴」
「夜会……ナゴレン侯爵家の夜会でございますね?」
「えぇ、そうよ。あぁ、そうそう、もうあちらの手配も済んでいるのかしら?」
カレリネの言葉にイガーカリの双眸がすぅっと眇められた。
その様子にゲネミーサが口を挟む。
「人払いは済んでございます」
その言葉にイガーカリの肩が小さく落ちた。
「カレリネ様、急にそちらの話をされるのは心臓に悪うございますよ」
「あら、どうして? ゲネミーサは優秀だから何も心配は要らないのに」
侍女に全幅の信頼を置いているのだろうが、イガーカリにはそんなこと知った事ではない。とは言えクライアントに物申すわけにもいかないのは、いつの世も同じだ。
「は、お言葉通り夜会後、帰路を狙って襲撃する手はずは、現在整えているところでございます。何分お話をいただいたのがつい先日の事ですので、どうぞ御容赦ください」
「そう。あぁ、伯父様から『例の物は夜会の当日に受け取る』と伝言をいいつかっておりましたわ。伝えましたらね?」
「はい、そちらは当初の予定通り、ナゴレン侯爵家の夜会に乗じてお渡しできるかと」
「なら良いわ」
「カレリネ様、しかしながらお尋ねしたい事が少々」
「何かしら?」
「お渡しする手はずの物でございますが、西方の亡国に存在した秘蔵の毒薬にございます。扱いが大変難しいものなのですが、それについては何か伺っていらっしゃいますか?」
「そうなの? 伯父様からは何も聞いていないわ」
「左様でございますか……当日は毒薬の扱いに長けた者に運ばせますが、お渡しした後は如何ともしがたく…」
「その辺は伯父様と直接お話しして頂戴」
「承知しました。後1点…帰路にて襲撃予定の相手について、まだ何も伺っていないのですが」
「あら、そうだったかしら。ゲネミーサ、伝え……どうしようかしら、いえ、やはりここで伝えるわ」
カレリネの言葉に後ろに控えて立っていたゲネミーサが、小さく礼をするように頭を落とした。
「アレは、いつもの黒塗りの馬車を使うのだったわね?」
「はい、その予定でございます」
ゲネミーサに確認するように言葉だけ向ければ、すぐさま返事がある。
「王家の紋章が刻まれた黒塗りの馬車が、狙ってもらう相手ね」
「王家…ゴルドラーデンの、で、ございますよね?」
「えぇ、そう。忌々しい……テレッサ」
流石にイガーカリが顔を思わず上げれば、その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
「テレッサ様と言いますと……御妹君ではございませんか…」
「妹と言っても母違いよ? それに妹だなんて思ったことは一度もないわ」
「さ、左様でございますか…」
「だけど行きで襲わせたら姿が見えないとか言って、すぐ捜索になりそうでしょ? それは困るの。ちゃぁんとあの女は攫ってもらわないと。だから帰り道でお願いね」
言葉の剣呑さとは裏腹に、カレリネの笑顔はとても弾んで見える。
「馬車を襲撃。その後確保した人物は、後程生かしたままお渡しすると言うお話でしたが、それで間違いございませんか?」
「えぇ、折角伯父様も、お父様や叔父様の毒殺を決められたんですもの。それに乗らない手はないでしょう?
あの女のせいでずっと肩身の狭い思いをしてきたの。だからその鬱憤を晴らすくらい当然の権利だと思わない?
生かしたまま責め苛むくらいしないと、気が晴れないわ。あぁ、どうしましょう……どうやって苛んでやったら楽しいかしら。恥辱は最後に与えるとして、まずはあの綺麗な爪でも剥いでやろうかしら」
まるでピクニックの計画でも立てているかのような楽し気な空気を醸すが、その内容はとてもではないが楽しさの欠片もない。
イガーカリは黙って頭を垂れる。
ただ、彼の内心はとても心穏やかではなかった。
―――聞いていた話と違う。
―――処分に困っていた毒薬の売り先が決まって喜んだだけなのに
―――政争に巻き込まれるなんて聞いてない。
ナジャデール王国、イエヤンス商会、商会長イガーカリは、この話を持ち込んできた人物の顔を、苦々しく思い出していた。
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