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206話 再びデノマイラを目指して歩き出す
しおりを挟むクヌマシャの背中を見送り『ん~』と伸びをした所で、テントの影から声をかけられた。
「エリィ様、ありがとうございます」
黄緑色の緩やかに波打つ艶髪と緑の目の美人が立っていた。
よくよく顔を見ればムルメーシャだ。
こんな目立つ髪色ではなかったはずと首を傾げると、ムルメーシャがその視線に気づいたのか、自分の髪を一房手に取る。
「あぁ、染粉を落としちゃったから。アレずっとつけてると髪がバサバサになっちゃうんですよ」
ムルメーシャが言うには、白い肌は売りになるかもとそのままにしてるが、髪色はあまり目立たせたくないようで、普段は黒に染めていると言う。
確かにケラシャが少し赤味がかった髪をしている他は、この一座の者は大抵黒髪か茶髪だった。
しかし髪色を変えている理由は言う気がないようなので、何か理由があるのだろうと、そのままスルーする。
瞳の色はケラシャとムルメーシャが緑色をしていて、座長のパッタルは青みがかっている。クヌマシャは朱色をしていて、瞳の色のバリエーションは髪色より豊かだ。
「あぁ、片付け? まぁ少しくらいはね。酒壷なんか転がってたら躓きそうで危ないじゃない?」
「や、そうじゃなくって、クヌマシャの事」
フルフルと首を振るムルメーシャの言葉に、エリィは怪訝な表情にあるのを隠せない。確かに自分のキャラではなかったが、向こうから絡んできたのだから仕方ないと言うだけの事だった。
お節介も助言も、自分にそのつもりがなくとも、言われた方にとっては鬱陶しいだけと言うのはよくある事だ。
だから、言うのであれば押し付けにならないように気を付けてはいるのだが、それって本当に気疲れするのだ。言葉と言うのは本当に難しい。そう思うので、普段はあまり話さない…関わらないようにしているのだが…。
「あの子は、というか一座の中に何人かいるんだけど、奴隷上がりで…親に売られた挙句、奴隷商でも酷い扱いをされてて死にかけてたんです。
だからニモシャには複雑な思いがあるんだろうとわかってたんですけど、ほら……あたしらじゃ近すぎて、反対に頑なになっちゃって……」
更に言葉が続くかと、黙って聞き役に徹していると。
「あぁ、あたし? あたしは売られた訳じゃないですよ、まぁ死にかけてたらしいですけど……ほんと、貴族なんて碌でもないやつばっかり…」
エリィとしてはムルメーシャ自身の事を訊ねたつもりはないのだが、彼女は自分の事を聞きたがっていると判断したようだ。尻すぼみになる声を、それでも正確にエリィは拾い上げる。
そのまま目線を虚ろに下げたまま黙り込むムルメーシャに問い返したりすることなく付き合って、黙々と片付けをすすめていると、すっかり周辺は酔って寝転がる大人の座員達だけとなった。
気持ちよさそうに寝転がっているので、エリィはそのまま起こす事無く先を急ぐことにする。
昨晩宴に付き合ったのだって、単にニモシャの容態が急変しないか気になったから、そして座員達の気持ちを踏み躙ったりしないようにしたと言うだけなのだ。
そのニモシャも、彼女の眠るテントに入ったクヌマシャが飛び出してきていないのだから、まぁ大丈夫だろう。
今後行動を共にするわけではないエリィとしては、彼女らが互いに打ち解けるのは難しくとも、出来れば心穏やかに過ごしてくれれば良いと願うばかりだ。
そのままいつもの背負い袋を手で掴み、アレクを手で招けば、それにハッとしたようにムルメーシャが顔を上げた。
意識がようやく現実に戻ってきたらしい。
「え、あの…エリィ様」
「ぅん、私はこれで失礼させてもらうね。あぁ、念の為いくつか薬を置いていくから、後でパッタルさん達に渡しておいてくれる?」
手にしていた背負い袋から出す振りで、体力回復ポーションを数本取り出す。なんちゃって抗生物質はさすがに渡すとマズいと思うので、代わりと言う訳ではないが、通常のポーションも数本つけた。
エリィ作製薬の入った焼き物様の小瓶をいくつか押し付けると、ムルメーシャが慌てだす。
「ま、待って。こんなのあたし請け負えないってば、座長起こしてくるから待って…」
眉尻を下げて首を振りながらも、押し付けられた小瓶を割れないように抱えるムルメーシャに、エリィは口元に笑みを乗せて首を横に振る。
「貴方達もまた旅になるでしょ? 今起こしても疲れが残るだけだろうし…それにそれは練度上げに作っただけの物だから、大した価値はないのよ」
「嘘、これ体力回復ポーションってやつでしょ? 姐さんたちが言ってた。これって凄く高いモノだって。だからお願い、少し待っててよ、本気でお願いだから」
「ん~、そう、指輪! すっごく高そうな指輪もらっちゃったし、だから問題ない!」
「問題しかない!」
悲壮な表情でエリィを引き留めるムルメーシャには申し訳ないが、また御礼だ宴会だとなるのは勘弁してほしいので、暫し考える。
「そうだ…それじゃ、その小瓶の対価に教えてくれる?」
「対価って……対価じゃなくてもエリィ様になら何でも答えますってば!」
ふふっと笑ってさらりと『せいえいしんだん』とやらについて教えて貰う。
各地に旅神とその地に根付いた信仰を祀る場を持つが、それは表向きの顔で、裏では情報などの売買などを行っている集団、施設であること。
パッタルから渡された指輪は、その聖英信団の裏面を利用する際に使える事、一座への連絡も取り次いでもらえる事等を教えて貰った。
流石は次の看板踊り子なだけあって、色々な事を教えてくれたが、そろそろ酔いつぶれた座員達も目を覚ましそうなのを見越して、エリィはムルメーシャに別れの挨拶を告げる。
「色々と教えてくれてありがとう。貴方達の行く先に恵がある事を祈ってるわ」
「エリィ様…せめて座長にだけでもお声を…」
「それってエンドレスになりそうだから」
「えんど、れ、す?」
「何でもないわ、それじゃね!」
縋るように伸ばされたムルメーシャの手を笑顔ですり抜けて、くるりと一座のテント群に背を向けると、エリィは無言で傍に着たアレクと共に歩き出す。
「さて、もうこれで面倒事は最後になってほしいけど」
「そう言う訳に行くかいな。セレスの事かてあるんやし、面倒事しかあらへんと思うで」
「ま、そうでしょうね……はぁ、とは言え腐ってても仕方ない。証拠品の運搬を頼まれている以上バックレる訳にもいかないし……なる様にしかならないわね」
「で、どないするん? このまま街道に沿っていくん?」
「昨日の兵士とかがいる街よね? ん~…何か難癖付けられるのも嫌だし、街道から外れて……何だっけ…『でのまいら』? とか言う街を目指しましょ」
「何や、換金はせえへんのんか? あほほど素材貯まっとるやろ?」
「無限収納なんだから問題ないけど…そうね、そのデノマイラで良いんじゃない? 王都に近づいてるなら換金場所に困らないと思うし、大きな町なら店もいっぱいあると思わない? ウィンドウショッピングとか楽しそう」
「せやな、ほな、そないしよか」
そんな話に花を酒せているが、実の所、エリィご希望のウィンドウショッピングは難しい。何故ならエリィは忘れているようだが、ガラスがなく魔物の翅で代用している世界なのだ。いや、あるのかもしれないが、これまでエリィ達は見た事がない。
最も『ガラス越し』が難しいだけで、店巡り自体は勿論可能だ。
そうしてエリィとアレク、そのはるか上空を足並み揃えて飛ぶ光球は、平穏に街道から逸れて行った。
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