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170話 一仕事終えて
しおりを挟むこの辺りの瘴気の核となっていた塊を清浄をかけながら解いたおかげか、この周辺の瘴気はかなり薄くなり、魔素濃度が上がっている。
視界を遮っていた靄の様な物も全く見えなくなり、駆け寄ってきたアレク、フィルはエリィに纏わりつきスリスリしている。双子の精霊達の方は、まだ意識が戻らないまま地面に横たわっている鮮やかな緑、瘴気が晴れてしまえば更に色味ははっきりとして、明るく鮮やかなエメラルドグリーンの髪色を持つ少年の両脇に座り込んでいた。
そんな二人が徐にエリィに向き直り姿勢を正したかと思うと、深々と頭を垂れた。
「ありがとうございます。エリィ様のおかげです」
エリィとエリィを囲んでいた皆も、その声に顔を上げ向ける。
「この森の奥で静かに暮らしてたのに、瘴気に追い立てられて元々いた場所を離れなければならなくなりました」
アンセクティールの声を合図に頭を上げ、両頬に雫の跡が見えるフロリセリーナが言葉を引き継いだ。
「魔素が薄まり季節を届ける事も次第に困難にはなっていましたので、いづれは別の場所へ移動を余儀なくされたでしょうが……瘴気が広がるのは本当に早くて」
「私とアンセは逃げようって言いましたんですのよ? なのにセレスったら自分ならどうにかできるかもしれないとか言って、本当におバカなんですの」
急いでセレス救出作業に入ったエリィ達だったので、2人とはやっと落ち着いて話せる。
「なるほど…。とりあえず救出が出来たと思うんだけど、ざっと見た感じかなり弱ってるみたい、かな?」
エリィが確認するようにフィルを見遣った。
「そうですね、ただ命に別状はないようです。全く悪運だけはある。ま、何にせよ暫し休養は必要かと」
「そう、でも精霊の休養ってどうやって取るの? この辺は瘴気も薄くなったから、ここに寝かせておくだけでいいとか?」
「ん~……そうですね、ここに放置でもいいかもしれませんね」
「「フィル!?」」
しれっと言い放ったフィルの言葉に、アンセとフロルの二人がぎょっとした表情で息を呑んだ。
これみよがしに特大の溜息を吐いたフィルが、ゆるゆると頭を振る。
「と、言いたい所ではありますが、ここに放置して人間種にでも捕獲されたらそれはそれで面倒です。このまま連れて行き、落ち着いた所で静養させればそれで十分かと」
「ぁ、ぁぁ、うん。それだけで良いのね……となるとトクスの宿が良いかしら。何にせよ全員で村付近まで行くとしますか」
とりあえず今度の方針を決めようとエリィが言葉にした所で、アレクがそっと先程まで居た場所を振り返って話す。
「せやな、あそこにおるンも連れて行かんとしゃあないやろな」
依頼達成と安心したのがいけなかったのか、ぐでっと地面に横たわったままのトクス村ギルドマスター バラガスの事をアレク以外の全員がすっかり忘れていた。
「あぁ、すっかり忘れちまってたよ。そういやそんなのも居たっけねぇ」
凛としながらも甘さを感じさせる美声で、レーヴがあっけらかんと言い放つ。
「アレも連れてかんと、報酬もらわれへんかもしれんやん? そないなるんは、ちょい嫌やしな」
「報酬は大事よね。それじゃどうしようかな……移動はもう少し休憩したらでもいい? 流石にちょっと……」
未だへたり込んだままのエリィが、手に持っていた黒い石のような球体を鑑定する暇もないまま収納へ放り込んでから、全員の顔を見回しながら力なく笑う。
清浄によって環境改善した場所ではあるが、再び瘴気濃度が上がるかもと言う懸念はあり、可能なら早々にはなれたい所ではあるのだが、離れて見守っていた組は兎も角、作業をしていた3名にはもう少し休息が必要だった。
「そうですね、暫くの休息の後、最悪セラとレーヴが動けるようであれば、エリィ様はワタクシめがお運びいたします」
そう言いながらフィルは巨大シマエナガ姿のまま、収納からお茶セットを取り出している。
瘴気溢れる危険な森と言われる場所で、何故か呑気に、だけど最初からへたり込んでいるエリィ以外の全員も、地面に座り込んでのお茶会開催となった。
暫しお茶を楽しみながらこれまでの事や今後の事を話しているうちに、お茶もなくなり移動しようという事になったのだが、それなりに時間が経っているにもかかわらず、周囲の瘴気濃度は低いままな事に気づく。
「魔素濃度が高いままだねぇ。てっきり少ししたら瘴気が戻って来ると思ってたのにさ」
「ほんとうですわ。清浄って凄いんですのね」
レーヴの呟きにフロルが頷く。
「えぇ、エリィ様の素晴らしさは確定的に明らかでございますれば」
「「「………」」」
フィルの放った言葉に一部沈黙する面々は居たが、空気を読まないフロルが離れた場所に放置されたままのおじさん、バラガスに顔を向けた。
「アレ、どうしますの? 連れて行くと言う話でしたけれども」
「収納にでも放り込むとかするしかないんやない? 僕は出来へんけど」
「無責任な…とはいえ私は出来るとは言え請け負いたくはないかな……だって気づいたら素材化とかされてても困る……」
「ワタクシめは謹んでご辞退申し上げます」
「アタシも人間種のおっさんなんて抱えたくないねぇ」
「「無理」ですわ」
理由は三者三様だが、セラ以外の全員が拒否の姿勢だ。
まぁそれはわからなくもない。
何しろおっさんだ。
加齢臭は切り離しようもなくついてくる。何なら加齢臭だけじゃなくそれ以外の諸々も同梱されている。その上かなり筋肉質で体格が良い……つまり重い。
セラとしても進んで人間種に関わりたいわけではないが、こうなっては仕方ない。
「わかった。俺が運ぼう」
セラが渋々と言った感じで紡いだ言葉を合図に、全員が立ち上がる。
その時になってお茶する前に収納へ放り込んだ、セレスのミイラ髪から転がり出た黒い球体を思い出した。
後で鑑定するかしなければと思いつつ、だけど徐々に増えていく諸々の謎物体に小さくエリィの肩が下がった。
まだ意識の戻らないセレスはフィルが背負い、同じく眠ったままのバラガスの方もセラの背に乗せて一行は歩き出す。
それにしても結構雑な扱いをされているにもかかわらず、よく目を覚まさないものだと感心してしまう。
聞けばセラやレーヴは作業中も交代で休憩したり何か食べたりしていたが、エリィは全くの飲まず食わずの休憩なしだった為よくわかっていなかったのだが、かなり時間を要していたらしく、バラガスにはエリィが念の為にと渡した睡眠薬を使ったと言う。何しろ数日経っていると聞いて驚愕に固まったくらいだ。
それを聞いて慌てて状態を確認したが、命に別状はなく、負傷具合もそれなりに落ち着いているようで、エリィはホッと胸を撫で下ろす。
片手間に作ってみた品だったので、一応軽く鑑定して確認していたものの効果には若干不安があったが、無事効いているようでそっち方面は一安心だ。反対に効き過ぎているくらいで、落ち着いたらその辺りの調整もしてみるとしよう。
「とりあえず来た道を戻るとしましょ。マツトーさんもそっちに進んでと思うから」
一方他の動向はというと……。
オリアーナはナゴッツから盗賊や何やに忙しく、王都側はコッタム子爵とホスグエナ伯爵の周辺情報等々をかき集めているところで、ヴェルザンはゲナイド達にマツトーの救援も要請し終え、トタイスを筆頭とする砦側もマツトー救援に向かっていた。
そして聖英堂転移でコッタム領近くへ飛んだカデリオは、再び行商人に扮し、商売らしきものをしながら情報を集めているところだ。
日が落ちて人目が無くなれば、夜陰に乗じてコッタム子爵の領邸に忍び込む予定である。
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