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151話 西方前線拠点総指揮官

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 あと数鐘もすれば日が傾く頃になって、ローグバインはケレンデナとの話を終えて王宮に向かっていたのだが、その顔色は知る人が見れば悪いと知れる程度には良くなかった。
 微かに眉根を寄せた憂い顔に自分では気づいていないようで、通りすがった御夫人御令嬢方からの視線を集めている。

 ―――ヒソヒソ

「(まぁビレントス様よ、相変わらず凛々しい御姿でわたくし倒れてしまいそうですわ)」
「(ですが今はとてもお声を掛けられそうにありませんわね)」
「(えぇ、残念ですがそのようね。とてもお急ぎでいらっしゃるようですし)」
「(あぁ、だけど本当に麗しくていらっしゃるわね、あれで婚約者もいらっしゃらないなんて)」
「(お待ちになって、麗しいと言うならペルロー公爵様の方でございましょう? あの見事な金髪にあの御尊顔ですもの)」
「ペルロー公爵といいますと王弟殿下? まぁ確かに麗しくていらっしゃいますけど、ほら、あの方は…)」
「(それはそうですけど、潰れたチェボーの様な方の後妻なんかより余程ましではございません?)」
「(貴女……流石に不敬ではありません事?)」
「(あ、あら…ホホ、嫌ですわ、冗談でしてよ)」

 ―――ヒソヒソ

「(それよりビレントス様ですわ。思い人がいらっしゃるとか何とか、そういう噂がございましたでしょう?)」
「(あら、でも御家の為の政略でしたら思い人がいらっしゃっても、貴族ならば婚約も結婚も粛々と受け入れるものですし、わたくし達にも可能性がないわけではありませんでしょう?)」
「(お家の為ねぇ、まぁ、貴女の御家ではビレントス様のお役に立てそうにありませんから、仕方ないのでは?)」
「(言うに事欠いて何を言い出すやら。まぁ、貴女の御家の方こそ指先に乗せた雫のようですものね)」
「(なんですって!?)」

 ―――ヒソヒソ

 全く顰められていない御婦人方の会話に、偶々通路の警備にあたっていた騎士達の表情も悲喜交々だ。独身の優良物件男性が通る度、突撃に失敗すれば繰り返される女性たちの会話だが、ある者は不快そうに微かに眉根を寄せ、またある者は必死に笑いを堪えている。
 勿論すべては兜の下の事だ。

 そんな喧噪も今のローグバインにとっては完全に意識の外で、彼は思考の海に沈みかけながらもある一室を真っすぐに目指していた。

 そこまでの通路より厳重な警備が敷かれている通路に入り込めば目的地はすぐそこだ。人通りもほぼ途絶えたある一室の前でローグバインは足を止め、重厚な扉を小さくノックした。
 中から微かな応えがあった。この時間ならばここの可能性が高いと思ったのだが、予測通りで安心した。
 ここは先だってローグバインが引き留められた、王宮内のソアンの執務室だ。
 ローグバインは名を告げて扉が開かれるのを待つ。

 重そうな扉なのに相変わらず静かに開くのだなと、どうでもいい事を考えていると、中から出迎えてくれたのはソアンの最も信頼するヒースであった。

「こんな時間に珍しいですね。ソアン様でしたら離宮の方にいらっしゃいますが」
「いえ、公爵閣下に用があるのではありません。ヒース殿と話がしたくて参じました」
「私に…ですか、承知しました。少しお待ちいただけますか?」

 目の前で一旦重厚な扉が閉じられ、暫く待っているとヒースが出てきた。
 厳重に鍵をかけてから振り向く。

「お待たせしました」
「忙しいときに申し訳ありません」
「いえ、もしかして重要なお話しです? でしたらこのままそこの部屋で宜しいでしょうか?」

 ヒースが示したのはソアンの執務室から通路を挟んだ真向いの部屋だ。
 鍵束から鍵を間違う事無く一本選び出し、それでもって扉を開けば薄暗い室内が目に入る。
 普段あまり使われる事がないのだろうか、掃除は行き届いているがどうにも落ち着かない。まぁその理由も直ぐに知れた。薄暗がりでもわかるほど置かれている調度品が煌びやかだったのだ。

「こちらは応接室ですか?」
「えぇ、普段全く使いませんが毎日清掃だけはしていますので、換気ついでということで、どうぞ」

 扉が閉められたがその音はあまりしないまま、鍵をかける音だけが妙に大きく聞こえた。

「ふぅ、やっと気が抜けますね」
「気を抜くのが早すぎですよ。まぁ良いか。とりあえずその辺に座っててくれ、何か飲み物でも用意しよう」

 そう言って背を向けかけたヒースの腕を取って首を横に振った。

「いや、慌ただしくて済まないんだが、先に話をさせて貰っても?」

 腕を取られて振り返ったヒースの表情が怪訝に歪む。
 ローグバインの様子に眉間の皺を更に深くして頷くと、そのままローグバインの対面に腰を下ろした。

「先ほど城下貴族街の地図を第4騎士団で見せてもらえたんだが」

 そういってローグバインは1枚の羊皮紙を取り出した。そこにはざっくりとだが位置関係を描き写したのだろう、簡単な地図が描かれていた。

「貴族街の東端部分、この辺りは港がある方向なせいか主に商家の倉庫などが多い地域になっているみたいだ。ただ一ヶ所気になる場所が」

 そう言いながら小さな四角に囲まれた少し大きめの四角を指さす。

「ここなんだが、倉庫ではなく貴族が借り上げている邸の様なんだ」
「ほう……倉庫に囲まれた場所をわざわざ? 何とも物好きもいたものだな」
「物好きと言うか予想外と言うか……コッタム子爵家なんだが」
「コッタム? ん~……」

 思い出せないのかヒースが腕組みをして考え込む。

「西方前線拠点総指揮官と言えば思い出せないか?」
「ぁ……あぁ、なるほど、トタイス殿か」
「あぁ、だが端とは言え貴族街に邸を借りられるほどの財を持っているかとなると……」
「それは……そうだな、否定できない所だ。だがホスグエナ伯爵を寄り親にしている訳でもなかっただろう? それにとても誠実な人柄だと聞く。そんな人物がホスグエナに加担するとも思えないが」
「私もそう思いたいんだが、今回は特に先入観は持たない方が良さそうだろう?」
「それはそうだ。表立っているのがホスグエナ伯爵というだけで、その裏には愚鈍だが大物が控えている」

 ローグバインの問いかけにヒースが返事をしながら頷いた。

「それで私としてはコッタム子爵家について調べておきたい。あくまで念の為というだけではあるんだが、ヒースにそれを頼めないだろうか」
「あぁ、そのくらいなら大丈夫だ、頼まれよう」
「助かる。東端の邸については私が直接調べたい所だが、目立ってしまうかな」
「無難に部下に命じて一通り調べさせてからの方が良いかもしれないな」
「やはりか、茶会の警備の為と言う名目はあるから、然程警戒はされないと思うんだが初手から攻めるのは避けたほうが良いか」

 それにしても…と小さく呟きながらヒースがソファの背に身体を預けて中空を何気に見上げた。

「コッタム子爵…コッタム………何か思い出せそうなんだが」
「私はさっぱりだ。トタイス・コッタム子爵と言えば魔力ナシで生まれたが剣の腕で総指揮官にまで上り詰めた人物というくらいの認識だな。あぁ、あとは真面目で誠実な人柄だとは聞いたことがあるが、それだけだ」
「同じくだ。まぁソアンにはまだ知らせずとも良いだろう。単に引っかかると言うだけの曖昧なものだし」
「それで問題ないと思う。それじゃ私は戻るよ。ヒースに頼みたかったのはそれだけだからな」

 言ってる最中から腰を浮かし、ローグバインは既に扉の方へ向いている。
 それに釣られるかのように立ち上がったヒースだが、途中で動きを止めた。

「思い出した……」

 ヒースの言葉にローグバインが振り向くと、そこには表情が抜け落ちたかのように何も読めない表情で床をじっと見つめている彼の姿があった。



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