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146話 森の奥の辿り着いた先
しおりを挟む皆との念話や考え事をしていたせいでつい放置してしまったが、顔を俯けたまま仮面越しにマツトーを見れば続く沈黙にほんの少し表情が険しくなっていた。
彼の存在を無視するつもりはなかったのだが、そう取られても反論しづらい形になってしまっていたことは否めないので、エリィは取り繕うかのようにマツトーに声をかける。
「なるほど、それでは依頼と言うのは…」
声を発すると険しかったマツトーの表情が微かに緩んだ。
「あ、あぁ、バラガスと子供たちの救出をお願いしたい。自分はこうして傷の手当はして貰えたが、どうやらかなり限界に近かったようだ……こうして上体を起こしているだけでもふらつきがあって、これでは同行したとしても足手纏いにしかならない」
マツトーは自分の状態を冷静に分析していたようで、こちらからその話を切り出さずに済んで助かった。
エリィ側からしたらマツトーには同行して貰わない方が助かるのだ。
「わかりました。ただ…そうですね、マツトーさんもご存じの通り私は3等級の新人でしかありません。ですので救出が出来るかどうか確約出来かねます。辿り着いた時点で既に手遅れと言う事もありますでしょうし、その場合失敗扱いになりますか?」
救出と言うからには生存が大前提だろう。だがこちらから向かうにも移動時間は必要なのだ。その間に何かあったとして、そこまで責任を問われてはたまったものではない。
「……いや、無理難題を言っているのはこちらだ。まずは確認を頼む。続いて救出できるかできないかは君の判断に委ねよう。今回についてはどのような結果になったとしても不問とする。それなら大丈夫か?」
「はい、それでお願いします。契約書も今は作れませんので、口約束でしかありませんが……」
「わかっている、決して反故にしたりする事はないと誓おう。まぁ、今は信じてもらうしかないがな」
とりあえず依頼を受ける事になってしまったが、元より精霊救出に向かう予定だったのだ。人間種一人増えた所で、どんな結果でも不問と言う言質まで取れたのだから大したことはない。
その後大まかな方向距離の説明をマツトーから聞いての出発となった。マツトー自身はこの場に残り、自分の携帯伝書箱で救援と要請すると言うのでここでお別れだ。
念のためポーションを渡してから聞いた方向へアレクと歩き出した。
マツトーの姿が見えなくなり、十分離れた所でセラ、フィル、レーヴとも合流したのだが、妙にエリィの足取りが軽い。
「何やエリィ、めっちゃ楽しそうやな」
「ぇ、そう? まぁそうかも。だってもう少し進んだ先に鞭みたいな魔物でしょ? 蔓の予感!」
「つ、る?」
エリィの言葉に聞きなれない単語がある事に気づき、レーヴが首を傾げる。
「あぁ、オーレカンだな」
「なるほどねぇ、だけど鞭みたいと言うだけじゃオーレカンかどうかわからないんじゃないかい? ブールボの可能性だってあると思うんだけどねぇ」
「ぶーるぼ? それって何?」
セラの説明にレーヴが他の可能性を示唆したところで、今度はエリィが足を止めて振り返り訊ねる。
「球根のような魔物でございますね。地中に本体である球根様の身体を隠し、そこから触手を伸ばして獲物を狩る肉食性の植物魔物でございます」
「へぇ、そんなのも居るんだ。そっちだったら何か素材になりそうな部分はあるのかしら?」
「球根様部分は食用になりますが、他の部位については申し訳ございません、ワタクシめにはわかりかねます」
再び歩き出したエリィのやや後方で歩調を合わせているフィルが説明してくれた。
「できれば蔓の方が良いんだけどなぁ、どこもかしこも素材にできるからお得なのよね。まぁ球根なら球根でも良いんだけど」
「あぁ、素材が手に入るから楽しげだったって訳かい、納得だよ。でもまぁ実際にお目にかかってみないとわからないねぇ」
どっちにしろ楽し気なエリィの後に付きながら、アレクを除く全員が近づく魔物を片手間に屠って行く。
最早魔物にとってはエリィ達の方こそ通り魔かもしれないが、襲い掛かってくるのだから仕方ない。そして恐らくマツトーを襲った個体であろう鞭のような魔物の前に辿り着いた。
結果はエリィの歓喜で終わった。
立派に育ったダーチェ・オーレカンこと寄生性植物魔物だったが、哀れになるほど瞬殺であった。初めて対峙した時にはそれなりに苦労したのだが、あの時よりエリィやアレクも欠片回収で強くなっているし、フィルやレーヴのおかげで戦闘面はあまり心配はなくなっている。
これまでずっとセラに負担をかけてしまっていたが、少しは楽をしてもらえると思えば心苦しさがすっと薄れるようだった。
既に周囲の瘴気は濃くなり始めていたが、この先は更に濃くなるのだろう。そしてその辺りに精霊達とバラガスがいるのだろうが、精霊達の方は兎も角、バラガスの方は本気でマズいかもしれない。
纏わりつくような瘴気のせいか妙に身体が重く感じられて仕方ない。そんな中でも少しとは言え魔法を行使できるようになっているエリィがそう感じるのだから、ただの人間種にはきつい場所だろう。
勿論バラガスと言う人物は元7階級ギルド員で、ある意味普通ではないとはわかっているのだが意識がない状態であるなら、いかに普通ではないと言ってもやはり限度がある。
場所が場所だけにもう巡回の兵士に出くわす可能性もないだろうと思えば、全身の進みが知らず早くなった。
進む方向に間違いはない。
探索も展開していて、間違いなくこの先に精霊がいると確認できているのだが、微かに響いてきたのは音楽だった。
透き通るような弦の音色に伸びやかな笛の音が合わさってとても美しい。いつまでも聞いていたくなる程美しい音色ではあるが、よくよく聞けばどこか硬質な鋭さが感じられる。
フィルが足を止めたのにつられて、全員の足がそこで止まった。
「フィル?」
「……ぁぁ、これはまずいかもしれません。アンセとフロルに何かあったようです」
言うが早いかフィルは人型になり、エリィから渡された白鉄の剣を抜いて走り出した。それを追うセラを見た後レーヴも扇を取り出し駆け出す。
「いそごか、あいつらがあんなに急ぐやなんて、かなりまずそうや」
アレクも翼を出して飛び上がり矢のように木々の合間を縫い飛んでいった。エリィも急ぐべく瞬間移動に切り替えた。
どこか焦りを誘うような音色が徐々に大きくはっきりと聞こえてくる。そしてそこに金属が何かにぶつかった時の様な、あまり心臓に宜しくない音が立て続けに響いてきた。
エリィを先導するような形になったアレクが空中で急制動をかけ、翼を大きく後ろへ引きすぐさま羽根矢を放つ場面が見える。
この先で既に戦闘になっているのだろう、エリィも収納から短剣を取り出した。
その場にやっと到着したエリィが、ドォォンという大きな音に一瞬身構えた後見た光景に息を呑んだ。
レーヴが大きな木に身体を飛ばされ、口端から赤い血が滴り落ちている。意識はあるようだがカハッと咳き込んだ拍子に血が飛び散った。
「レーヴ!!!」
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