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143話 待ち時間に実験
しおりを挟むマツトーが横倒れになった事で彼の左脇腹が上となり、エリィ達の目に触れる事になって、そこが大きく爛れている事がわかった。恐らく魔物によるものだろうが、酸の様な物でもかけられたのだろう。
今なら治癒魔法を使っても倒れ込むことはないかもしれないが、万が一を考えると使う事に躊躇いは生じる。加えて治癒魔法なんぞ使える事が知られたら、今以上に面倒になる事は簡単に予想できた。
「無難にポーションよね」
マツトーが意識を失っているのだから、一々荷物の出し入れに背負い袋を探る振りをしなくても良いのでダイレクトに取り出す。
傷回復用のポーション、体力回復ポーションを取り出す。毒状態になっているかどうかは鑑定したほうが良いだろうから後回しにして、まずは魔法で水を出し患部を洗浄した。
「こんな傷を負っていたのに斬りかかって来るとか、精神的にも身体的にも人とは思えないわね」
自分の事は棚に上げて、他人事のように呟く。
酸による腐食で装備も皮膚もボロボロで、滲む血液が止まらない。
洗浄を終えた所で傷用ポーションを患部に更に洗う。3等級程度では瞬時に治るなんて性能は望めないが、それでも数時間ほどでマシになるはずだ。
意識がないので体力回復ポーションの方は飲ませるのは断念し、傷用のポーションをもう一度振りかけておく。
後は抗菌、保湿……と考えた所で、そう言えば軟膏は以前作ったものがあったはずだと収納を見るが、今に至るまでに一度も軟膏のようなものを見た事がない事に思い至った。この世界で存在するかわからない物や手法は用いないほうが良いだろう。後で万が一バレた場合に酷く面倒な事になる。
一旦手を止めて毒などの鑑定を軽くだけしてみる。
その結果毒はなく、酸も洗い落せている事がわかってエリィはほっとした。
出血も止まったが患部を保護くらいするくらいはしておこうとタリュンの葉を押し当て、処分予定だった服の残骸を細く切って包帯代わりに使用する。
タリュンの葉には殺菌作用があるだけでなく、大きさも朴の木の葉くらいあるので色々と使い勝手が良いのだ。
改めて収納内を確認すれば、処分しようと考えていた物が結構放り込まれたままになっている。これは無限収納の良くないところかもしれない。
どこに仕舞ったかわからなくなることもなく、容量にも問題がないので、つい整理を後回しにしてしまうのだ。
特にエリィのような面倒くさがりには神であり、また悪魔でもある能力だ。恐らく収拾がつかなくなることはないと思われるが、一度腰を据えて整理した方が良いかもしれない。
いつもの毛皮を取り出し地面に敷けば、エリィがお願いするより早く人型になっていたレーヴがひょいっとマツトーを持ち上げ毛皮の上に寝かせる。
華奢で箸より重いものは持てないとか言いだしそうな華奢な体躯にも拘らず、重そうな表情さえしていない。
彼岸花の意匠が美しく繊細な着物ドレスにピンヒールを履いた、華奢で折れそうな妖艶美女が、細身とは言え筋肉質な中年男性を横抱きに抱えている様は脳が錯覚、逃避するのには十分すぎる。
とはいえ簡単に運んでくれた事は助かったので、何も言うまいと思ったエリィであった。
「手当もしたし放って先に進んでも良いわよね?」
「左様でございますね。人間種如きに割いている時間はございませんから」
エリィの少々冷淡な呟きに鬼畜の如き同意を速攻で示したのはフィルだ。
その二人に発言にアレクが目を丸くする。
「ちょ、え? ほんまに? いや、流石にどうなんよ……あんたら人でなしかいな」
「そうね、どうやら私ってば人外の疑いありだし、人かと問われたら返答に悩むわね。というか身体が一部とはいえ水銀光沢を放っておいて、いけしゃあしゃあと人ですなんて言えるわけないじゃない。もう受け入れる事にしたの」
「はい、ワタクシめは精霊でございまして、人間種などでは断じてございません」
しれっと返された言葉にアレクは力なく苦笑するしかない。
「いや、そこは言葉の綾っちゅうかやな……」
しどろもどろと困っているアレクに助け舟を出したのはセラだった。
「置いていくのは簡単だが、この人間種が何故森の奥から来たのかは確認しておいた方がいいのではないだろうか? この先は更に瘴気が濃くなるのだろう?」
「アタシはどっちでも良いけどねぇ、でもまぁ、セラの言う事には一理ありだな」
レーヴも援護射撃に回った事もあり、彼が奥からやってきた理由は知っておいた方が良いという空気が強くなる。
エリィはシマエナガなフィルと顔を見合わせ、二人同時に溜息を吐いた。
「2対3で私達の負けね」
「そうでございますね……まぁ急いで向かってセレスを喜ばせるのも癪ですし、ここは引くと致しましょう」
毛皮の上に寝かせたマツトーから少し離れて、エリィは減ったポーションの補充製作を始める。
アレクはエリィの傍で丸くなっていて、セラは狩りに出かけて行った。既に十分以上の食材の在庫はあるのだが、ここに居ても暇だろうから仕方ない。
フィルは目新しい何かがないか探してくると出かけて行った。
「エリィ様、これは何に使うつもりなんだい?」
残ったレーヴはエリィの隣で作業を眺めているが、ポーション作成には関係のなさそうな果物なんかの一群を見て首を捻っている。
「ポーションの味がどうにかならないかなぁと思ってね」
「アタシは飲んだことないんだけどさ、そんなに悪いのかい?」
「青汁って言ってもわかんないだろうけど、そうね、草というか渋苦い? まぁ等級が上がればマシになって行くらしいんだけど、それってベースの味は変わらないって事だと思うのよね」
「まぁ、『マシ』って言い方をするんならそうなんだろうねぇ」
「だからダメ元でやってみようかなぁと、暇つぶしには丁度良い実験でしょう?」
素材を粗末にするつもりは欠片もないが、作って見なくては良いも悪いもわからない。
薬効成分にどの程度影響が出るかわからないが、まずは一般的な処理として水に暫く晒してみる。
素材のうちツデイ草の根の方は特に変化がない。鑑定して見ても然程成分が溶け出たりはしていない様だ。しかしマフ草の方は一目瞭然で付けた水が緑色に染まっていた。
緑に染まった水を鑑定してみれば、案の定薬効アリとでる。更に詳しく鑑定すれば、どうやら前世の牛の羊膜に含まれるアラントインに似た成分がマフ草にはあるようだ。
晒したマフ草の方にも残ってはいるが、水の方を素材として使ってみよう。
程度にもよるだろうが、効果が少し犠牲になっても飲みやすいほうが良いと言う人はいるだろう、決して多くはないだろうが。
そんな実験をワイワイしているうちに、後ろの方から何か音が聞こえた。
どうやらマツトーが目覚めたようだ。
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