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134話 西の森へ

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 その後もいくつかの露店や屋台を見て回るがコレと言って目ぼしいものはなかった。最初の支払いをオリアーナがしてしまっていた為気づかなかったが、塩やスパイスの値段には驚いてしまった。
 前世で言うならエッセンスオイルの瓶くらいの小さなものに、不純物交じりで入った塩が3万エクもしている。収納で分離したら6割ほどの量に減ってしまったので、更に高額という事になるだろう。
 いったいオリアーナにどれほどの散財をさせてしまったのかと考えるとじわりと血の気が引く思いだ。

(砂糖だけじゃなく塩やスパイスも自分でどうにか出来る手段を探さないとな…これがこの世界の値段とはいえ、どうにも前世の感覚からするとぼったくりとしか思えなくて手が伸びないわ……もちろんそれがあの時代の日本だからと言うのは重々承知しているけど)

 ずっと昔地球でこれらが高価だったのは有名な話だ。特に胡椒は金と同等と言うのは誰でも知っている話ではないかと思う。

【そろそろ露店も屋台もあらへんで】

 人の多い場所で浮遊するわけにもいかず、一旦離れ屋根伝いにエリィの追っていたアレクが降りてくる。
 市の端までいつの間にか来ていたようで。確かに人そのものも少なくなっている。

【まぁ探し物は買えたし、皆に合流するとしましょ】
【せやな、そないしよ。僕もうお腹空いてしゃあないわ】

 一瞬情けない顔で項垂れるアレクに小さく吹き出しながら、人目のない路地に入り込み、そこからは認識誤認も解除して一気に瞬間移動で村の外を目指した。






 村の外、気配を頼りに瞬間移動を繰り返せば、西の森手前に周囲の風景から浮く白銀が見えてきた。
 白銀の近くには緑のふわふわと妖艶な美女が一人立っている。
 改めて見れば何とも不思議な一行だ。
 セラは…普通だ。その色以外は普通のグリフォンだ。まぁグリフォンそのものもあまり人が目にする機会はないらしいが、生物として普通に存在している。
 だが、他に二人は違う。
 フィルは現在は緑のシマエナガ姿だが、まず大きい。前世の本家シマエナガからしたら有り得ない大きさだし、それ以前にフィルの存在そのものが珍しい。アルメナは外敵のいない深い森でしか鳴かないと言われるほど臆病と思われていて、人目に触れる事自体がない。
 そしてレーヴは金髪美人で容姿が兎に角目立つ。その花の顔だけでなく装いも派手な着物ドレスで、この世界の装いとはもしかしたら一線を画しているかもしれない。しかも足元はピンヒールという、これから森に入ろうかと言うのにとんでもなく相応しくない。

 まぁ、全員人外だから問題はないのだが。

【【お待たせ】やで~】
【問題ない】
【お帰りなさいませ】
【お帰り! 待ってたわ】

 三者三様の様子にふと笑みを浮かべつつも、エリィはフィルを手招きした。
 想定外だったようでフィルは自分の翼で自分を指し示しながら、トコトコと近づきエリィの前で止まる。

【これ、フィルにとって使いにくい物じゃなければいいんだけど】

 そう言って収納から出した手には、先程購入した白鉄の剣が握られていた。

【魔紋も何もない剣だけど、どんなのがフィルには使いやすいのかわからなくて。もしこれが使い勝手が悪いようなら私の剣を渡すから使って頂戴】

 どう言えば伝わりやすいだろうかと、やや口籠りがちに伝えたのだが、エリィの差し出した剣をフィルはなかなか受け取らない。
 やはり気に入らなかったかと、その顔を覗き見れば円らな黒い瞳が盛大に潤んでいた。

【も、もしやこれをワタクシめに……?】
【ぁ、うん。気に入らなかったならちゃんと言ってよ?】
【気に入らない等あり得るはずがございません! そうでしょう!? エリィ様が手ずから選んでくださったのでしょう!? あぁ、もう一生の宝に致します!!】

 一生とは大げさだと言いたいが、とにかく喜んでくれて入るようで一安心だ。
 恭しく掲げられた両翼に、剣を手渡す。

【今度はフィルも一緒に探しに行こう。自分の気に入った武器の方がきっと良いはずだから】

 エリィから受け取った白鉄の剣を翼でがっちり抱きしめて、スリスリと頬擦りしているフィルに全員から苦笑が零れた―――いや、若干一名、顔を俯かせて両手を拳に握りフルフルと小刻みに肩を震わせている美女がいた。

【……………しい】

 未だ喜びに浸っているフィル以外の全員の顔がレーヴに向けられる。

【アタシも欲しい!!】

 そう念話で叫んだレーヴがグッと顔を上げた。
 目には涙、艶めく口元はへの字になっていて、両頬をぷくりと膨らませている。妖艶な美女のはずがただの駄々っ子のようになっていて、これはこれで一般的には愛らしい。
 だが、そんなあざとい愛らしさに惑わされない者しかここには居ない。

【何ですか、喧しいですね】
【アァン!? フィルだけずるいでしょうが!!】

 フィルの低い声にレーヴがくわっと目を吊り上げた。

【えっと、ごめんね? レーブの武器はその扇だって聞いたから】

 面倒事は御免だが、レーヴの機嫌が悪くなるのも面倒なので、仕方なく咄嗟にエリィが謝罪と言い訳をする。しかしそれに二人同時に振り向いた。

【エリィ様には何ら問題はございません。この阿呆が我儘を言っているに過ぎないのですから】
【エリィ様は悪くないよ? 悪くない! だけどアタシもエリィ様から何か欲しいんだよ!! って、てめぇ、阿呆とかさらりと混ぜてんじゃないよ!】

 このやり取りも既に慣れた。レーヴが合流するようになってまだ時間としては短いが、こうも繰り返されれば慣れようと言うものだ。
 疲労感を感じないわけではないが、そのうちどうにかなるだろうと綺麗さっぱりスルーする事も肝心だとエリィは学んでいたので、フゥと小さく息を吐いてから声をかけて歩き出した。

【二人とも、置いていくよ?】





 出だしこそ疲れるような展開はあったが、その後は順調だ。
 フィルとレーヴも相変わらず気が向けば言い合っているが、最早一種の儀式と認識して良いだろう。まぁ小声でやりあってるだけならば問題はない。
 森に入る前にスフィカにも再度蜜蜂捜索をお願いすることも忘れなかったので、オールクリアだ。

 動けなくなっているセレスティオンと言う精霊の居場所はフィルが案内してくれるので、エリィは気になったモノを鑑定しながらのんびりと歩いていた。
 ヴェルザンに話した素材探しと言うのも嘘ではないのだ。
 ただポーション用の素材を探しているわけではないと言うだけで。

(なんかスパイスによさげな草木とか岩塩とか見つかると嬉しいんだけど)

 そう言えば証拠品になりそうな物が隠されていた本様の物が、手描きの植物図鑑のようであった事を思い出す。
 収納から取り出し、足を止めてじっくりと見る。
 いずれ街に出る事があったら本屋、もしないならせめて図書館には行きたいと思うが、今はズース氏の趣味か何かはわからないが、これだけでも助けになる。
 ここまでじっくりと書かれた絵や文を読んだことはなかったが、時折『良い香りがする』等の文言もあるので、十分手掛かりになりそうだ。
 
 のんびりと鑑定しながらとは言ったものの、やはり西の森が危険と言うのは間違いない様だ。
 結構な頻度で魔物に遭遇する。
 最もセラ、フィル、レーヴは文句なく強いし、アレクも欠片を回収して攻撃能力は向上している。
 エリィ一人がのほほんと探し物をしながらでも全く問題がなかった。



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